わたしの婚約者
よろしくお願いします。
────その人はいつも、わたしじゃない誰かに恋をする。
緩やかに流れる淡蒼の髪、翠色の涼やかな目元、通った鼻と薄めの唇。
どこか色っぽく容姿端麗で、気さくで、穏やかで、気配り上手。
エステルの婚約者は、社交界で絶大な人気を誇る侯爵令息クリストフだ。
幼少期に結ばれた婚約は、もちろん政略的な縁であり、両領地での事業提携に基づく契約。
しかし、華やかで社交的なクリストフと、物静かで堅実なエステルが不釣り合いだと囁く声は年々増えている。
エステルの容姿は、決して悪くない。が、いかんせんクリストフが美麗すぎる。
近い年齢層の女性たちの多くは、エステルを貶めるような物言いを躊躇わなかった。
とはいえ、エステルとクリストフが不仲かと言えば、そういうわけでもない。
夜会のエスコートは欠かさないし、手紙も贈り物も交流の茶会も、礼節通りにこなす。
ただ。
────あら。またなのね。
先に待ち合わせ場所にいたクリストフの翠色の瞳が、じんわりと焦がれる先を見やって、エステルは肩を竦めた。
たくさんの女性たちに慕われる婚約者だが、彼はいつも一人に恋をする。いつでも誰か一人だけ。
まあ、特定の人を想い続けるのではなく、一定期間が経てば対象は替わるのだが、ともかく一人だけを好きになる。
麗しい翠色はとてもわかりやすく、誰かに恋焦がれて一心に見つめる横顔を、エステルはいつも眺めていた。
まだあの方が好きなのね、次はあの方なのね、という風に。
物心ついた時には、もう二人は婚約していた。婚姻も、するのだろう。
それなりに尊重し合い、それなりに支え合う夫婦になれると思う。
ただ、エステルの心も、クリストフの気持ちも、根っこが重ならないだけで。
これで、エステルが婚約者を愛していたのなら、物語のように劇的な展開を迎えられただろう。
でも、悲しいかな。ふらふらと漂う婚約者に呆れはしても、恋慕う気持ちはエステルにはない。
あくまで政略の相手、よくて幼馴染としか思っていない。
けれど、それはクリストフも同じこと。だから、彼の恋がエステルに向くことはない。
「ごきげんよう」
「あ、エシィ。ごきげんよう、いい天気だね」
にっこりと微笑む婚約者が差し出した手に、自らの手を重ねる。
この手がほんの小さな時から、ずっとこうしてきた。呼吸と同じほど自然な仕草だった。
優しいクリストフは、相手がエステルであっても婚約者を楽しませる義務を忘れない。
気温や段差などあらゆることに気を配り、口数の多くないエステルの興味を引く話題を提供し、好みのカフェに連れて行ってくれる。
もったいない婚約者だ。エステルは、心底そう思っている。
多少、恋多き男ではあるが、そんなもの。充分に尊重されているし、決して蔑ろにしないという信頼がある。
「僕たちは何だか、一体みたいだよね」
くすくすと笑うクリストフの肩から、するりと癖のない淡蒼の髪が滑る。
いつの間にか見上げるほど背は高く、色気滴る青年になったけれど、エステルの前では幼馴染のまま。
柔らかな翠色の瞳が悪戯っぽく笑うのに、エステルも思わず笑みをこぼした。
ええ。ええ、そうね。そうかもしれないわ。
記憶の始まりから今日まで、彼は必ず隣にいた。
たとえ誰かに焦がれていても、エステルを一人になどしたことはない。
「わたしの半分は、あなたでできているのだもの」
笑顔でそう言うと、クリストフの翠色がまん丸くなった気がしたが、機嫌のいいエステルは気がつかなかった。




