表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋多き青年と、わたしの婚約  作者: 雨傘 はる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/4

人気者との婚約は事件ありき


あら、まずいことになったわ。

夜会の化粧室の個室で、エステルは小さくため息をついた。


人気者の婚約者を持っていると、些細な嫌がらせや嫌味などは日常的にある。

だから、可能な限り一人にならないよう気をつけているし、できればクリストフから離れない。


とはいえ、化粧室だけは例外だ。

用を済ませて一度個室から出たところで、度々嫌がらせを仕掛けてくる集団と鉢合わせ、数の力で個室に逆戻りさせられた。

向こう側から押さえているのか、扉が開かない。


「早く連れていらっしゃい! やっと一人になったのよ!」


「最奥の休憩室を押さえていますわ」


「あちらも複数人でしょう? 簡単よ」


どうやら、彼女たちは邪魔者の排除に本気になったらしい。会話から、人を使って貶めるつもりだと気づく。

エステルを傷物にすれば、クリストフが手に入ると思っているのか。


────謎理論だわ……。


優しい彼のことだ。エステルの傷を気遣うことはあっても、捨てるなど想像もつかない。

まして、加害者の女性に焦がれる翠色を、どうしてもイメージできなかった。


とはいえ、傷つけられるなんて論外である。

エステルは小さなバッグから護身用のナイフを取り出し、躊躇なく手の中に握り込んだ。


人の気配が増え、扉が開く。

瞬間、エステルは利き手を振りかぶった。


侵入した男が伸ばしてきた腕を、ナイフが撫でる。急な攻撃に驚いたのか、男が大声を上げて飛び退いた。

次いで、いくつかの手が伸びてきて、エステルは無言のままナイフを振る。


護身術以上の技術を持っているわけでも、特別に訓練を重ねているわけでもない。

ただの不意打ちと、かつてないほどの必死さの成果である。


男たちが大袈裟に叫んだり物に当たったりするため、化粧室は一気に騒がしくなった。

だが、所詮は男と女。状況はすぐに不利になり、地面に引き倒されてしまう。


「逃がさないわよ」


エステルは強気に呟き、努めて落ち着いた仕草でナイフを首に当てた。

ぴたりと動きを止めた男たちと、その後ろで焦った表情をしている嫌がらせ集団を、ひたと見つめる。


誇りを守ってここで死んだら、この人たちは侯爵令嬢を殺した罪に問われる。

穢されるくらいなら、潔く散るのも一興。ただし、堕ちるならば道連れだ。


クリストフ以外の男に、触れられてなるものか。


しばしの沈黙を破ったのは、何かを殴る音と知らない悲鳴。

エステルの迫力に押され気味だった男たちや嫌がらせ集団も、はっと我に返った。


「エシィ! エシィ、いる!?」


目を見開く先、拳を腫らした婚約者が飛び込んできて、エステルは呼吸を忘れた。

彼の方も、ぺたりと座り込んでナイフを首に当てるエステルを見て、息を呑む。


「……エシィ、それを僕に渡して」


「…………」


「エシィ?」


ゆっくりと近づいてきたクリストフが、膝を折って目線を合わせる。

今さら緊張や恐怖が襲ってきて、エステルの全身が震えた。


危険だと思ったのか、柔らかな手つきがナイフを取り上げて、強ばった頬を撫でた。


「遅くなってごめんね、エシィ」


「……」


「一人にしてごめん。よく頑張ったね」


エステルは何も言えず、あたたかな腕に抱きしめられるまま、瞼を閉じた。

だから、婚約者の翠色が凍えるほど冷え切っていたことも、睨めつけられた周囲が震え上がっていたことも、気がつかなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ