マーズとの死闘
ゼネラルソフト本社ビルの裏手にある地下駐車場へ延びるスロープを一台の黒いバンが降りていった。バンにはゼネラルソフト社の警備員の制服を着たチームマーズのメンバーが乗っていた。地下一階の駐車場をゆっくりと進み、セキュリティゲートの前で停車すると、デイビッドが運転席のウインドウを下げて顔を見せ、警備員に声を掛けた。
「新しく警備員に採用されたデイビッド・アンダーソンのチームだ」
セキュリティゲートの警備ブースの中から警備員がパソコン端末を持って出てきた。
「採用時に通知してある認証コードを入力してください」
デイビッドがパソコン端末に認証コードを入力し、指紋認証エリアに親指をあてると、端末画面上にデイビッドの顔写真と認証済みの表示が現れた。
「オッケーです。残りの方もお願いします」
全員の認証を終えると、警備員はセキュリティカードをデイビッドたちに渡しながら言った。
「ここのところ物騒な事件が多くてお偉方がびくびくしていましてね。お宅らもそのおかげで仕事にありつけたって訳ですよ」
「事件さまさまだな」
デイビッドは人懐っこい笑顔を見せると、警備員に向かって片手を上げて挨拶し、バンを発進させた。
地下二階の駐車スペースにバンを止め、五人はバンから降りた。五人とも大きなバッグを手に持ち、リュックサックを背負っていた。
デイビッドが腕時計にチラリと目をやった。
「さあいくぜ、タイムリミットまで残り四時間、お宝は目の前だ」
デイビッドが声を掛け、五人は従業員専用入口に向かった。ドアの横のセンサーにセキュリティカードをかざすと、厚さ三十センチほどの強化ガラスのドアが音もなく開いた。入口にはヒョロリとした身体つきの警備員がひとり立っていた。手に持った警棒をこれ見よがしにピシャリピシャリと掌に叩きつけている。警備員はデイビッドたちを見ると顎をしゃくって付いてこいという仕草をして、無言のまま背中を向けて歩き出した。
地下二階にある警備指令センターのドアを開けると、一目で元軍人と分かる姿勢のよい四十歳代の男がお手本のような笑顔を浮かべて、デスクから立ってデイビッドたちを出迎えた。
男はデイビッドとガッチリと握手をしながら言った。
「警備部長のスミスだ。よろしく。資料を見たよ、なかなかのやり手だな」
「まあね」
「君たちの仕事は、ゼネラルソフト社のジェフ・マクラネルCEOの警護だ。先日もCEOが何者かに命を狙われて、付いていたボディーガードは全員殺された。CEOが助かったのは奇跡としか思えん。君たちの責任は重大だぞ」
「任せてくれ、俺たちはプロだ。それも筋金入りのな」
デイビッドはニヤリと笑った。デイビッドのふてぶてしい笑顔を見て、スミスは満足そうに目を細めた。
「それでCEOはどこにいる?」
「本社ビルの地下八十メートルにある地下施設だ。恐らく中央コントロール室だろう。そこにいくには、専用ゲートを抜けて、更に専用エレベーターを利用しなければならない」
「ほう、厳重だな・・・ところで、日本人はいないのか」
「どうしてそれを知っている?」
スミスは不思議そうな顔をした。デイビッドは一瞬ヒヤリとしたが、大したことじゃないという顔で答えた。
「この仕事はジェフCEOから直接俺たちに話がきたんでね。そのときに日本人もいると言われたのさ」
「おかしな四人組がいるぜ」スミスが肩をすくめた。
地下二階の警備指令センターを出て地下三階に降りると、広いフロアの先に鋼鉄製の巨大なゲートがあった。
スミスがゲートの横の操作盤でセキュリティカードをセンサーにかざし、ボタンを押すと縦十メートル、横三十メートルの長方形のゲートは真ん中から左右に分かれた。ゲートの厚さは二メートルもある。ゲートを抜けると幅二十メートルほどのコンクリートむき出しの通路が延びており、通路は百メートルほど先で左に直角に曲がっていた。その曲がった通路の先に先程と同じようなゲートがあった。
「恐ろしく頑丈だな」
デイビッドが感心すると、スミスはゲートの操作盤に向かって歩きながら頷いた。
「ここは核戦争が起こっても地下のメインサーバー室を守れるように設計されているんだ。自家発電機も居住スペースもあるから一年は中で生活できるのさ。核戦争の後に何をしようってのかは知らないがね」
スミスの操作で開いたゲートを抜けると、ガラスの自動ドアとセキュリティゲートがあり、ゲートの先は普通のオフィスビルのような内装が施されていた。来客を出迎えるかのように、鉢植えの大きな観葉植物がプラスチックのような質感の緑の葉を広げている。
正面には二機のエレベーターの扉が並んでいた。その横に警備員室があり、中にいる五人の警備員の内のひとりがスミスに向かって片手を上げた。スミスが小さく頷き返した。
「君たちはこの警備員室に詰めてもらう。警備員室の奥には簡易ベッドやシャワールームがあって、食事も採れるようになっている。設備は自由に使ってもらって構わない。詳しいことはチーフのジョージに聞いてくれ」
スミスはデイビッドたちにそう告げると、背中を向けて歩き出そうとした。
「俺たちは地下施設とやらには入れないのか」
デイビッドがスミスの背中に向かって声をかけた。スミスは首を捻じ曲げて、背後のデイビッドを見た。
「ああ、地下施設への入口はここしかない。ここを守っていれば地下施設は安全だ」
「このエレベーターは俺たちにも操作できるのか?」
スミスはゆっくりとデイビッドに向き直った。
「君たちの資格のセキュリティカードではダメだ。私の持っているセキュリティカードでなければ操作できない」
スミスは自分の胸のセキュリティカードを指差した。デイビッドの目がスッと細くなる。
「警備員室の中にいるチーフのジョージとやらはどうだ?」
「ジョージもダメだ。警備員はここまでだ。下に降りる必要はない」
スミスは『質問はこれで終わりだ』とばかりに口を真一文字に結んだ。
「フーン、そうするとあんたのカードでなきゃダメってことか・・・」
デイビッドはダニエルに目配せしながら、ゆっくりと腰のコルトガバメントに手を伸ばした。スミスはその動きに気付かない。
「では、よろしく頼む」
片手を上げて背中を向けたスミスの後頭部に、デイビッドは拳銃を突きつけると、ためらいなく引き金を引いた。四十五口径の銃弾の威力はすさまじく、血と脳漿をまき散らしながらスミスの頭部の上半分が吹き飛んだ。
デイビッドの発砲と同時にダニエルたち四人のメンバーは警備員室に飛び込むと、何が起こったか分からず棒立ちになっている五人の警備員を次々と射殺した。
地下施設に下りるエレベーターは斜度八十度の斜面に敷かれた二本のレールの上をケーブルカーのように動く特殊な構造だった。レールに刻まれた凹凸に合わせたギアがエレベーターの箱に取り付けられており、そのギアが回転することでレール上を移動する。仮に電源を喪失した場合でも、ハンドルを回して手動でギアを回転させることでエレベーターを動かすことができる仕組みだ。
デイビッドがエレベーターの横の操作盤にスミスから奪ったセキュリティカードをかざすと扉が開いた。
「カルロス。お前はここに残れ。下から逃げてきたやつがいたら始末しろ。もし、外から警備員の応援がきたらゲートを閉じて食い止めろ。ダニエル、ケビン、ジェイソン、お前たちは俺についてこい。下にいるのは丸腰の民間人だけだ。さっさと片付けてずらかるぞ」
デイビッドは早口で命令するとエレベーターに乗り込んだ。
三層ある地下施設の最上階でエレベーターが止まり、開いた扉から素早くダニエルとケビンが飛び出すとM4―A1カービン突撃銃を構えて周囲を警戒した。ジェイソンは扉が閉まらないように、扉の下の隙間にサバイバルナイフを差し込んだ。デイビッドは突撃銃の銃口を上に向け、ゆっくりとエレベーターから降りた。
「まず、この階を制圧する。散開しろ。俺とケビンは右、ダニエルとジェイソンは左だ。十五分後に、ここに集合しろ」
デイビッドは腕時計のストップウォッチの時間をセットしながら命令した。
「ジェフと日本人以外の社員はどうする」ダニエルが尋ねた。
「目についたやつは殺せ。抵抗するやつもだ。逃げたやつは深追いするな、時間がもったいない。上に逃げればカルロスが始末する。よし、GO!」
ストップウォッチのスタートボタンを押すと、デイビッドたちは散開した。廊下を走り、居住スペースのドアを次々に蹴破ると室内に向かって突撃銃を乱射した。
警備員室に残ったカルロスは、エレベーターの扉が見える椅子に腰掛けると、突撃銃を膝の上に置き、鼻歌を歌いながら胸ポケットから煙草とライターを取り出した。ライターを擦るが火が付かない。床に倒れて死んでいる警備員のポケットを探りジッポーのライターを見つけると「借りるぜ」といって煙草に火を付け、そのままジッポーを自分の胸ポケットに入れた。
警備員室の奥にあるベッドの横のカーテンがユラリと揺れてその陰から男が出てきた。
カルロスは正面を向いたまま、煙草の煙をプカリと吐き出した。男は足音を立てずにカルロスの背後に忍び寄ると、いきなりカルロスの髪の毛を鷲掴みにして後ろに引っ張り、頭を仰け反らせると、喉をサバイバルナイフで真横に切り裂いた。吹き出す鮮血の中でごぼごぼと音を立てながら痙攣するカルロスの横を抜け、男はエレベーターの扉の前に立った。もう、カルロスの方を見ようともしない。
男は、警備員室から持ち出した大きなバールでエレベーターの扉をこじ開けると、ほぼ垂直に落ちる真っ暗なシャフト抗を覗き込んだ。そして、レールの上に刻まれている波状の大きな溝に手を掛けると体重を預け、ゆっくりとシャフト抗を下りていった。
明石とリリーの手を擦りながらモニター画面を見ていた早苗が不意に立ち上がった。何かを感得したように、天井を見上げている。
「感じるわ、危険が迫っている! 何かが下りてくるわ!」
「危険?・・・早苗ちゃん、危険とは、いったいどんな・・・」
早苗の声で目覚めたように瞭も立ち上がったが、瞭の身体は生体エネルギーの不足でふらついている。
「銃、血、爆発・・・」
早苗は目を閉じてうわごとのように口にした。
「まさか、また襲撃者が襲ってきたのか・・・しかし、ここへくるのは不可能だ。ここは地下八十メートルの隔離施設だぞ」
ジェフは内線電話の受話器を取り、地下三階の警備員室に電話を架けたが応答がない。ジェフは苛立たし気に受話器を叩きつけた。ジェフは慌ただしく予備のラップトップパソコンを操作すると、モニター画面を地下施設内の防犯カメラの映像に切り替えた。
地上に繋がるエレベーターの前にある防犯カメラの映像に、突撃銃を構えた四人の警備員の姿が映っていた。警備員たちは居住用スペースの廊下を走り、ドアを蹴破って無差別に突撃銃を乱射している。
ジェフが信じられないという顔をした。
「我が社の警備員?・・・いや、違う、警備員の制服を着た四人の襲撃者だ。居住用スペースで銃を乱射している! すぐここにもくるぞ!」
ジェフの驚愕した声を聞いた瞭は、サブコントロール室のドアに向かってフラフラと歩きだした。
「僕が食い止めます。明石さんとリリーさんの戦いをやつらに邪魔させる訳にはいかない」
「瞭! フラフラじゃない。生体エネルギーが回復しないとサイコキネシスは使えないのよ。そんな状態じゃ無茶だわ」
早苗の声に瞭は振り返った。瞭の顔は精気がなく青ざめているが、目には強い意思の光が浮かんでいる。
「でも、やつらに立ち向かえるのは、ここでは僕しかいない。何とかして見せるさ」
瞭は早苗に向かってニコリと笑顔を見せた。死ぬかもしれないという言葉を早苗はグッと呑み込んだ。瞭の言葉にジェフも頷くと、早苗に向かって携帯電話を差し出した。
「私も協力します。早苗さん、ここを頼みます。私がいないときに明石さんとリリーさんが戦いに勝ってAIゼータがフリーズしたら、この携帯電話でこの番号に電話して下さい。ペンタゴンのカーター少将に繋がりますから、国防システムをシャットダウンできると伝えてください。そうすれば核ミサイル発射のカウントダウンが止まります。いいですね」
ジェフは言い終わると早苗の肩をやさしく抱き、耳元で大丈夫だと囁いた。早苗を安心させるための気休めだと分かっているが、早苗はコクリと頷いた。
瞭とジェフはサブコントロール室を出ていった。襲撃者たちに勝つ必要はない、明石とリリーが戦いに勝つまでの時間稼ぎができればいいのだ。
ジェフは廊下に出ると、瞭に声を掛けた。
「瞭さん、その状態ではしばらくサイコキネシスは無理でしょう。丸腰だと太刀打ちできません。こちらも武器を用意しましょう」
ジェフは瞭を先導して階段を上がり、中央コントロール室の中の作業員に向かって「襲撃者がくる、みんな逃げろ!」と怒鳴ってから、廊下を走ってその先の倉庫スペースに入った。瞭はフラフラとした足取りで必死にジェフを追った。
倉庫スペースの奥の金属製のドアを開けると、中にはキャビネットと大きな金庫があった。キャビネットの中には拳銃、ライフル銃、ショットガンなどの銃器や防弾チョッキなどがずらりと並び、金庫の中には弾薬がぎっしりと収蔵されていた。
「ジェフさん、ここは・・・」
「非常事態に備えた武器庫です。ここにこれがあることは私と一部の警備責任者しか知りません・・・さあ、これを持って。使い方は分かりますか」
ジェフはベレッタM9を二丁と予備のマガジン四つを瞭に差し出した。イタリア製・口径九ミリ・ダブルアクションの拳銃は瞭の手の中で鈍く光った。
「僕は日本人ですよ、銃なんて持ったこともありません」
瞭が申し訳なさそうに首を横に振った。
ジェフは拳銃の撃ち方とマガジンの交換方法を手早く瞭に教えると、自分もベレッタを二丁ズボンのベルトに挟み、ショットガンの棚からレミントンM870を二丁手にした。瞭とジェフが防弾チョッキを着けていると、中央コントロール室の方から銃声と悲鳴が響いてきた。
デイビッドたちは居住スペースを制圧した後、階段を駆け下りて中央コントロール室の前に進んだ。中央コントロール室と廊下は強化ガラスで仕切られていて、廊下に沿って出入口が三か所ある。
それぞれの出入口から慌てふためいた作業員が我先にと廊下に飛び出してきた。目の前に飛び出してきた四人の作業員に向かってジェイソンが突撃銃を乱射した。四人の作業員は血を吹き出しながら崩れるように床に倒れた。
中央コントロール室と廊下を仕切る強化ガラスには、突撃銃から放たれた五・五六ミリNATO弾を受けて無数の弾痕とひび割れが付いていた。廊下には割れたガラスの破片が散乱してキラキラと光っている。
デイビッドは廊下の先で一塊になっている作業員に向かって、無造作に突撃銃の銃弾を浴びせた。作業員たちは銃弾を受けて次々と床に倒れたが、幸運にも銃弾を免れたひとりの女性作業員が、奥の倉庫スペースに向かって逃げた。
デイビッドは突撃銃を構えたまま、ダニエルに向かっていけとばかりに顎をしゃくった。
「ダニエル、ケビン、お前たちは倉庫スペースとその先の機械室の制圧だ。ジェイソン、中央コントロール室を捜索するぞ、ついてこい」
ダニエルとケビンが突撃銃を腰だめに構えた姿勢で倉庫スペースに向かって走った。デイビッドとジェイソンは突撃銃を構え、引き金に指を掛けたまま、ゆっくりと中央コントロール室に入りジェフや日本人の姿を探した。
倉庫スペースに走り込んだ女性作業員は、ショットガンを持ったジェフの姿を見てその場に立ち竦んだ。
「倉庫の入口のドアを閉めてこっちへこい!」
ジェフの声で女性作業員がドアを閉めると、ドアの向こう側でビシビシと銃弾がドアにめり込む音がした。
「ジェフCEO! テロリストが中央コントロール室に・・・みんな殺されました」
恐怖で顔を引きつらせた女性作業員が声を震わせた。ジェフは作業員の肩を抱き、背中を擦って落ち着かせながら、胸のIDカードで作業員の名前を確認した。
「分かっている。ここで迎え撃つつもりだ。君は・・・キャサリンか。キャサリン、君はこの武器庫の中に隠れていなさい。この特殊合金のドアは簡単には破られることはない。中から鍵をかけてジッとしているんだ、いいね」
キャサリンを武器庫の中に避難させると、ジェフと瞭は倉庫スペースの奥に進み、その先にある機械室の入口のドアを開けた。
ダニエルとケビンは倉庫スペースの入口のドアを開けると、突撃銃を腰だめに構えた姿勢でそろそろと中に足を踏み入れた。
そのふたりに向かって、ジェフのショットガンが火を噴いた。
廊下の先に浮かんだ人影と銃口に気付いたダニエルとケビンは、ジェフの発砲よりも一瞬早く、飛び込むようにして床に身体を投げ出したが、ショットガンから発射された散弾の小さな粒の何個かはふたりのヘルメットやリュックサックにめり込んだ。
ダニエルは床に転がった姿勢のままで、発砲があった方向に突撃銃の銃口を向け、夢中で引き金を引いた。そして身体をクルクルと横転させると廊下の柱の陰に身体を寄せた。ケビンも廊下の反対側の柱に身体を寄せている。ダニエルとケビンの目が合った。
ケビンがダニエルに声を掛けた。
「ダニエル、地下施設には丸腰の民間人しかいないって話だったよな。どうなってる」
「俺にも分からん。どこかで手違いが有ったんだろう。なあに、いつものことさ」
ふたりが話している間も、ジェフのショットガンは二発三発と立て続けに火を噴いた。ふたりの隠れている柱に無数の散弾がめり込み、柱の表面がバラバラを剥がれて粉が床に舞った。
廊下の奥の機械室から大きな声がした。
「襲撃者たち、聞こえるか。私はジェフ・マクラネルだ。君たちの狙いは私だろう。私はここにいる」
その声が終わると、更にジェフのショットガンが二発火を噴いた。
ダニエルとケビンは互いに顔を見合わせて頷いた。ダニエルはヘルメットに装着された無線装置でデイビッドに「ジェフを見つけた」と報告すると、ケビンに向かって言った。
「ケビン、援護しろ。俺が突入する。いくぞ、三・・二・・一・・GO!」
ケビンは柱の陰から機械室の入口のやや上方に向けて突撃銃を乱射した。
それと同時に、ダニエルは廊下の反対側の柱の陰から飛び出した。ダニエルは腰を屈めた低い姿勢で、ケビンの援護射撃の弾幕の下を潜るようにして機械室の入口に向かって突進した。
ジェフはマガジンが空になるまでショットガンを撃つと、ふらつく瞭を引きずるようにして機械室の奥に走った。機械室の中は簀子状の金属板が床に敷かれていて、床下を通る配線やパイプが見えていた。発電施設、変電施設、配電盤、通風装置、ボイラー装置、消火用装置などが複雑な構造を見せて雑然と並んでいて、天井では太いパイプ類がむき出しのまま縦横に絡みあっている。
瞭とジェフは機械室の一番奥にある大きな通風装置の陰に隠れた。瞭は拳銃を、ジェフはショットガンをそれぞれ構えて、機械室の中央通路を睨んでいる。
「ジェフさん、さっきはなぜあんなことを言ったんです? 自分がここにいると。やつらは当然ここに全力で向かってきますよ」
わざわざ自らに危険をもたらすようなジェフの行動に、瞭は首を捻っている。ジェフは穏やかな声で答えた。
「それが狙いです。彼らがもし二手に分かれて、サブコントロール室が襲われれば大変なことになります。こちらに全ての注意を向けさせるのです」
瞭がアアと声を上げた。ジェフは自らを囮にして、サブコントロール室を守るつもりなのだ。ジェフは腹を括っている。瞭は目の覚めるような気がした。
「それより、瞭さん、サイコキネシスはそろそろ使えそうですか」
瞭は力なく首を横に振った。
「頭の中が空っぽのような感じで、意識を集中しようとしてもまだ・・・もう少しだと思うのですが」
突然、突撃銃の乱射が始まり、通風装置の側面にも数発の弾丸がめり込んだ。ポカリと空いた銃弾の痕から、うっすらと煙が立ち昇っている。
機械室の入口から四人の男が中に走り込むと、ふたりずつ左右に分かれて発電施設やパイプの陰に身体を潜めた。機械室の入口のドアがゆっくりと動き、最後にドアの閉まるドーンという音が室内に響いた。
襲撃者のヘルメットや服の一部が物陰からチラリと見え隠れしている。そこに向かってジェフのショットガンが火を噴いた。瞭も慣れない手つきで拳銃を構え、引き金を引いた。
機械室に飛び込んだデイビッドたちは、左右に分かれ、機械やパイプの陰に身体を隠しながら、瞭たちが隠れている通風装置に向かってジリジリと進んでいた。
デイビッドは大きな変電施設の後ろに回り込むと、後ろに続くジェイソンに向かって親指を天井に向けた。変電施設の上にある大きな配線の束のすぐ上を、通風用の大きなパイプが横切っていた。通風用パイプは大人が十分乗れる太さがあり、瞭たちが隠れている通風装置に向かって延びていた。
ジェイソンは無言で頷くと、変電施設をよじ登り、配線の束を踏み越えて通風用パイプに上がり、腹ばいになるとゆっくりと通風装置に向かって匍匐前進を始めた。
その姿を確認すると、デイビッドは瞭たちが隠れている通風装置に向かって突撃銃を乱射した。
機械室の反対側をゆっくりと進むダニエルとケビンは、発電施設の横に配電盤があることに気付いた。ダニエルはヘルメットに装着された無線装置でデイビッドに呼びかけた。
「デイビッド。こちらダニエルだ。配電盤を見つけた。一分後に機械室の照明を落とす」
「了解。みんな聞こえたか、暗視ゴーグルを装着しろ。一分後に機械室の照明が落ちたら一気にけりを付けるぞ」
デイビッドは背中のリュックサックから暗視ゴーグルを取り出して装着した。
一分後、機械室内の照明が全て消えた。非常口を示す表示灯だけが所々でボンヤリと青い光を放っている。デイビッドは暗視ゴーグルを通して見えるモノクロの機械室の中を、配管に躓かないように注意しながら通風装置に向かって前進した。
相手は暗闇の中で身動きが取れないはずだ、直ぐにケリをつけてやると、デイビッドはひとりごちた。
真っ暗になった機械室の中で、通風装置の陰に身体を寄せる瞭とジェフは、拳銃とショットガンを闇に向けていた。
「ダメだ、何も見えない。このままでは殺られる。場所を移動しよう」
ジェフが小声で瞭に声を掛けた。瞭が腰を浮かそうとしたときに、頭の中に早苗のテレパシーが響いた。
《瞭! 上! 上からひとり、直ぐそこまで近づいているわ。それと左からふたり、右からひとりが近づいている。包囲されそう》
《早苗ちゃん、照明が消えて何も見えないんだ。上のひとりはどっちの方向からくるのか教えて》
《瞭の真後ろ十五メートルくらい。太いパイプの上だわ》
瞭は振り向きざまに斜め上方に拳銃の銃口を向けると、当てずっぽうにマガジンが空になるまで引き金を引いた。ドカドカと音がして通風用パイプに穴が空く。
「クソッ」
突然の銃撃を受けてパイプの上で頭を抱えていたジェイソンの右膝に激痛が走った。
幸運にも瞭の放った一発の銃弾が通風用パイプを貫通し、パイプの上で匍匐前進していたジェイソンの右膝を撃ち抜いたのだ。激痛に思わず身じろぎしたジェイソンは、バランスを崩すとパイプから三メートル下の中央通路に落下した。
暗闇の中からドサリと重量物が落ちた音が響き、押し殺した呻き声が闇の中から伝わってきた。ジェフが音のした方向にショットガンを三発撃った。途端に、左右の暗闇から突撃銃の一斉射撃が始まり、瞭とジェフは通風装置の陰に頭を抱えて身体を縮めた。通風装置や周囲のパイプにボコボコと穴が開き、ガラス片や鉄の屑が瞭とジェフの頭上に雨のように降り注いだ。
「ウグッ」
右足ふくらはぎを銃弾が貫通したジェフが苦痛の声を上げた。降り注ぐ銃弾の雨の中で身動きが全く取れない瞭には、ジェフの怪我の状態も確認できなかった。
瞭の頭の中に、早苗の悲鳴にも似たテレパシーが響いた。
《瞭、左右から近づいてくるわ。そこに居てはダメ。逃げて!》
《早苗ちゃん、ダメだ。暗くて何も見えないんだ。逃げる方向が分からない》
《襲撃者たちの強い思念波を感じるの。それに機械室の中の情景も見えるわ。レアボヤンスが発現したみたい。私の頭の中に見えている映像イメージを瞭に送るわ》
瞭は早苗の発する強い思念波に全身を包まれた。
瞭の頭の中に、俯瞰した機械室の内部の配置が月明かりに照らされているように青白く浮かび上がり、その中に四人の襲撃者の姿がハッキリと見えた。右からひとり、左からふたりがゆっくりと迫ってくる。正面の床にひとりが倒れている。瞭は必死になって逃げ道を探した。
・・・右だ! 右の壁際に逃げられるスペースがある・・・そこへ向かうには・・・下だ!・・・
マガジンの交換のために突撃銃の一斉射撃が一瞬止んだ。
瞭は暗闇の中に蹲っているジェフの両脇に腕を入れると、力一杯後ろに引っ張り、襲撃者の目から死角になる壁際に移動した。ジェフが痛みをこらえるかのように、押し殺した呻き声を上げた。
瞭は簀子状の床の隙間に指を入れ、床のブロックをひとつ持ち上げた。床下は六十センチの高さがあり、送電線やパイプ類が縦横に走っているが、壁際には人がひとり抜けられそうな隙間があった。
「ジェフさん、ここを降りて床下を這って移動します。右手に逃げられそうなスペースがあります。とりあえずそこまで移動しましょう。動けますか?」
「何とか・・・右足をやられたが、大丈夫だ。いこう」
瞭が先に床下に下り、続いてジェフが下りるや否や、ふたりの頭上で突撃銃の一斉射撃が再開された。通風装置に銃弾がめり込む音が何度も響いた。あのまま通風装置の陰にとどまっていたら、ふたりとも蜂の巣にされていただろう。
瞭とジェフは床下の細い隙間を必死になって這った。
デイビッドは突撃銃の掃射を止め、無線装置でダニエルたちに声を掛けた。
「発砲中止。おかしい、さっきから反撃がない」
「殺ったんじゃないか」
ダニエルが返してきた答えにデイビッドは首を横に振った。暗殺稼業の長い経験から、相手を仕留めたかどうかは姿が見えなくても分かる。デイビッドには、相手を仕留めた感覚が感じられなかった。ジェフはまだ生きている。
「作戦前に確認した見取り図では、この先に逃げ道はない。よし、俺が後方に回り込む。お前たち援護しろ」
ダニエルとケビンの援護射撃が始まると、デイビッドは壁際に大きく迂回して通風装置の後ろに回り込んだ。
床下を這って進む瞭は、頭上に近づく足音に気付き動きを止めた。後ろに続くジェフもその場で固まった。
瞭の頭上の簀子状の床の上をデイビッドが歩いていた。デイビッドは突撃銃を構え、暗視ゴーグルで周囲を注意深く確認しながら、ゆっくりと通風装置に向かって歩いていた。
デイビッドは何かの気配を感じたように突然立ち止まり、ゆっくりと左右を見回した。
デイビッドの両足の床下十センチの場所で、瞭とジェフは息を止めると目を瞑った。見つかれば殺される。息を止め身体を硬直させた瞭は、頭上のデイビッドの動きに耳を澄ませた。永遠とも思われる時間がゆっくりと過ぎていく。瞭の額から流れ落ちた汗が頬を伝い、顎の先から床にポタリと落ちた。ヒヤリとした瞭が思わず目を開けた。瞭の目の前にはデイビッドの軍靴の底があった。
デイビッドはその場で十秒ほど立っていたが、やがて小さく首を振るとゆっくりと歩きだした。
デイビッドの足音が遠ざかると、瞭は身体から力を抜いてゆっくりと息を吐いた。背中がグッショリと汗で濡れている。助かったという風に、ジェフが瞭の肩に手を置いた。
「いない! どこに消えた!」
デイビッドの叫び声が、無線装置からダニエルたちの耳に届いた。
ダニエルとケビンがデイビッドに駆け寄った。中央通路で倒れていたジェイソンも撃たれた右足を庇いながら立ち上がった。
「どこかに隠れているはずだ、探せ!」
デイビッドたちは散開すると、機械の陰やパイプの上などを捜索し始めた。
瞭とジェフは床下の隙間を抜けてデイビッドたちの後方に回り込み、機械室の出入口のドアが見える消火用装置の陰に身体を潜めていた。
「ジェフさん、やつらの視線が逸れたら走ってドアを抜けましょう。ここから逃げて、再度反撃です」
「・・・ダメだ。撃たれた右足が動かない。立ち上がるのが精一杯だ。瞭だけ逃げなさい。もう少しすればサイコキネシスが使えるだろう。それが頼みの綱だ」
ジェフは瞭の目をジッと見つめて肩を叩いた。ジェフは囮になる気だ。ジェフの顔には脂汗が浮かび、疲れで頬がこけていて、乱れた前髪が額に貼り付いている。
「ジェフさんをここに置いていけません。まだ、人を吹き飛ばすような力は戻っていませんが、少しずつ回復しています。それじゃあ、もう少しここで・・・」
瞭が言い終わる前に突撃銃の掃射が消火用装置の周囲に浴びせられた。デイビッドたちに発見されたようだ。
「いけない、やつらに見つかった。瞭さんだけでも早く!」
「これじゃ動けません!」
瞭とジェフの周囲には銃弾が雨のように降り注いでいて、ふたりは身動きもままならない。早苗から送られてくる映像イメージでは、四人の襲撃者が網を絞るように消火用装置に近づいていた。残された時間はほとんどない。
瞭は必死になって意識を集中した。額の内側がチリチリする感覚は少しずつ戻っているが、ハイウエイでリリーが見せた銃弾を受け止めるような強力なサイコキネシスはまだ使えそうもない。
・・・小さなもの、小さな事象の変化なら何とかできそうだ。でも、それでやつらを倒せるか・・・考えろ、考えろ・・・
瞭は顔を上げた。
「これからサイコキネシスを使ってみます。これに賭けましょう。絶対に動かないでください」
瞭は意識を集中し、目の前に仮想空間を浮かべた。チリチリという音が頭の中にゆっくりと広がっていく。瞭はジェフを両腕で抱えると天を仰いだ。
・・・そうだとも、ここで死ぬ訳にはいかない。やつらを倒さなければ、早苗ちゃんも、明石さんも、リリーさんも殺られるんだ。そうなれば核ミサイルで人類も滅ぶ。負けてたまるか!・・・
一瞬で瞭の脳内が沸騰した。
機械室の天井を縦横に走る配管から、一斉に白い雲のようなガスが噴射された。
それはすさまじい勢いで機械室内に充満し、濃い霧の中に取り残されたように周りは何も見えなくなった。耳を聾するようなガスの噴出音に混じって機械室内に人工的な声が響いている。
『警告、警告、ハロン消火剤が噴出されました。直ちに室外に退避してください。警告、警告・・・』
ジェフはハロン消火剤が噴出されたと聞いて思わず目を開けた。ハロン消火剤が充満する室内に留まることは窒息死を意味する。しかし、なぜか呼吸ができている。訝しげに瞭を見た。
「瞭さん、いったいこれは・・・」
「ジェフさん、動かないでください。僕もこれをやるのは初めてなので、意識が逸れると空気の玉が割れてしまいます」
瞭とジェフは直径二メートルほどの球状の空気の玉の中にいた。シャボン玉のようにゆらゆらと形を変える空気の玉の外側をハロン消火剤の白い雲が渦を巻いて流れていた。
五分後、強制排気装置が作動し、ハロン消火剤は室外に排出された。
ハロン消火剤の霧が晴れた機械室の床にはダニエル、ケビン、ジェイソンの三人が折り重なるように倒れていた。デイビッドは少し離れた壁際で倒れていた。
瞭はジェフを一旦機械室の外に運び出してから、拳銃を構え、倒れているダニエルたちにゆっくりと近づいた。
ダニエルたち三人は目を見開き、喉を掻きむしるような姿で死んでいた。瞭はほっとして拳銃を下すと、壁際に倒れているデイビッドに近づき、腰を屈めて足元に落ちていた突撃銃を拾い上げた。
瞭が顔を上げると、目の前に死んでいたはずのデイビッドが立ち上がり、瞭の額に向けて拳銃を突き出していた。デイビッドの足元には機械室の壁に備え付けてあった緊急避難用酸素マスクが落ちていた。
ドンという衝撃音が響いた。
銃口に向かって咄嗟に広げた瞭の左手の掌を銃弾が貫通した。
瞭は思わず目を閉じていた。
目を閉じている瞭に、掌を貫通した銃弾が自分の額の直前で止まっている情景が見えていた。意識が感得した情報を脳内に視覚として投影しているのだ。掌には穴が開き、飛び散った血と肉片が王冠のような形のままで固まっている。銃弾が発射された拳銃は銃口から火炎と煙を吹き出した状態で静止していた。拳銃を持ったデイビッドも静止したままで動かない。瞭自身も身動き一つできない。
・・・時間が止まっている!・・・
瞭を取り巻く現実空間の時間が止まり、瞭の意識だけがそれらを見ていた。
『脳内の記憶フィールドには時間の概念がないのです』
明石の声が瞭の頭の中に浮かんできた。
銃弾が瞭の頭部を撃ち抜く直前に、自己防衛本能から、瞭の意識がサイコキネシスを発動させようとして待機している一種のモラトリアム状態だった。この状態が少しでも崩れると銃弾は瞭の頭部にめり込むことになる。
・・・サイコキネシスを使うしかない。でも、どうすればいい? 銃弾は頭に近すぎて軌道修正は無理だ・・・
・・・このままの状態で銃弾を消滅させるしかない・・・
・・・物質を消滅させる。どうやって?・・・
『質量とエネルギーは置き換えることができる』
ジェフの声が瞭の頭の中に蘇った。
・・・量子の世界では、物質と波動は相関関係にある・・・
・・・物質と波動は、根源は同じものだ・・・
・・・物質としての存在は確率的なものだ・・・
・・・物質は極めて微小な次元の振幅の中で粒子と波の状態を揺れ動いている・・・
・・・物質を構成する量子が波の状態に振れた次元を固定し、その状態の量子を物質レベルにまで繋ぎ合わせれば、物質は全て波に変換できる・・・
・・・波の波長を伸縮させれば全ての波を光波に変換できる・・・
・・・物質を光波に置き換える・・・
瞭の意識は、目の前の銃弾を構成する原子のレベルに入り込み、更に、電子や陽子などの素粒子レベルにまで到達した。その世界では次元は絶えず揺らぎ、その揺らぎの中で物質は波に形を変え、波は物質に形を変えていた。
・・・すべてを波に置き換える・・・
・・・すべてを波に・・・
・・・物質を光に・・・
・・・物質を光に・・・
・・・光に!・・・
瞭の脳内が沸騰した。
凄まじい閃光だった。
銃弾は、いや、物質は光に変わった。
瞼を閉じている瞭にも閃光が感じられ、後方に吹き飛ばされそうな圧力に必死で耐えた。自己防衛本能が生む無意識のサイコキネシスによる防衛波が閃光の衝撃波を相殺したことに瞭は気付かなかった。
至近距離で閃光をまともに浴びたデイビッドは真後ろに吹き飛ばされ、壁に激突した。デイビッドの目は網膜が焼き切れて、眼球は破裂していた。デイビッドの上着やズボンからブスブスと煙が上がっている。デイビッドの身体の前面は閃光を受け、電子レンジで温められたチーズのようにドロリと融けていた。
デイビッドはしばらく壁に貼り付いていたが、やがてゆっくりと倒れた。壁にはデイビッドの人型がプリントされたように残っていた。
瞭はジェフに肩を貸しながら、サブコントロール室に戻った。
早苗のほっとした顔に向かって瞭は頷き、左手を上げた。瞭の掌から滴る血を見て、早苗が目を剥いた。
核ミサイル発射まで残り二時間を切った。




