一節『月の都で連なる』6
勇者来訪の予定時刻が迫る中、私は神殿からほど近い家屋を訪れていた。貴族の邸宅ほどの広さはないものの、確実に町の中でも有数の広さを持つこの家には半龍の双子と、スラムで彼女達と共に過ごしていた子供たちが暮らし始めていた。
それはマザーの監視下に置くには適切な行為であり、空き家だからスラムで過ごすよりはと、フリューを納得させるのも時間の問題であった。
敷地を無造作に跨ぎ、設置されているドアノッカーの存在を極めて無視して扉を開ければ、私の鼻は僅かな生活臭を感じ取った。龍になった……というよりも龍という状態を付与されたことで変化した五感に慣れるのはもう少しばかり時間がかかりそうで、通常の人間とは異なるそれがあの双子の普通なのか、と今更ながらに理解した。
…………龍。人間のような親を持たず、星から生まれでる、大地の血を宿す生物を総称する名前。
その末端の末端に自身が席を連ねるだなんて思いもしなかったが、これは確かに人には過ぎたる力なのだろう。
例えば龍の力の一つである『共鳴』を使ったとすれば──…………ほら、大きな音を立てて双子がこちらへと走ってきた。
イルカが意思疎通で用いるエコーロケーションと似ているようでどこか違うそれ。音叉、とでも例えればいいのだろうか。片方が鳴ればもう片方も音を出す。今回は私が彼女たちに呼びかけた形になるか。
最初に姿を見せたのは妹のノーザで、扉を突き破るように現れた彼女は片手をこちらへと向けて魔術詠唱を始めていた。
「──彼の地は雨の都、豪雷の丘。避雷の守護者は光をっ…………」
彼女は私が共鳴を使ったのだと分からなかったのか視線を素早く巡らせ、玄関口に立つ私にすぐ気が付いて腕を下ろした。
寝られた魔力の残滓が宙に弾けるのを肌で感じつつ両手をあげると、彼女は口を引き締めて互いの距離を縮めること無く佇む。いつでも動ける体勢だ。
「悪かった、今のは私がやったんだ」
「貴方は……人、ではなかったのですか?」
「人はなんだってなれるのさ」
「たった一日で人は龍になれはしないわ」
ノーザの顔と声は姉であるフリューと似ていて、こうして対面しているとなんとも不思議な感覚になってくる。会話の節々の語感の違いで判断するか、皮膚に現れた症状で判断するしかなさそうである。彼女とはまじまじと顔を見せてくれるような関係性ではないので、見分けるのは困難なのだが。
彼女と話しているとフリューも駆けつけてきて、私を見つけて目を丸くした。銀と金の瞳がきれいに見えるのは好ましいのだが、あれと似たものを食べたという事実があってかこの感情はあまり伸びることなく萎れていく。
やはり二人並んでいると似ているのがよく分かるな。
「貴方」と、フリューは私との距離を縮め、近い位置で『共鳴』した。それは魔術のように詠唱こそなかったものの、極めて魔術に近い存在であった。魔術の祖たる龍の技だ、魔術のオリジナルと言っても過言ではないだろう。
私は前に共鳴状態を体内に誰かが住み始めたようだ、と例えたが、今それが私とフリューの間で起こっている。マザーシプトン、トウカとの共鳴が同じ家での生活だと例えるのなら、彼女との共鳴は隣の家との交流とでも言うのだろうか。
私が強く力を放てば、彼女からも同じように返ってくる。途中からノーザもかなり遠い位置で共鳴に加わったのだが、やはりマザーやトウカと同じようには感じることはなく、ノーザの音は姉であるはずのフリューとも微妙に違うように思う。この差が何なのかと聞かれるとよく分からないが、思い当たるとすれば私との肉体関係の有無か、所属している者たちとの精神的な距離感が共振に影響を及ぼしているのかもしれない。
なんにせよ、人が言う第六感の域に手を伸ばす技術であるのは間違いないだろう。
「本当に龍に……?」
「そうみたいだ」
「貴方は本気で言ってるの?私たちを見て、それでも本当に龍になったの?どうして…………」
「私の体を知っているでしょう?」言葉にすることはなかったものの、彼女がそう言いたかったのはなんとなく分かった。
皮膚を突き破る血の結晶。それが疎ましくて仕方ない。フリューも、ノーザもそれは変わらないらしい。
「半龍になったからと言って死ぬわけじゃない。龍の血を生む心臓は私にはないし、あれはそもそも龍血に人の皮がもたないのが原因だ。私は人より丈夫なつもりでね、死にはしないさ」
マザーシプトンの瞳を食べた私は食べて龍になったが、同じ状況にあるトウカに結晶は現れていない。それは彼女と共鳴した時に分かっているし、マザーも同じだ。私とフリューたちとでは決定的に違っているものがある。私自身、それは最近教えられたことだからあまり多くは語れないものの、聡明なフリューならすぐに分かるだろう。
「気軽になっていいものじゃない……なれるものでもないのよ」
「えぇ。人は人であり続けるべきよ、過分な存在になるのなら……、それは残酷な死を迎える覚悟をしなければならない」
「残酷な死ね……」
双子は揃って私に警告をするものの、龍になってしまったのは半ば強制であったし、残酷な死の覚悟であればマザーの騎士となった瞬間から出来ている。人には過分な力だが……人外が使う分には適切な力だろう。
私は無理やり空気を変えるように、本来の目的を彼女たちに切り出した。露骨だったろうが、勇者が来るまであまり時間がない。急がせてもらおう。
「人外といえば今日は勇者が町に来るようになってるから、二人にはできる限り大人しくしておいてほしい」
「それは私たちを追って……」
「可能性はあるが、それだけだ。フルムーンも近いし、もしかすればただの観光かもしれない。使いを近くに置いておくから何かあればそれで連絡をとってくれ」
踵を返した私の背を見つめる双子が何かを言う前にこの家を出てしまおう。そうすればきっとスラムからマザーの膝下へと連れてきた私の罪悪感も薄れるだろうから。
ルーナン・コリスは七月の真下に栄える信仰の町。奇跡を成す魔女が主人の虚栄のテリトリーであった。




