一節『月の都で連なる』4
神殿の中で、今日も私はマザーシプトンとの会話を楽しんでいた。内容はもちろん例の半龍についてである。
前回運ばれてきたのは子羊の肉だったが、今回皿の上に乗っているのはマザーが持たせてくれた眼球だった。
「今回の話を聞かせてもらえる?」
「ええ……それでは半龍の双子の話を」
そうして私は語り出したが、皿に乗った眼球には手を出さなかった。皿の横に添えられたスプーンで食べるのが適切なのだろうが、あからさまにゲテモノの部類に入るであろうそれを躊躇なく口に入れることができなかったのだ。
「半龍の双子はそれぞれフリュー、ノーザと言うそうです。彼女たちがスラム街に居を構えたのは二ヶ月ほど前だそうで、現地に住む少女たちと過ごしていました」
「彼女たちは元々どこに住んでいたの?半龍と言えばどこの国でも地下か塔に繋がれているものなんだけど……」
「それが二人は逃げて来たみたいでして……、グアルディアン王国から冒険者と一緒に流れてきたようです」
グアルディアン王国は近隣の中でそれなりに大きい国の一つであり、現在は隣国と戦争中である。だからこそフリューたちは逃げてこれたのかもしれないし、本気で捜索をされていないのかもしれない。ルーナン・コリスは国ではないし、探そうと思えば一瞬で見つけられるはずなのだが。
そんな私の疑問は、今日も私の膝の上で座っているマザーによって解消された。
「半龍がこの町に居るのは知っていたけど、よりによってグアルディアンだったのかぁ……。今まで始末してきた密偵らしいのはあそこのだったのね」
「それはここに居るのだと伝えるようなものなのでは……?」
「だから勇者が来るのよ、きっと」
「それで」と、彼女は言葉を区切って続けた。「これ、食べてくれないの?」
マザーシプトンが視線で指す先にあるのは皿に乗った眼球で、「食べさせて」ではなく「食べて」なのが喉を拒絶感で痺れさせていた。
「念のために聞きますけど、これは……何の眼球ですか?」
「私のだけど、別に毒はないわよ?洗ってあるし。きっと今まで味わったことのない刺激を感じると思うわ」
「それはそうでしょうけど……」
巫女の瞳だなんて呪いのアイテムか、この先必要になるキーアイテムのどちらかでしかないと思うのだが、マザーにとってはそうではないらしく、なかなか食べようとしない私に業を煮やして一人の女を部屋の中に呼んだ。
呼ばれたのは神殿から矢を放ってツツドリを追い払っていた張本人であり、この神殿におけるもう一人の騎士である。カッ、カッっと金属の足音を立ててこちらに近づいていくる彼女の名前はトウカ・フデリンドウ。針の様な義足をつけた弓の騎士である。
「トウカ、彼を押さえていてくれるかしら。食べてくれないの」
「……そうでしたか、不味いものではないのですけどね」
食べた事があるのか、私の言葉が漏れるよりも早く、地を滑る様に私の下までやってきたトウカは背中で一つにまとめた淡い水色の髪を揺らしてマザーの眼球を器用にスプーンで掬い上げた。
私の膝の上にはマザーが座っているために動くことが出来ず、このまま暴れて眼球が床に落ちるのもはばかられたために抵抗らしい抵抗もすることはない。だというのにトウカは私の顎に手を添えて口を開けようとするのに執心で、強く目をつぶった私も意を決してそれを受け入れるのだった。
まず感じたのはスプーンの金属の感触で、次に感じたのは不思議な昂りであった。
どういうわけか口内にあったはずの眼球の感触を感じることはない。まさに溶けたというような表現が適切であるような気がした。
「怖がる様なものではなかったでしょう?」
「……不思議な感覚でした、体内に誰かが住み始めたみたいな…………。別に嫌なものではないのですがこれは……」
「それはね、貴方が共鳴しているのよ」
「共鳴、ですか?」
私の疑問に答えたのはマザーではなくトウカだった。
さっきまで私の顎をつかんでいた様な面影を見せることなく、優しげに胸に手を当てる仕草が騎士の礼にも見えた。そんな彼女を見ていると、どうしてか彼女と私の間に繋がりがあるように感じられた。同じ騎士という職種であるものの、実際に彼女と顔を合わせる機会は少ないのだが、どういうことだろうか。
「魔術の祖、龍の魔術とは……変質であり再生、そして『共鳴』。貴方の中に居るのは私で、私の中に居るのは貴方」
「それは……、マザーが龍種だと?」
「信じられませんか?私は金の瞳を、そして貴方はいま銀の瞳を口にした。体を繋ぐよりも深い繋がりがマザーと貴方、そして私を繋いだのです」
龍の血は病を治し、魔術の触媒となり、……奇跡を起こす可能性を持っている。
脳裏にフリューの言葉が浮かんだのはどうしてだろう。未だに現実が受け止められず、必死に情報をまとめようと頭が働いているのかもしれない。
これは魔術なのか?それとも奇跡が起こったのか?
私とトウカに肉体的な関係は全くと言っていいほどありはしないというのに、心の中で彼女のことを思えばどうか、彼女の体の隅々まで知っているような気がしてならない。それはマザーシプトンに対しても同様であり、彼女たちにも私と同様の現象が起こっているのだろう。
「人は何にだってなれるわ、そうでしょう?現に貴方は龍になった」
綺麗に笑みを浮かべるマザーの身内に埋めく歪な感情が私の中に入ってくる。本来瞳が入っていた場所には血の結晶が鈍く輝き、それが私には新たな龍の誕生を喜んでいるように見えた。