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【最強の男5】オアシスでの休息

 夜の帳の中、赤く燃える炎が辺りを照らしだし、その中で薪がパチリと爆ぜる。

 木の枝を串がわりにして肉を串刺しにして、更に焚火の周りに串を突き立てる様に配置することで、適度な熱で肉を炙っているのである。溢れ出る肉汁。炙られた肉から立ち上る香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。


「ったく、お前らもまだまだだな……」


 目の前で《回復》の魔術を掛け合う魔術師たちを見遣り、ワンダール=ルアンドはため息混じりに呟く。

 魔術師たちの表情には影が落ちている。それは仕方ないことであった。回復はしているが、つい先ほどまで全員が満身創痍であったのだ。

「まったく、面目御座いません……」

 魔術師の1人がワンダールを見返して、申し訳なさそうに言葉を返す。

「ミミズくらいもっと手早く始末してもらいたいもんだ」

 辛辣な言葉と共に、ワンダールは串の1つを地面から抜き取り、肉の焼け具合を確認する。そして程よく焼けている事を確認した後、おもむろにその肉にかぶりついた。

「うん、悪くないな。むしろ美味いと言っていい。お前らも食ってみろ」

 歯型のついた肉を向けて言うと、魔術師たちはおずおずと焼けた肉に手を伸ばす。

 魔術師達は互いに見合うと、その中のリーダー格の男が意を決したように肉に齧り付く。周りの魔術師はその光景を固唾を飲んで見守っている。

 ワンダールの後ろには巨大な大地蚯蚓(ランドワーム)の死骸が横たわっていた。それは先程まで死闘を繰り広げ討伐した魔獣である。そう、これはその大地蚯蚓(ランドワーム)の肉なのである。

 口に入った肉を咀嚼し、飲み込んだ魔術師の目が見開かれる。

「っ! 美味い。めちゃくちゃうまいぞ、これ」

 予想外のその感想に、他の魔術師達も手に持った肉を口に運ぶ。

「本当だ、美味い」

「あんな化け物の肉がこんなに美味いとは……」

「あぁ、いつも食っている化学合成肉と比べて断然こちらのが美味いな」

 口々に感想を言いながら、魔術師達は焼けた肉に手を伸ばす。

「やはり、肉は天然物に限るな。《腐食》の効果を持っていたからな、まさに熟成肉だな。ちゃんと食って体力をつけろよ」

 一際大きな肉を嚙みちぎりながらワンダールが言う。

 久々の天然肉に喉を詰まらせるぐらいがっつく者もいた。その男は仲間から手渡された水筒を受け取り、喉に詰まった肉を流し込みそのまま水をがぶ飲みした。

「ぷはっ。生き返りますね。こんな贅沢、久しぶりです」

 水を飲み干した男が感想を漏らす。資源の枯渇した現在、その食料の半分以上が生産装置(プラント)が作り出す化学食品になっており、安全な真水についても貴重なものであった。

「しかし、ここは不思議な場所ですね」

 別の魔術師が辺りを見回して言う。

 この世界の大半が廃墟となり放射能で汚染されているのだが、今いる場所は廃墟には違いないが古いコンクリートの隙間から緑が溢れて、そしてその中心には綺麗な水が湧き出していた。

 先ほど飲み干したのは、そこで汲んだ水なのだ。

 強化手術をうけたワンダールと違い、魔術師たちは人の住まない外界では通常は全身を覆う 特殊なスーツとフルフェイス型のマスクを着用して活動している。しかし今は素顔をさらけ出し肉を頬張っていた。それだけここが人の住む国と同等に浄化された場所となっているのだ。

生産装置(プラント)が稼働しているわけでも無いようだし、どうやってここまで浄化されたのだろうな」

 辺りを見回して魔術師の一人が疑問を口にする。

「こいつは、この場所の守護者だったのですかね?」

 さらにもう一人が手に持った肉を見下ろして言う。

「こんな場所があるならば、本国が把握し地図にも載せているはずだ。それが無いということはここ最近で出来たものの可能性が高いな。こいつはこの天然のオアシスに寄ってきたのだろう。()()()()()()()()()()入っていたからな」

 肉を食い終わり枝を火に投げ入れ、次の肉に手を伸ばしながらワンダールが魔術師達の疑問に対し自分の意見を述べる。

「この場所はここ最近でできたもの、ということですか?」

「ああ……」

「流石にそれは無いんじゃないですかね」

 ワンダールの言葉に、近くにいた魔術師――周りの魔術師に比べて若い男――が否定の言葉を述べながら次の肉に手を出す。

 一見無礼な態度だが、ワンダールは気にした素振りも見せずに口の中の肉を咀嚼を続けた。

 最強の男であり、強気の言動が多いため自己中心的な暴君お思われがちだが、実は仲間思いの男なのである。

 大地蚯蚓(ランドワーム)との戦いでも、ワンダールは戦いに参加せず部下に任せきりであったが、戦いにて間違った判断をした部下を叱咤し、命に関わる場面では援護射撃を行なっていた。何もしていないように見えるが、ワンダールが居なければ死者とまではいかないが重傷者が出ていただろう。

 そして隠し事を嫌うワンダールの性格から、むしろこの様に一見無礼に見えても反対意見をまっすぐ言う者が部下に多いのだ。

「何故そう思う? 俺は魔術については疎いからな、魔術にてこの規模の大地再生するのは難しいのか?」

 肉を飲み込んでワンダールが訊く。

「この規模ならば拳大の魔石を一気に使い切るほどの魔力と、それを制御するために我らクラスでも5人、平均的な魔術師である銅級(ブロンズクラス)ならば100名以上が必要でしょうね。魔術師が出現したばかりの再生期ならともなく国が安定したこの時代にそんな大魔術が行使されることはあり得ないと思うのです」

 肉を食べ終えた部下の一人が答える。

「なるほどな…… ならば、この先に俺の探している魔術師(ひと)がいる可能性が高いな」

 このご時世に魔術でこの規模の大地再生はあり得ない言う部下の言葉に反し、ワンダールは確信を深める。しかもワンダールの口振りから、それは一人の人物のようであった。

「いやいや、大佐。ですから、これだけの規模の再生魔術を発動させるのは、しかも単独の魔術師が発動させるなど不可能ですって」

「ふん。分かってないな。俺が探しているのはそんな常識の外にいる人物なんだよ」

 部下の言葉にワンダールが答える。想いは変わらないようだ。

「ですが、そんな常識外れな人物って本当に存在するのですか?」

「この場所以上の常識外れの魔術効果をお前らも見てるはずだなんだがな」

 言うと、ワンダールは自らの上腕部に拳を打ち付けてみせる。鋼どうしがぶつかり合う音が響く。

「《絶対防御》、さらに」

 右手に炎を生み出す。

「《炎熱操作》――それ以外にも《量子操作》《力場生成》。俺の全身に施された魔術は誰が施したと思っている?」

 生み出した炎を握りつぶして訊く。

「魔獣に負けないようにと六元老が施したんではないのですか? ファウスト王国を護る最強の戦士を作るためにに」

 若い魔術師が首をかしげる。

「ならその六元老が俺を危険視するはずがないだろ。まぁ、危険視してるのは10年前に国の魔術師100名以上をフルボッコにしたからなんだがな」

 ワンダールが口元を歪めて獰猛に笑ってみせる。その事件を目撃していた部下の魔術師はその時の状況を思い出して顔を青くしている。

「俺に魔術を施した常識外れな魔術師。それが俺が探している人だ」

 ワンダールがそう告げると、魔術師達はなるほどと頷く。

「この先にいる可能性が高いということは、もしかすると先日に依頼を受けた討伐対象がその人物ということですか?」

 さすがファウスト王国の精鋭部隊である。今までの会話内容から真実にたどり着く。

 今は魔導生物討伐のために、その魔導生物がいるであろう場所に向かっているのである。

「ああ、そうだ。お前らが勘違いしているかもしれないから、敢えて言うぞ。今回の依頼対象を傷つけることは許さん。見つけたら無傷で俺のところまで連れてこい。いいな?」

 ギロリと部下を一瞥して言う。ワンダールのその言葉にあたりの気温が上昇し、焚き火の炎がボゥっと大きくなった。

「大佐。2つほど確認させてもらっていいですか?」

「構わん、何だ」

「その人物は、大佐にとって大切な人なんですよね?」

「ああ」

 即答する。

「依頼の内容から対象はヒト出ない可能性がありますが、相手がヒトでなかったとしてもご命令は変わらないですね?」

 部下の真剣な眼差しに、ワンダールは即答しなかった。真っ直ぐ視線を返し少し間を置いて「ああ、変わらん」と答えた。

 依頼内容は魔導生物の討伐。対象はゴーレムとホムンクルスということだった。その魔導生物は知性を持っていない可能性もあるのだ。その場合、ワンダールの命令を遂行するには危険が伴うこととなる。部下の安全より今回の命令を優先しろという命令なのである。ワンダールが部下想いであることを知っている魔術師達は、その命令の重さを今の回答で察知する。

「承知しました。いままで我々は貴方に数多く助けられてきたのです。多少の危険が伴ってもその命令は遂行します。任せてくださいよ」

「そうですよ。ルアンド大佐の命令なら、たとえ命をかけるような内容でも従ってみせます。もっと私達を信用してください」

 部下達がそう言って頷く。

 ワンダールはいい部下を持ったなと、特徴的な獰猛な笑みを浮かべる。

「その笑いが誤解を生むんです。部下に信頼されて嬉しいなら、もっとにこやかに笑ってくださいよ」

「大佐の表情は分かりづらいですからね」

「そうだな、大佐はもっと社交性を磨くべきだ」

 ちげぇねぇ、ははは、と部下達が笑う。自分で気づいていなかった笑いの下手さにワンダールは目を丸くする。

「なっ…… ったく、生意気言いやがって」

 照れ隠しで部下達に背を向ける。

 くそっ、こんな時はどういう顔をすりゃいいんだ、とワンダールは後ろを向いたままいくつか笑みを浮かべてみたがどれもしっくりこなかった。


「ルアンド大佐! 本国から緊急通信が入っています。来ていただいていいですか」

 そんなワンダールに、移動車両に残った部下から声が掛けられる。

 今は任務中となっているはずである。本国からの通信など来るはずもないのだが、掛けられた声に焦りの色が混じっていた。

「何だ、すぐ行く」

 ワンダールは移動車両に向かった。


「よう。久しぶりだな。ワンダール=ルアンド大佐」

 通信室に入ったワンダールにモニターに映った男が声をかける。

「クトゥルス=ヴォーテス……」

 画面に映った人物の名がワンダールの口から漏れる。そう、そこに映っていたのは六元老の一人、クトゥルス=ヴォーテスであった。部下の通信士が慌てるのも頷ける。国の最高幹部からの直接通信なのだ。

「六元老の一人、クトゥルス様が何の用だ?」

 ワンダールが画面の男を睨みつけて問う。

「大佐に緊急依頼を頼みたい」

「断る。今、俺達は任務中だ」

 クトゥルスの言葉をバッサリと切り捨てる。

「私の依頼を断るとは、嫌われたものだな」

「まあな。俺の大切な物を取り上げた人物だからな」

 棘のある言い回しでワンダールが答える。

「大切な物とはこれのことか?」

 画面の向こうでクトゥルスが何もない空間から1つの箱を出現させる。それは数少ない手がかりである――封印が解かれた時に目の前に置いてあった――箱であった。

「ああ。それだ。その箱と、俺の探し人の情報、それをアンタが俺から取り上げたんだ」

 怒りを押し殺した声で応える。

「アンタのことだ、今俺が受けている依頼の内容も把握しているんだよな?」

 ワンダールの問いに、クトゥルスは答えない。

「別の任務でこの依頼を揉み消そうとしているのは分かっている。だが、アンタや本国を敵に回してもこの依頼は取り止めない」

 硬い意志を込めた言葉で言い切る。

「そこまで()()()を恨んでいるのか? ()()()を傷つけるつもりならファウスト王国のみならず()()()()敵に回すのだと何故分からぬ!」

 画面の向こうから怒気を孕む言葉が響く。その音声だけでも、凡人ならば震え上がるものであった。

 しばらく画面越しにワンダールとクトゥルスがにらみ合う。

 だがその睨み合いの沈黙の中で違和感に気づく。


 なんだ、この違和感は


 そして、ワンダールは先程の部下の言葉を思い出す。


――大佐の表情は分かりづらいですからね

――もっと社交性を磨くべきですね


 部下の言葉を思い出し、頭に血が上った状態から少しだけ冷静さを取り戻す。


 相手は探し人の手掛かりを奪い、情報を秘匿しているのだ。信用など出来ぬ者だと決めつけていた。

 それはそうであろう。「この国に使え、この国に貢献し地位を手に入れたなら探し人の情報を与える」との約束を糧にここまで地位を上げてきたが、一向に情報は得られないでいる。

 地位については士官学校を出ていない叩き上げからでは将位に上がることはほぼ不可能なのも知っている。そう今の地位である「大佐」が最高の位なのだ。それでも一向に探し人の情報は秘匿とされたままであった。

 こいつは、俺をただの武力としか見ていない。そう思っていたのだが、先程のクトゥルスの言葉を思い出す。

 そこまであの人を恨んでいるのだ、だと?

 なにかお互い大きな勘違いをしているのではないか

「待て。アンタは何故、俺があの人とやらを憎んでると思っているんだ?」

 その質問にクトゥルスは眉根を寄せる。

「なん、だと。違うのか?」

 クトゥルスのその言葉を聞いて、ワンダールは深々とため息をつく。

「言っておくぞ。俺の探している人は()()だ。感謝こそすれど、憎むことなど欠片もない」

 そして、そう言い放った。

「だが、今お前が受けている依頼は討伐依頼であろう」

「たまたま探し人の情報が入ったのが討伐の依頼だったが、傷つけるつもりはない。部下にもそう指示している」

「では10年前のあの事件は」

「探し人の問い合わせをしたら殺気を纏った魔術師に囲まれたんだ。正当防衛だろ。それにあの事件で再起不能者は出したかもしれないが、1人も死人は出してない。殺すつもりなら、炉の力を解放して国ごと焼き尽くしていたよ」

 フンと鼻を鳴らすワンダールに、クトゥルスは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

「まさか、私は長年勘違いをしていたのか……」

 クトゥルスの口から言葉が漏れる。

「そうみたいだな。まぁ、俺も部下に指摘されるまでアンタらを信用してなかったし、俺の想いを話すつもりもなかったからな」

 そう言って、ワンダールは視線を画面に向ける。画面越しに視線を交わし、2人して気まずそうな笑みを見せた。

「お前の気持ちは分かった。その上で緊急依頼を頼みたいと思う」

 クトゥルスのその言葉に、ワンダールは怪訝そうな表情を浮かべる。

「依頼の内容についてだか、お前らが今向かっているレギルス王国。そこでつい先ほど魔導生物達が反乱を起こし大混乱に陥っている。その沈静に至急向かって欲しいのだ」

 クトゥルスは依頼の内容を告げる。

「なるほど。俺が向かっている国での依頼なら、遠回りにはならないな。だが――」

「お前の探し人。ラビィ=リンスが、その国に滞在している」

 断ろうとするワンダールの言葉に被せるようにクトゥルスが言葉を続ける。探し人の名前、それが初めて出たことにワンダールは口をつぐみ、真剣な表情に変わる。

「そして、その混乱に巻き込まれている、いや首を突っ込む可能性が極めて高いのだ。君は知っているかもしれないが、ラビィちゃんは魔術に関しては無敵に近いのだが、物理的戦闘力は無いに等しい。ラビィちゃんに降りかかる可能性が高い危険を至急排除してもらいたいのだ」

 まっすぐワンダールを見つめ、クトゥルスが言葉を言い終える。

 ワンダールは瞼を閉じ、小さく息を吐くと、ゆっくりと口を開く。

「任せろ」

 そして、いつもの獰猛な笑みを浮かべた。

「フン。まさかお前にこんな言葉をかける日が来るとは思わなかったな――」

 そこで一旦言葉を切り、クトゥルスが瞼を閉じて心を込めて一言を吐き出す。

「頼む」

 と――


 通信を終え、ワンダールは外に出る。

「ルアンド大佐……」

 通信士がワンダールに声をかける。

 ワンダールは真剣な表情で各部位の確認をしていたが、通信士の声を聞いてゆっくりと立ち上がる。

「俺は先にレギルス王国へ向かう。皆には先程の依頼内容を伝え、食事と火の始末をした後にレギルス王国に向かうように指示しろ」

「はい」

「では、頼んだぞ」

「我々もすぐ向かいます。大佐、ご武運を!」

 部下の声を背に、ルアンドは駆け出した。両足に埋め込まれた《力場生成》の刻印された魔石が生み出す斥力場を推進力に、蹴足が地面に小爆発を生みながら高速で駆けて行った。


 こうして、混乱を極めるルアンド王国に、最強の男という新たな要因が加わるのであった。

次話はついにキメラの国編のクライマックスです。

気合い入れて書いていこうと思いますので、ご期待下さい。

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