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バリスタと呼ばれた少女  作者: 風早
バリスタさんと奴隷商人
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第2話

 吾輩が探しているときに限って、あの娘が街にいない。つくづくタイミングの悪い娘だ。

 微かに残っていた気配を目で追ってみると、一月ほど前に街から出て北に向かったらしい。

 用があるのに何ということだ。あの娘が強力な気配を持っているからかろうじて追えたのだ。

 吾輩でなければ人ごみに紛れた気配を見ることは困難であったろう。まったく、あの娘は何をしている。

 他に頼る相手もいない。あまり遠くに行かれても面倒だから急いで後を追う。

 魔術で補助をして北へ駆ける。

 日が暮れているとはいえ、街道を通って目撃されても面倒だ。少し離れた位置を走ることにする。

 偶に止まって気配を追い直すから2時間走って3日分の距離しか進まない。

 これではあの娘に追いつくまでに20時間も掛かってしまう。

 また止まって気配を追うと街道から外れていた。これでますます追いにくくなる。

 いや、この気配は違う。いつの間にか随分と近くまで来ている。

 あの娘も十字の街に帰る途中だったのだろう。そう遠くない位置まで来ているようだ。これは僥倖。

 誰かに見られる可能性も減った。気配に向けて全力で駆ける。

 見つけた。こちらに向かってクロスボウを構えている。撃たれた。

 矢が迫る。

 さすがあの娘だ。良い腕をしている。吾輩を狙っている。

 魔術で受けるか? 否、貫かれる。

 ならば避ける。どうやって?

 矢を見据えながら身を低く駆ける。まだ当たる。だが問題ない。

 伏せながら走る。まだ低く。もっと低く駆けろ。

 身が地に沈む。矢が体の上を飛んでいく。避けた。

 地面から身を上げるとあの娘が盾を構えていた。棍棒はないがどうしたのだろう。

 慣性を消しながらあの娘の足下に滑り込む。

 危ない、今叩きつぶそうとしたぞこいつ。

「むお!? なんじゃ。おぬしか」

 盾を叩きつけようとこちらを見た娘が、吾輩を認めて急停止した。

 まったく騒がしいことだ。

「何ぞ知らんが、わらわは今とても理不尽を言われておる気がする……」

 娘が盾を下ろし、折りたたみ椅子に腰掛け、焚き火の傍に置いていた実を回収している。

 あれは確か油分と水分を多く含み、火に入れると破裂する実だ。

 こんなものまで用意して、他の街に向かうならともかくこんな場所で何をしていたのだ?

「仕事とか色々あるじゃろう。今回は暗黒の森の奥地まで行ってきたのぞ」

 暗黒の森とはまた似合う場所に行ったものだ。里帰りでもしていたのか?

「そういうのはおぬしだけじゃろうなぁ。というかぬしはわらわを何だと思っておるんじゃ」

 森の化け物の類いだろう。吾輩でも森の中で遭遇戦をすれば勝てるか判らんぞ。

「そこまで酷くはないと思うがの。暗黒の森はあれじゃ。森の巨人の集落で跡目争いがあってな。その所為で森が荒れておったのじゃ」

 ほう、それでどうしてきたのだ?

「とりあえず森の巨人の長候補たちを殴り倒して話を付けてきたのじゃ。わらわという外敵が現れたから連中も結託しおった。しばらくちょっかいかけて問題なさそうじゃったから、帰ってきていたところじゃな」

 やはり化け物とか怪物の類いではないか。

「そうかのぉ。して、おぬしは何をしにきたんじゃ?」

 む? 忘れるところだった。奴隷商人を摘発しにきたんだ。

「意味が判らんのじゃ。順に話すがよい」

 ガラスの廉価化を目指すのに奴隷商人が邪魔なんだ。

「絶対に間違っておる……」

 しばらく話して、ようやく娘が納得したようだ。

「奴隷や魔物に関する規定は変わっておらんな。そういう意味ではおぬしもあの街にいて良い生き物か怪しいの」

 失敬な。吾輩ほど人に害を与えない幻獣はいないぞ。

 規定が変わっていないのならば、奴隷商人は殲滅して良いのだな。

「いや、少し待て。奴隷商人というがな。十字の街周辺で奴隷を得る利益がないのじゃ。東の国付近で捕まえてそのまま売り払った方が早いし手間がない」

 しかし、現に奴隷はいたぞ?

「今の話だけじゃと、その奴隷をどうするつもりなのか判らんの。奴隷や魔物はどんな様子じゃったか?」

 様子と言うが、静かなものだったから特にない。

 奴隷は枷をはめられた状態で身動きせずに転がっていたし、魔物も檻に入れられて大人しくしていた。

「地下室の構造はどうなっておるのじゃ? 魔物や奴隷の檻は布でもかけられておったのか?」

 確か3部屋あった。一つが大部屋で奴隷や魔物が檻に入れられていた。他の部屋には何もなかったな。

 檻通しも仕切られていた訳でもないし、布で隠されていたとかもなかった。

「他の部屋には何もなかったんじゃな。地上部分はどうなっておったか?」

 地上部分は見ていないから判らん。

 何か気付いたことがあるのか?

「うむ。おぬしが見たという奴隷じゃが、奴隷ではなく魔物の餌ではないかのぅ」

 その可能性もあったか。餌ならば魔物ごと潰しても良かっただろうか。

「生きているならばやめておいて正解ではないかの。奴隷が餌だとすれば魔物商となるが、魔物商ならば十字の街に拠点を構える意味がない。じゃから奴隷商人でもなく、魔物商でもない何かがその建物を持っておるのじゃ」

 それはつまり何なんだ?

「今の話だけでは推測しきれんわ。戻って調査しようぞ」

 よし、では帰るぞ。

「今から帰ってもどうせ後3日かかるんじゃ。今日はここで休んでも良かろう」

 娘はそういって毛布を持ち出すが、一体何を言っているのだろう。

 気配を追う必要もないのだ。1時間半もあれば街に着く。

「それはぬしの脚でならばじゃろうに。自慢でないがわらわの脚は遅いぞ」

 娘のはコンパスの長さの問題だ。

 何、娘も吾輩が運んでしまえば関係ない。

 すぐさま娘に魔術をかける。煙が娘を取り囲む。娘が驚きの声を上げる。

 煙がなくなると魔猫の子猫になった娘がいる。

 荷物は生き物でないし、浮かせて運んでしまえば良いか。

「いきなり何をする!」

 運びやすい大きさに変えただけだ。対象を術者と同じ種族に変える術だが、対象の意志で解除できるから攻撃などには使えない術だ。

 抗議を無視して娘を咥える。自己ベストを更新するために1時間を目指そう。

 全身を躍動させて駆ける。夜空に娘の悲鳴が響き渡ったが、風流なことだ。

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