第1話
吾輩は猫である。いや、それは嘘だ。吾輩は仙描である。
仙描とは魔猫の一種だ。吾輩もつい最近までその名を知らなかったぐらい珍しいらしい。
魔猫は歳を経ると尾の数が増えていく。更に歳を経ると尾がなくなり、尾がなくなった魔猫を仙描と呼ぶらしい。
吾輩はこの十字街ができる前から生きている。というか十字街創立者の一人だ。ならば仙描になっていてもおかしくない。
設立者の一人ではあるが、そのことを知る者はあまりいない。吾輩が知る範囲ではあの少女だけだ。
余談だが、魔狼は歳を経るとどんどん大きくなるらしい。確認されているものでは一軒家と変わらぬ大きさの魔狼がいるとか。
吾輩は猫で良かった。そんなに大きくなってしまっては、風が吹かない家の中でガラス越しの日に当たりながら惰眠を貪ることができなくなってしまう。
ガラスは良い。昔は水晶を磨いたものしかなかったから昼寝ポジションを探すのが大変だった。
ドワーフの街に行ってガラスを開発したお陰で昼寝ポジションが増えたのだ。そう言ってもまだまだ高級品だからか、資産家の家でなければついていないが。
ふむ、やはりもう一度ドワーフの街に行ってガラスを安価に量産するための研究をすべきだろうか。
この放棄された屋敷に居座ってしばらく経つが、いつまでも放っておかれるとは限らない。追い出されたときの行く先が必要だ。
しかし、こんな好条件の場所は中々ない。増えることを期待して待つよりも、増やすために行動すべきだ。
ガラスを一緒に研究したあのドワーフはまだ生きているだろうか。寿命から考えるとぎりぎりだ。
生きていても引退しているだろう。弟子を紹介して貰うためにもドワーフの街を訪ねるか。
ドワーフの引退といえば、死んで剣になったドワーフの話を聞いたことがある。
死ぬときまで現役であったドワーフの鍛冶師は、鉄を溶かしているときに寿命が来て溶鉱炉に落ちた。
丈夫なドワーフであっても溶鉱炉の中では耐えきれず、骨も残さず溶けてしまった。
弟子が慌てて鉄を取りだすと溶けた鉄の中から一振りの剣が現れたのだ。
その剣は現存していて、東の国の騎士が使っているらしい。
溶けたガラスの中でドワーフが息絶えたら何が生まれるのだろうか。窓に使えるようなものではないだろうし、どうでも良いか。
ごろごろ昼寝タイムは終わりだ。立ち上がって大きく伸びをする。気持ちいい。
吾輩自慢の青白い毛並みが乱れておる。寝てたから仕方ない。外に出るならば毛繕いをしよう。
ふむ、日の当たる場所で毛繕いすると眠くなってきた。ひと眠りするか。
いかん、昼寝のつもりが本寝してしまった。南向きの部屋なのが災いした。日が当らなくなって起きたときにはもう日が暮れ始めていた。
やってしまったものは仕方ない。暗くなってむしろ行動しやすいというものだ。日が暮れてしまえば誘惑も少ない。
今度はちゃんと支度を済ませて家から出る。反射的に戸締りしてしまったが、誰かが来たら扉が壊されてしまわないだろうか。
扉の開け閉めや戸締りは全て魔術でやっている。魔術を使わずともできるが、体の大きさ的に面倒だ。
吾輩ほどになると呼吸と同じように魔術を使える。
そもそも人種が魔術と呼ぶだけで、本来は吾輩たち魔猫に元から備わっている力なのだ。それがたまたま人種の魔術に似ているのだ。
もしくは吾輩たちの力を真似ようとしたものが魔術なのだろう。
腕を使わずに生きるものはいない。吾輩にとっての腕は魔術だ。滅多に使わないようにしている種もいるそうだが、Mなのだろう。
家の外に出ると、塀を踏み台にして屋根の上に飛び乗る。
正直、吾輩が道を歩くと面倒も多い。屋根の上ならば簡単に見つかりにくくなれるのだ。
街を見渡しながら外を目指す。大戦からの復興もほとんど終わっているようだ。外壁の補修に街の拡大計画などがあると聞く。
吾輩は人種ではないから、本当の意味でこの街の住民ではない。しかし、仲間と作り上げたものが順調に発展しているのは嬉しいのだ。
だがその良い気分もすぐに終わった。
吾輩のヒゲが嫌な魔力を感じた。残り香のように漂うのは人種や妖精種のものではない。魔物だ。
立ち止り、全感覚を使って探る。1種類のものではない。
いつから十字の街に魔物の持ち込みが許されるようになったのだろうか。創立時の禁則事項の一つなのに。
もしくは吾輩のようにいついた魔物か? それにしては数が多いし種族が違う。
小型や安全な魔物に限り、許可書があれば持ち込みができるようになった可能性もある。
だが初めに感じた魔力は恐らくマンティコアのものだろう。人を憎むあれを許すとは思えない。
では何だと考えるが、これだというのは思いつかない。
そもそも吾輩が政に関わらなくなって久しいのだ。基本となる情報が足りず正解など導き出せるものでない。
ではどうするか? 実際に見て確かめればよい。
魔力の残っている方を探って歩くが、これは中々に骨が折れた。魔狼種と違い、吾輩は嗅覚があまり強くない。
1,2時間さまよっても見つからず、目を切り替えて魔力の流れを追った。
見つけた建物は石造りの頑丈なものだ。大きな庭と比べると建物は小さい。
庭の木の上に隠れてから、再度目を切り替える。庭の地面を透過して覗くと、やはり地下室がある。
地下室には8種類10匹の魔物がいる。どれも攻撃的な魔物だが、マンティコアがいない。移動させたのだろうか?
ここにいるのが魔物だけならば、そのまま庭ごと地下室を潰せば良かった。
人種も一緒に囚われている。
両手足に枷を付けられ、首輪をしている彼らは奴隷だろう。
しかし、十字の街と周辺国に奴隷制はない。ずっと東の国にはあるそうだが、西の国にはない以上は商品としての奴隷がここにいるはずがない。
十字の街に奴隷制自体はないが、持ち込みは禁止されていない。流通と交易で成り立っている街だ。労働力の持ち込みは禁止しない。
地下の奴隷たちは労働力という感じではない。むしろ満足な調教もされていない成り立て奴隷だ。
こうなると選択肢は少ない。ここは奴隷商人の家なのだろう。周辺から浚ってきて奴隷にし、東まで運んで売り払うのだ。
魔物も商品だとすると、密売が本業かもしれない。
ふうむ、どうしたものか。吾輩が衛兵に密告しても証拠がないから信用されないだろう。
放置はしないとして、良い手が思いつかない。いっそ見なかったことにして丸ごと吹き飛ばすか。
待て、衛兵が信用してくれないのであれば、信用してくれる者に丸投げすれば良いのではないか?
それが良い。ではあの娘を探すとしよう。




