第6話
落としたオーガの頭を入れるために、余ってる袋はなかったかと仲間に問おう頭を上げる。
仲間たちの後ろにオーガがいた。
咄嗟に声を上げる。いや、オーガが吼える方が早い。
声に押されて、尻もちをつく。仲間も振りかえりながら倒れる。
「なんで」
「二匹いたのか!」
それはない。それはないが、現実目の前にある。
体は休息を求めて動かない。両手、両足が鉛のようだ。
立ち上がり、逃げないといけない。必死に体を起こす。起きない。
オーガが仲間目がけて腕を振り上げた。だめだ。
まだ手にあった剣を投げる。届かない。地面に落ちて音がなる。
その瞬間、オーガの首から上が破裂した。
「え?」
訳が判らずまた転んだ。オーガの体もゆっくりと倒れる。
仲間が危うく下敷きになるところだった。いや、殺されず下敷きで済むのだったら良いんだが。
茫然としていると、オーガの後ろの方からバリスタさんが歩いてきた。
彼女の手には巨大な機械弓が展開されていた。あれでオーガの頭を撃ったのか。
「間一髪間に合ったようじゃな」
バリスタさんがこちらを見渡して続ける。
「なるほど、オーガが2匹おったのか。装填していた矢を使うことになったが、助けてよかったの」
1匹だったら助けてくれなかったのだろうか
「1匹じゃったら自己分析の甘さじゃし、自業自得じゃなぁ」
俺達を付けていて手助けしてくれたのかと思ったが、偶然のようだ。
オーガが2匹いたのだから運はよくないが、偶然助けてもらえたのなら悪くもない。
違和感がある。何だ。
「ここに来たのは偶然なのか。その弓は何のために準備していたんだ?」
そうだ。あの機械弓はずっと矢を番えてるようなものじゃないだろう。
「ああ、それじゃが。ぬしらは動けるか? 動けるならば早く逃げた方が良いぞ」
逃げるって何だ。
「ふむ? 血の臭いでこちらに向かってきたか。逃げてももう遅いやもなぁ」
何が来たんだ。
バリスタさんの視線を追うと、木々を揺らしてそれがいた。
深緑色をしてた肌に、6mを超えた筋肉質だが細長い体。森巨人だ。
「本来はもっと森の奥におるはずじゃが、群れからはぐれた個体がいたようじゃな。オーガもコボルトもきゃつから逃げて来たのじゃろう」
バリスタさんは腕を組み、うんうんと頷いている。
クロスボウに矢を装填しようとしても間に合わないだろう。そんな余裕があるのだろうか。
俺達はあれから逃げられないだろう。体力が尽きている。這って逃げるしかない。
「大丈夫なのですか?」
「巻き込まれぬよう逃げて欲しかったのじゃが、その様子じゃと無理そうじゃな」
持っておれ、と巨大なクロスボウを渡してきた。支えきれずに潰される。
バリスタさんは俺達から離れて盾と棍棒を構える。
「お守り役も頼まれておったんじゃ。この相手ならば手助けしてもよかろうよ」
森巨人もバリスタさんを見つけたらしい。小走り(といっても体の大きさでかなりの速さだ)で近寄ってくる。
走った勢いのままコンパクトな振りで殴ろうとする。
対するバリスタさんは半身になって盾を前に構えたまま動かない。
動かれたら俺達がひき逃げされるからだろうか。
森巨人の拳が放たれる。バリスタさんの小手が鈍く光り、盾と拳がぶつかり合う。
受けきった。体ごと打ち出していた森巨人は体勢を崩した。
盾で森巨人の拳を押さえながら体を入れ替え棍棒でその腕を打つ。
鈍い音が響き、森巨人が悲鳴を上げて体を引く。バリスタさんがすかさず前に出て盾で森巨人の足を打つ。
森巨人もやられてばかりではない。コンパクトな振りで連続して殴る。
バリスタさんは盾と棍棒を振るっていなし、受ける。
巨人と少女の乱打戦だ。しかし、長くは続かない。
補強がしてあるとはいえ、バリスタさんの棍棒は木の棒だ。
巨人とバリスタさんの力に耐えきれず棍棒が砕け散る。巨人はそれを見て笑う。バリスタさんは気にしない。
手に残った棍棒の柄を巨人の顔へ投げつける怯ませると、拳を固めて巨人を殴る。
巨人の体がくの字に曲がる。
武器を持たない方が強いんじゃないかこの人。
そのまま拳と盾で2度、3度と殴りつける。
油断していた巨人は慌てて距離を取ろうとする。
「それを待っておったのじゃ!」
大きく広げた脚に向けて盾を水平に投げつける。
盾は回転しながら巨人の軸足、膝の横に当たる。
何もなければ耐え切れただろう。だが慌てていた巨人は脚を絡まらせて転ぶ。
バリスタさんが素早くその体の上へ飛び乗る。
「マウントポッジショーンじゃ!」
胸と首の間に陣取った彼女は巨人の顔を殴りつける。
殴られた勢いで巨人の頭が地面に打ち付けられて弾み返る。返ってきた頭を更に殴る。
殴る弾む殴る弾む殴る弾む殴る殴る殴る殴る。
「カ―――」
巨人も振りほどこうと身動ぎするが、それよりもバリスタさんの拳が速い。
「カーカッカカッ!」
バリスタさんが笑いながら巨人を殴る。
然程時も経たず、巨人はぴくりとも動かなくなった。
彼女は小柄だが強力な攻撃力、バリスタ並みの破壊力を持っているから、その異名を得たのだろう。
バリスタさんが巨人から降りる。何とか立ち上がって近寄ると、完全に潰された巨人の顔が見えた。
「うむ? 出迎えごくろう」
クロスボウを受け取り、投げた盾を回収した彼女は、少し頬を上気させている。
足取りは軽い。疲れてないのだろうか。
「この程度で疲れてはられんわ。棍棒は新調せねばならんがのぅ」
呆然としていた仲間達も立ち上がる。疲れているが、驚きすぎて疲れを忘れた。
俺達はバリスタさんの指示に従ってオーガの頭を回収し、森から出た。
戦いで時間は随分経っていた。俺達だけならば森を出る前に日が暮れていただろう。
彼女の先導で帰ると夕方前に村に着いた。次までには誰か一人、必ず野外活動を学んでおこう。
バリスタさんは森の出口まで送ってくれるとまた奥へと戻っていった。あと1週間は調査するらしい。
村長へオーガの討伐を報告して、その日はすぐに寝た。森巨人のことは黙っておいた。必要ならバリスタさんが報告するだろう。
村では3日間休息を取り、傷は残るが体は動くようになったから十字の街へ帰った。
結局のところ、今回の依頼は俺達の身に余るものだったのだろう。
戦士としてはそれなりでも、足りないものが多すぎるし、余力がなければ不測の事態ですぐに死んでしまう。
仲間と相談して、しばらくは小さな依頼を果たしながら特殊技術を身につけることにした。
仲間達は野外活動に、魔物の生息分布を調べるらしい。俺は魔物の罠のかけ方を調べてみよう。
次にバリスタさんに会うときは一人前になっていたい。
帰ってからバリスタさんの異名の由来は単身での破壊力にあるのか、と店主に聞いてみたら違うと言われた
「あいつ、放棄された砦を使って大型魔物の群れを撃退したことがあるんだが、そのときに砦に備え付けられていたバリスタを一人で運用したらしくてな。それで『バリスタの』って呼ばれるようになったんだ」
それはさすがに想像できなかった。