交狂曲「デススマイルズ」(2)
そして何の思い入れもない自室に戻って部屋の奥にある金庫を開け、ミーアがその場に座り込んでどれくらい金を持っていこうか悩んでいた時、それは起こった。不意に背後で部屋と廊下を繋ぐドアが開かれ、そこから現れた三つの影が、ゆっくりとミーアの元へと近づいてきたのだった。
「やあ。久しぶりだね、ミーア」
「……」
ミーアの真後ろに立った影の一つが、相手を小馬鹿にしたような、聞く者の神経を逆撫でする声を室内に響かせる。
最後の最後で一番嫌な奴に出会ってしまった。そう思いミーアは顔をしかめたが、立ち上がってその声の主と相対した時には、既に鋼鉄の仮面を取り付け終えていた。
「どのような御用でしょうか、ダリル殿?」
感情を殺しきったそのミーアの言葉に、ダリル・ヴァイクルが僅かに片目の眉を吊り上げる。そのダリルの両横には重装甲に身を包み着膨れした感のある兵士が立っていた。だが当のダリルは昔のようにすぐに爆発することはなく、平静を保ちながらも嘲笑う口調のままで言った。
「いや何、愛しい君が騎士団を抜けるという話を小耳に挟んでね。本当のことなのかどうか、僕自身で確かめに来たという訳さ。なにせ僕は、君の将来の夫となる存在なのだからね。妻の問題にはしっかり立ち会っておかないと」
今度はミーアが我慢する番だった。目の前の勘違い野郎に、自分には本当に愛している男がいるとぶちまけてやりたかった。だが薄汚れたプライドの塊であるダリルにそれをするのは自殺行為であった。
刺激しないように口八丁でやり過ごすしかない。
「申し訳ありませんが、ダリル殿。私が騎士団を抜けるのは本当のことでございます。私としてもダリル殿の私に対する好意の篤さは重々承知しておりますし、あなたの求婚のお誘いを断るのも非常に心苦しい物であると常日頃から思っております。ですので、もしよろしければ、私が騎士団を辞める理由をお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そ、そうか。ならば聞かせてもらおうかな」
「私は貴方のお父上にも仰っている通り、人生の全てを剣に捧げようと誓った身。そして私はこれまでに培ってきた剣の技術がどこまで通用するのか、改めて確かめてみたいのです。そしてそのために外の世界を回ってみようと思い立ち、騎士団を辞めることにした次第です」
「そうか。つまりそれは、いわゆる武者修行というやつだな?」
「その通りでございます」
意外と話が分かるらしい。心の隅で安堵のため息をつきながら姿勢を低めて持っていく分の金を手早くかき集め、再び立ち上がる。
「それでは、長い間お世話になりました。あなたの私に対する何よりも深いご好意、決して忘れはしません」
そう言って深くお辞儀をし、護衛兵のよこをすり抜けるようにして扉の方へと近づいていく。
「待ちたまえ」
しかし、あと少しでノブに手がかかるという所でダリルに呼び止められる。せっかくここまで来たというのに、ここで事を荒立てるのは得策ではない。言われたとおりに立ち止り、ダリルの方へと向き直る。
「なんでしょうか?」
「君のその武者修行とやらなんだが、一つ聞かせてくれないだろうか」
「なんなりと」
「では一つ。その旅は一人で行うのかね?」
「……どういう意味でしょうか?」
ざわつく心を抑えながら、ミーアが努めて平静を保たせながら答える。それを見て口の端を吊り上げながらダリルが言った。口元は笑っていたが、額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。目は笑っていなかった。
「では質問を変えよう。君はその自分の旅に、誰か同行者を引き連れるつもりではないのかね?」
「……いえ、そのつもりでは」
「そうか」
その答えを受けて満足そうにそう呟くと、ダリルが片手を上げておもむろに言った。
「不敬罪だ。あの女を拘束しろ」




