再会
38年ぶりの日本シリーズ開催を目前にした横浜は、台風の接近さえ忘れたようにベイスターズ一色だった。高島屋の入口には“ハマの大魔神社”なるものが神々しく設置され、応援歌が流れてくる。
僕は苦々しい気持ちで眉をひそめ、2分おきに腕時計を確認していた。
待合せの時間まで、まだ少しある。
アメリカで知り合った彼女に会うのは、大学を卒業して以来だった。
あの頃は、すべてが思い通りになるような奇妙な希望と期待感に満ちていた。
今はもうそんな年齢ではないはずなのに、彼女と会うとなると、胸の奥が妙にざわつく。
横浜駅の雑踏の中で、僕は自分の落ち着かなさを誤魔化すように、何度も周囲を見渡した。
人の流れの向こうに、彼女が現れた。
少し髪が伸びて、大学時代よりも柔らかい雰囲気になっていた。
僕を見つけると、ほんの一瞬だけ目を細めて笑った。
その仕草が、以前とまったく変わっていなくて、胸の奥がじんわり熱くなる。
「久しぶりだね」
「ほんとにね。なんか、変わってない」
「そっちこそ」
ぎこちない挨拶を交わしながら、僕たちはエレベーターへ向かった。歩く速度が自然と揃う。
横に並ぶと、彼女の肩が時々僕の腕に触れた。
わざとではないのだろうけれど、そのたびに心臓が小さく跳ねた。
28階にあるメキシカン・レストランに案内されると、窓際の席に通された。
夜景が一面に広がり、横浜の街が星のように瞬いていた。
彼女の後ろに広がる光の粒を見ていると、眼下にも夜空があるような錯覚さえした。
どちらが本当の星なのか、見当もつかなかった。
「辛いもの苦手じゃなかったっけ?」
「そんなに好きじゃないけど」
「じゃあ、辛くないのを選んであげるよ」
彼女はメニューを覗き込みながら、僕の方へ少し身を寄せた。肩が触れそうな距離。
大学時代にはなかった近さだ。僕はその距離感に戸惑いながらも、どこか嬉しかった。
生ビールで乾杯し、タコスやジャンバラヤを口に運ぶ。
彼女は時々、窓の外の夜景を眺めては、また僕の方へ視線を戻した。
そのたびに、胸の奥がざわついた。
「明日はどうするの?」
「夜はスタジアムで日本シリーズを観ようと思ってるけど」
僕の予定を聞いて安心したのか、彼女はお酒のおかわりを注文した。
グラスを持つ指先が少し赤くなっている。昔からお酒は強くなかった。
「このあと、水上バスに乗らない?」
「そんなのあるの?」
「横浜駅からみなとみらいとか山下公園まで行けるの。夜は景色がきれいなんだって」
彼女はそう言いながら、テーブルの下で僕の足に軽く触れた。
偶然かもしれない。でも、その一瞬の接触が、妙に胸に残った。
食事を終え、グラスを傾けていると、彼女が絞り出すような声で訊いた。
「もう時効だと思うから訊きたいんだけど」
「ん? 何を?」
少しだけ沈黙があった。
僕にはかなり長い時間に感じられたが、実際には1秒程度だっただろう。
彼女はかぼそい声で言った。
「あの時、どうして何もしなかったの?」
その言葉は、夜景よりも強く胸に刺さった。
大学時代の、あの夜のことだ。
僕はグラスを置き、彼女の目を見た。
彼女はまっすぐ僕を見返していた。
その瞳の奥に、長い時間を経ても消えなかった“問い”が確かにあった。
窓の外では、横浜の夜景が静かに瞬いていた。
僕たちの時間は、あの頃からずっと止まったままだったのかもしれない。




