厄介事
気長にやります。
厄介な事になったとダストは溜め息を噛み殺す。
目の前にはテーブルを挟んで小綺麗な格好をしている男がニヤつきながら座っている。浮かんできた嫌な予想は恐らく当たっている、貴族かそれに準ずる存在だろう。
更に両側面に二人ずつ、扉のある後方にも二人、計六人の男達に囲まれている。全員から少なからず暴力の気配を感じる、目の前の男の部下か何かだろう。
「喜べ冒険者、うだつの上がらなそうな貴様にお使いをさせてやる。良い小遣いになるぞ」
男が変わらずニヤつきながら話し出す。歯並びが悪く、喋ると途端に小綺麗な印象が吹き飛んだ。
「俺がギルドで受けたのは後ろに立ってるオルトンさんって人の依頼だと思うんだが」
「言葉遣いに気を付けろと言いたいところだが……、敬語を知らなそうな顔に免じて許してやろう」
(てめぇも歯の並び方に気を使えよ、クソッタレ)
毒づくダストの内心を余所に男はそのまま続けた。
「オルトンは私の部下だ。私の出した依頼と同価値、そうだろう冒険者?」
「……左様で」
「そんな訳あるか!」「メチャクチャなのは歯並びだけにしとけよ!」等の罵倒は一旦脳内に留め、何でこんなことになったのかとダストは途方にくれた。
カイド王国王都より北東に位置するコロトー領、その領内の中でも北の方に位置し、領内一番の面積を誇るのがタキミの街だ。
元々領主であるコロトー公爵が住む領都が一番大きい街だったのだが、数十年前から領内北側に小さなダンジョンがいくつか発見され、更には東側にあるオツクの森に生息する魔獣の被害が増えたため冒険者が集まった。
そこに宿が増え、武器屋が増えと需要が需要を生む形で人が集まり、拡張に拡張を重ね大きくなったという経緯がある。
そんなタキミの中心地に佇む大きく武骨な三階建ての建物がタキミの冒険者ギルドだ。
朝早くから冒険者が出入りする活気のある場所だが、そこに活気の無い顔をした男がやってきた。
黒に近い灰色の髪と軽薄そうな表情、かなり使い古された道具や装備には細かい傷が見てとれ、不潔ではないがどことなく小汚ない印象のある男だ。
Eランク冒険者のダストはいつものようにギルドに顔を出し、割りの良さそうな依頼がないか掲示板を物色していた。
五年前、十五歳での成人を機に田舎の村からこのタキミに来て冒険者登録をしたダストだが、「三年でDランクになれない奴は向いていない」という通説がある冒険者界隈に置いて、呑気に落ちこぼれ街道をひた走っている。
Fランクでスタートする冒険者のランク制度、一般的にはDランクで一人前と見なされCランクを目指し、Bランク以上から高ランク冒険者という括りで社会的にも一目置かれる存在となる。
ダストより年下でDランクの冒険者が嘲りの視線を向けてくるが当の本人は鼻歌なんぞ奏でながら気にもしてない。
「ダストさん、ちょっと」
そこにギルド職員の女が声をかける。女の登場に気付いた回りの冒険者からの視線が集まる。長く綺麗な紺色の髪に切れ長の目、どこか冷たく感じる表情も魅力的だとよく冒険者の間で話題になるネリッサという職員だった。
「どうしたネリさん、俺なんかした?」
「そういうのじゃなくて、一つ依頼をお願いしたいんです」
そこかしこから「ネリッサ姉さん俺がやりますよ!」やらなんやら色々ヤジが飛んでくるが慣れた様子で無視したネリッサは続ける。
「内容は『荷運び』なんですが、条件や報酬が少しおかしくて……」
ネリッサに別室へ案内され、ダストは依頼書を確認しその内容に顔をしかめた。
「条件がEランク以下、荷運びなのに人数は一人で報酬がそれなりに高い……、ネリさんこれ怪しいなんてレベルじゃないだろ、罰ゲーム?」
条件にランクの下限ではなく上限が設定されている依頼は中々見ない、少なくともダストは見たことがない、意味がないからだ。
下限の設定に関しては木っ端な冒険者を除外する効果があるが、上限を設定するメリットは何もなく、報酬が安ければ高ランク冒険者は見向きもしないため自ずと低ランク冒険者が受ける事になる為だ。
「今朝この依頼が持ち込まれた時、歴の浅い職員が対応しまして……」
言いづらそうにネリッサは事の顛末を語りだす。
朝のバタバタした時間帯、職員全員が自分の仕事で手一杯の中、その依頼人は現れた。
依頼内容が明らかに怪しい場合、ギルドは依頼を断ったり確認のために保留するといった処置を取る。
この依頼人は高圧的な態度で捲し立てるように受諾を迫り、対応した歴の浅い職員は押し負ける形で受諾してしまったとの事であった。
言質を取ったとばかりに依頼人は手付金を押し付けさっさといなくなってしまい、当の職員にどうしようと泣きつかれたのが少し前の事だという。
「気の弱そうな職員をそもそも狙って来てたんだろ、それ」
「恐らくそうだと思います」
「ギルド長はなんて? もう謝ってやっぱり一回考えさせてくださいって言うしかなくないか?」
「その、一度受けてしまったものは仕方ないと、それに本来簡単な仕事に対して高い報酬は歓迎されるべきものだと……」
言葉を選びながら答えるネリッサを見てダストはひとつ溜め息を溢す。
「続けてこうも言ってなかったか? 例えトラブルにあったとしても失うのはEランクの冒険者一人だって」
ネリッサはその問いに答えなかったが表情を隠すつもりは無いようだった。
「そして俺を選んだのもネリさんじゃないんだろ? 本当、あの野郎そういうことには凄く頭が回るよな、正直感心するぜ」
今回みたいにギルドの尻を冒険者に拭かせるような事が続けばそのギルドは信用を失っていく。
しかし、被害者に信用がない場合話が変わってくる。
只でさえ『万年Eランク』と蔑まれているダスト、トラブルになりギルドの責を訴えてもダスト側が他の冒険者に信用されない。
死ぬような事態になっても良い気味だと笑われて、そのまま風化し終わりになる可能性が高い。
「信用の無さに関しては申し開きのしようがねぇしな、逆に誇って良いレベルかもしれん」
「なに言ってるんですか、もう」
他人事かの様に適当な事を言い始めたダストにネリッサは呆れたように返しながらも、「でも」と続けて言う。
「私が選んだとしても、ダストさんを選んでいましたよ」
「え、嘘? 俺ネリさんにもそんなに嫌われてんの?」
「違います」と否定してから彼女は続けた。
この依頼は十中八九何かある、不足の事態にも対処できるようにDランク以上の冒険者を宛うと、条件を守らなかったことに対して角が立つ。
一度受諾したくせに信用していないのかという話になりうる。
バックに貴族でもいようものなら最悪だ。かなり面倒臭いことになる。
かといって素直にEランク以下の冒険者を宛い、予想通りの面倒事だった場合、適切に立ち回れない。
ネリッサはそこまで説明してから「そこであなたです」と一度切る。
「ダストさんなら条件をクリアし、尚且つこの状況を乗りきれる可能性が一番高い」
「遠回しに無駄に経験だけ積んだ雑魚って言ってる?」
「真面目に聞いてください!」
声を張ったネリッサに思わずダストは口を閉じた。
「Eランク以下で一番深慮深い人は、私が知っている限りダストさんなんです」
「それに」と、ネリッサは続ける。今回の件はギルドの初動の対応により全て後手に回っている。
だが、実際の依頼内容に違反や虚偽があることが明らかになればギルドとしても正式に抗議ができる。
「何かわかったり危険を感じたらすぐ離脱し報告をお願いします。その判断と立ち回りがあなたには出来ると思っています。私の出来る範囲で別途報酬も用意しますので」
お願いしますと、ネリッサは頭を下げた。
多分ここで断っても、最終的に押し付けられるのは自分なのだろうと思いダストはネリッサをしばらく眺める。
恐らく彼女はこの決定に反対なのだろうが、彼女の意見が通ることはなかったのだ。
ここまで馬鹿正直にギルドの失態も伝えた上で頼んできたのは彼女なりの誠意なのだろう。
いずれにせよギルドは謝罪をして受諾の撤回をするという選択肢を取らなかった。理由は威信やプライド等といった物なのか、細かくはダストにもわからない。
大きな溜め息を付き、膝を両手でパンと叩いてから立ち上がる。
「わかったよ、やるよ」
バッとネリッサが顔をあげる。
「嫌な役割やらされて大変だなギルド職員ってのも、……お疲れさん」
そう言うと依頼書を手にダストは扉へと歩き出す。
「帰ってきたらキスぐらいはしてくれるんだろうな?」
退室際に冗談めかして言ったダストに対して、一瞬呆けた表情をした後、ネリッサは視線を逸らした。
「え、いや、え、えっと、ほ、頬であれば、なんとか」
「いいよ! 嘘だよ! そんな野糞食えとでも言われた様な顔されてまでキスされたかないわっ! じゃあな!」
最後は喧しく喚いてダストは部屋から出ていった。依頼へ向かったのだろう。
ネリッサだけになり途端に静かになった部屋で、彼女の呟きが小さく響いた。
「……どうかご無事で、ダストさん」
「ここ……か?」
ギルドを出発したダストは、依頼書に記されていた指定の場所まで来ていた。
指定の場所は南側の富裕街から少し離れた宿だ。奥まった立地のせいか人通りはあまり無い。
(俺の普段使いしてる宿の二倍くらいしそうだなぁ、嫌になるねぇ)
どうでも良い事を考えるのと同時に両手で装備の確認をする。
自分で改造したベルトには複数のナイフ、それとは別に鉈のような短めで肉厚の刃物が納めてあり、他にも小型のポーチが取り付けられている。
そのベルトや胸当てには他にも複数の金具が取り付けてあり、そのいくつかには木製の素材で出来た小さな筒のようなものが嵌められていた。
最後に、体にフィットするように薄く小さい造形の背嚢を後ろ手で触って確認し、それらが見えづらいように外套の位置を調整した。もう癖にまでなっているルーティーンだ。
中に入り、受付にいた壮年の女性に依頼書を見せながら声を掛ける。
「ギルドから来た者だ、オルトンさんに会いたいんだが?」
女性は軽く書類を確認し、「三階、右手の奥の部屋」と愛想無く言い放った。
「そうかい、邪魔する」
ダストはゆっくりとした足取りで三階に向かい、通路を見渡す。
通路の両側に二部屋ずつの計四部屋、突き当たりにある右の部屋がそうだろう。
(嫌な配置だ、もう帰りてぇ)
扉の前まで行き、一息ついてからノックをした。
「ギルドから来た」
告げてから斜めに一歩下がる。あまり扉の近くにはいたくない。
少しして扉が開く。中から男が笑顔で顔を出す。
閉じているかのような糸目と褐色で癖毛の髪をした一見柔和な顔立ちだが、背丈はダストより大きく体も分厚かった。
「念のため冒険者タグを見せてくれ」
断るわけにもいかずダストは首から下げているタグを見せる。
「ああ確かに! 良く来てくれた! 早速話をするから入ってくれ」
笑顔の男とは裏腹にダストは室内への敷居の直前で足を止める。
(自分で荷運びした方が早いだろ、胸筋Dカップくらいあるじゃねぇか)
男を見た時点でダストは最大まで警戒している、面倒事は確定だと諦めたが一応は悪足掻きをしてみることにした。
「少し腹が減っているんだ、折角だし外で飯でも食いながらでどうだ?」
ダストは努めて明るく提案した。無論駄目元である。言うだけタダの精神だ。
男は部屋の奥に向かっていた足を止め振り返り、掌を二回軽く打ち鳴らす。
すると残りの同じ階の扉がすべて開き、それぞれの部屋から一人ずつ、のっそりと出てきた男達がダストの後ろを囲む。全員が帯剣していた。
(まぁ、そうなるわな)
予測可能で回避不可能、ギルドが受諾してしまった段階で冒険者が一人この状態になるのは決まっていたのだ。
男が先程確認したのはタグの真贋とランクだ、あそこで条件外の冒険者だった場合、違う対応を取っていたのだろう。
ネリッサはこの状況から何とか立ち回れる者として、そしてギルド長はこの事態になっても構わない犠牲者としてダストの名前を上げた。
自分の預かり知らない所で買い被られたり見捨てられたり忙しいものだと内心苦笑する。
「そんなに外に出たいなら、予定を早めて移動しようか……、ただ」
と、糸目の男は一度区切って言った。
先程から表情は変わっていないが取り繕うのはやめたようだ。
「目的地に直行だ、飯は諦めて貰おう」




