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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−19 補佐役の苦労は絶えない

「あら、やっぱり始まってたわね。ごめ〜ん、遅れちゃった〜」


 ヤーティが立派な理由を述べているところで、場の空気を壊すかのように、ようやくアスモデウスが姿を現す。お供には紫髪のメガネがくっついているが、おそらく彼はインキュバスの中では相当の実力者なんだろう。それにしても、約束の時間から随分と遅れている気がするが。……何か、あったんだろうか?


「……ったく、おっせぇよ。お前、ベルフェゴールですらちゃんと来てんのに、何なんだよ」

「あぁ、うるさいわねぇ。遅れたのは、お前のせいでもあるんだけど! もぅ、本当にムカつくわ!」

「あ? 俺、何かした記憶は全然ねーけど……」


 苛立ち気味のマモンに対して、いわゆる逆ギレで応じるアスモデウス。そうして予断なく、赤い座面の椅子をお供のメガネが恭しく下げると、さも当然のようにどっかりと座る。一方で、メガネがこれまた甲斐甲斐しく彼女の髪の毛を丁寧な手つきで持ち上げ、背中と座面に髪が挟まらないように椅子の背面に静かに下ろした。


「……オスカー。悪いんだけど、遅れた理由をみんなに説明してやってくれる? 私、疲れてるし」

「えぇ、もちろんですよ、女王様。僕がきちんと説明差し上げますので、しばらくお休みください」


 そうメガネ(オスカーと言うらしい)に言われて満足げな笑みを取り戻すと、目の前に置かれている箱に気づくアスモデウス。ちょっとベルゼブブに窺うように視線をやったあと、彼女の視線を受けて……ベルゼブブが親指を立てて俺を示す。その仕草に、全てを把握したらしい。アスモデウスはさっきまでの不機嫌が嘘のように顔を綻ばせると、神経は箱の中身に逸れたようだ。

 まぁ、ご機嫌取りの効果を発揮するのであれば、俺も文句はないけど。……遅れといてそれはないんじゃないかと、個人的には思ってたりする。そんな俺を尻目に、アスモデウスの様子を嬉しそうに見守った後、オスカーが言い訳を述べはじめた。


「話の腰を折ってしまい、誠に恐縮ではございますが……失礼を承知の上、僕の方で謝罪と事由を述べさせていただきます。……内々にトラブルがございまして。結果から申し上げますと、本日を持ってナンバー2が入れ替わったと同時に、アスモデウス様の元から逃げ出したハンスの行方を捜索しており、対処に追われて会合のお時間に遅れてしまいました。新ナンバー2のジェイドにて現在、ハンスの行方を捜索中、本日のアスモデウス様のお側仕えには新ナンバー3の不肖、オスカーが務めさせていただく所存です。……この度は、真祖の皆々様方に並々ならぬご迷惑をおかけ致しまして、誠に申し訳ございませんでした」


 既に我関せずの親玉とは対照的に、オスカーが深々と頭を下げる。一方で彼の言い訳に、思うところがあるらしい。不機嫌そうではあるものの、マモンが彼らの事情を更に尋ねる。


「ハンスって……あぁ、リッテルにちょっかいを出しに来たイロモノだったか? リッテルを離そうとしないもんだから、脅して追い返してやったけど……。ふ〜ん……あいつ、また何かやらかしたの?」

「何を白々しい! 大体、お前の所の天使がハンスを誘惑したんでしょ⁉︎ おかげでハンスが使い物にならなくなったじゃない! まぁ、誘惑されたせいでしょうけど! 私以上に天使が美人だとか抜かして……彼、私の超お気に入りだったのに、どうしてくれるのよッ⁉︎」

「女王様、落ち着いてください。この場で取り乱されては……!」


 マモンの言葉に当事者に返り咲いた後、一方的に不服を申し立てて泣き出すアスモデウス。……彼女の悔しさはともかく、リッテルがハンスとやらを誘惑? 確かに、リッテルは気が強い部分はあったけど……。いくら何でも、それはないんじゃないか?


「遅れてきた挙句に、ビービーとウルセェなぁ……。超面倒クセェ……。もう1度言うけど、先週はあいつの方がリッテルにしつこく言い寄るもんだから、俺が風切りで脅したの。その時、奴の靴の底も削ったから、確認してみれば? しっかし、あそこまで情けなく命乞いしてくる上級悪魔なんぞ、初めて見たし。お前んトコ、色々と終わってんな、マジで」

「な、なんですってぇ⁉︎ よくもシャァシャァと……そんなにいつもいつも、嘘がつけたもんね! そっちこそ、いい加減にしなさいよ⁉︎」

「……ハイハイ。俺が法螺吹きだったのは認めるし、言い訳するつもりもねぇけど。ま、いいや。これ以上脱線するのも癪だし、そういうことにしておいてやるよ」

「ちょ、ちょっと逃げる気⁉︎ こうなったら……」


 アスモデウスはマモンの余裕が気に入らないらしい。大事な会合の場だというのに、別の話題でのマモンへの追及を止めようとしない。あぁ〜……アスモデウスはこうなると、ひたすら面倒だな……。


「アスモデウス、落ち着いて。マモン、嘘ついていないみたいよ? さっきの話、マモンの方が正しいんじゃないかな」

「は? ベルゼブブまで、何を言うのよ? うちのハンスがそんな事……」

「だって、ベルちゃんの嘘発見器、反応しないもん。マモンは嘘ついてないよ。……本当に」

「……嘘、でしょ?」


 触覚を捻りながら、仕方なしにベルゼブブがアスモデウスを宥めにかかる。絶対に狂いのない嘘発見器の前にアスモデウスもようやく黙り込むが、悔しさは治まらないのか……さめざめと涙を流して唇を噛み締める。


「……真祖のクセに、話もできないアスモデウスは放っておくとして。で、オスカーって言ったか?」

「は、はいっ! 何でしょう、マモン様」

「これまでの話の概要、いる? お前らが遅いから、先に進めてたんだけど。アスモデウスはその状態だし……お前が色欲代表で話に参加するで、いいのか?」

「え……あっ。す、すみません。でしたら、僕の方で最大限に参加させて頂きたいと思いますので、誠に恐れ入りますが……今までのお話の概要をいただけると、幸いです……」

「だってさ、エルダーウコバク。折角だから、ちょっとメガネのイロモノに説明してやれよ」

「あっ、ハイ……」


 オスカーをイロモノ扱いしつつ、さっきから異常なまでに冷静なマモンが俺に話を振ってくる。と言うか、いきなり俺にパスを回すのか、この状況で。不意打もいいところだろ。とは言え、ベルゼブブは普段からおちゃらけた様子だし……仕方ないか。


「一応、掻い摘んで説明すると。玉座の所有に関して、マモンとベルゼブブは棄権……代わりに現在、サタンとリヴァイアタンが立候補しています。で、さっきヤーティがサタンが所有者になるべく、判断材料として非常に有効な理由を5つ述べたところで……この流れだと、次はリヴァイアタン側の発言を待つことになりそうなんだけど。と、言うことで。リヴァイアタン側はヤーティの発表に対して、意見はありますか?」


 流れに乗っかる形で話を軌道に戻すと、リヴァイアタン側に話を振ってみる。多分、さっきの筋からザーハも発言案を考えていそうだけど、これはこれで意地悪をしている気がしてバツが悪い。


「ザーハ! だったら、お前も僕ちんこそが玉座にふさわしい理由を5つあげるんだじょ!」

「……やはり、そうなりますか……。とは言え、先ほどから考え巡らしてはいるのですが、どう頑張っても2つしか思い浮かびません……」

「な、どう言うことだじょ⁉︎ ザーハ、本当に……2つしかないのかい……?」

「えぇ。残念ながら、私の頭では2つ理由を絞るのがやっとです。それでもよろしければ、述べさせて頂きますが……」

「う、それじゃ、仕方ないじょ! 2つでもサタンより僕ちんの方が偉大だって分かれば、いいんだじょ!」


 そう言われて……どこか疲れた様子で話し始めるザーハ。親玉がこうも難物だと、補佐役の苦労は絶えないよなぁ……。


「では、リヴァイアタン様側の主張を述べさせて頂きます。……1つはリヴァイアタン様が真祖内で唯一、ヨルムツリーの毒に完全な耐性をお持ちであること。毒の沼を物ともせず、更にそれすらと同化してヨルムツリーを守れるのは、リヴァイアタン様を置いて他にないでしょう。2つ目は我ら羨望の悪魔は本性に両生類としての機能を持ち合わせる故、特殊環境下での実力を最大限に発揮することが可能です。魔界が不測の事態に陥った時であろうとも、環境に素早く適応し、ヨルムツリーを守護することが可能です。……以上でございます」


 なるほど、そう来るか。リヴァイアタンは確かに真祖最弱だろうが、魔界の環境を最大限に活用できるという点ではザーハの指摘は的外れでもない。両生類だからというのはちょっと違う気がするが、緊急時に1番安定した実力を発揮できるのは紛れもない事実だろう。


「ほぉ〜。ザーハ様もやりますね。いかがです、サタン様。今度はご自身の脳みそを使って反論してみては」

「う、そこで俺に喋らせるのか、お前は。どうしていつも肝心な時に、意地悪なのだ?」

「……頂点に君臨する者が、この程度の弁論もできなくて、どうするのです?」

「ゔぐ……そうだ! だったら、ここで俺かリヴァイアタンかを、多数決で決めればよかろう⁉︎ 丁度、野次馬もいるのだし……皆に聞いてみるというのは⁉︎」


 ヤーティが先程の意趣返しと無茶を言い出したところで、ないならないなりに、脳みそをフル回転させてうまく事態を回避してくるサタン。あ、確かにな。それはそれで……名案かもしれない。


「う〜ん……それだったら、文句の出ようもないか。どうする? ベルゼブブ。この際だから、多数決で決めちゃうのもアリかもしれないけど」

「うん、いいんじゃない? 折角、メルポレットでやってるんだし。みんなの意見を聞くの、ナイスアイディアかも〜?」

「そか。それじゃ、早速。サタンか、リヴァイアタンか。多数決に参加したい人は、俺の所に来て下さ〜い‼︎ こちらで集計します!」


 周囲に集まっている悪魔は少なく見積もっても、300人くらいはいそうだが。どっちか言ってもらうだけだし、そんなに時間も掛からないだろう。アスモデウスは相変わらず泣いてるが、他の真祖は多数決の様子を興味深く見守っている。それは早く帰りたいマモンも同じらしく、口をへの字に曲げながらも、不平をこぼす様子もない。

 さて、と。野次馬の人数は多いけど、どうせ2択だし。結果はすぐに出るんじゃないかな……。

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