7−41 大人の余裕と、大人の風格
「……その屈強なる大地の外皮を纏え、我が守護とせん! ガイアアーマー!」
「ギノっ!」
「エル、遅くなってゴメン! 大丈夫?」
「う、うん……」
エルを庇うように、彼女の前にようやく追いつくと……悔しそうにこちらを睨んでいる女の人に向き直る。ガイアアーマーの効果が切れた後に残っていたのは、何かが詰まっていたらしい小瓶の破片と、床を僅かに溶かし始めている紫色の液体。これって、まさか……。
「……本当に忌々しい……! お前さえいなければ、私はとっくに女王になれていたはずなのに……! お前の母親さえいなければ、私は……!」
「エル、この人は……?」
「うん、私の叔母さまで、母さまのお姉様なんだけど……。いつも優しかった叔母さまの中が真っ黒っだったから、何をするつもりなのか聞いていたの……。床に落ちているもので、お祖母様に何かしようとしていたから……」
未だに足元でジュゥゥと小さな音を立てながら、既に跡形もなく消えそうになっている液体を改めて見やる。間違いない。これは……毒っていうものだろう。
「この毒で女王殿下に何をするつもりだったんですか、フュードレチア様」
「別に。お前みたいな子供には関係ないわ」
「関係なくない! あなたはこの毒で、エルを傷つけようとしたんだ!」
「フゥン? お前がもしかして、エルノアのボーイフレンドとやらかしら? ……本当、憎たらしいこと。大人に口答えする生意気な子には、罰を与えないとね。ついでにエルノア! お前もここで片付けてやるから、覚悟おし! 今までの屈辱をタップリ返してやらないとねッ‼︎」
そうフュードレチア様が言い放つと、すぐさま強烈な冷気が吹き付けてくる。冷気の先に必死に目を凝らせば……そこには、大きな水色のドラゴンが立っていた。綺麗で、どこか悲しい色の鱗が1枚1枚逆立ったかと思うと、間髪入れずに更に激しい風とともに氷の礫が飛んでくる。
「エル、下がって! それで……」
「ウゥン、私も戦う!」
「だけどッ!」
「大丈夫! 私も竜族だもん! この力は何かを守るためにあるって、父さま言ってた! ……守られてばっかりじゃ、ちゃんとお姉ちゃんになれないもん!」
「……分かったよ。そこまで言うなら、援護をお願い! 僕もフュードレチア様を止められるように、頑張るから!」
「うん! 任せて!」
そう言い合いながら、僕達もそれぞれ本性に戻って水色のドラゴンに立ち向かう。でも、相手は自分達よりも遥かに大きな立派なドラゴン。今度は彼女がどこかもがくように咆哮すると……放たれる息吹は氷結の空気を帯びて、僕達に襲いかかってきた。
「グォォォォッ‼︎」
彼女の息吹に抵抗して、僕は僕で負けじと青い炎を吐き出して応戦する。
地属性のドラゴンは本来、火を吹くことはできない。だけど僕は闇属性でもあるせいか、はたまた、元がエルの鱗を媒体にしているせいか。腹の底からこみ上げる熱い感情を吐き出すように、口から溢れる炎は氷のドラゴンの息吹を溶かしながら風を舞い上げ、押し返す。
「……グッ⁉︎ 何ですって? 青い炎……ゲルニカと同じ⁉︎ 嘘でしょう?」
「僕はべへモスっていう種類なんです。父さま……いや、ゲルニカ様と違って炎属性ではないけれど、同じ闇属性を持ってはいるんです。……だから……」
「あぁ! 何て小賢しいのかしらッ! こうなったら……‼︎」
「……⁉︎」
「海王の名の下に、憂いを飲み込み母なる奔流とならんことを! 全てを青に染め、静寂を示せ‼︎ ブルーインフェルノ‼︎」
この魔法は確か、水属性の最強魔法……! このままだと、こちらの魔法を展開する前に押し切られてしまう……!
「灰と散りて尚、その身を手向けとせん! 我が祈り、汝の無念を焦がし赤き衣となれ! クリムゾンウォール!」
僕よりも反応が早かったエルが咄嗟に、炎属性の防御魔法を展開するけれど……当然ながら、相性も悪い防御魔法だけではフュードレチア様の最上位魔法を防ぐことはできない。でも、僕もエルも今は1人じゃない。2人なんだ。1人で防げなくても、2人で力を合わせれば……!
「そんな弱々しい防御魔法で、私の魔法を防げるとでもッ⁉︎ これだから、お子様は……」
「ギノッ!」
「うん! 大丈夫! おかげで間に合ったみたいだ!」
「……⁉︎」
エルの魔法が消えるまでになんとかできれば、僕らにも反撃のチャンスがやってくる。そうして彼女が繋いでくれた時間を無駄にしないように、自分が使える最強の魔法を発動させる……!
「地王の名の下に遺恨を晴らし、聖なる地脈とならんことを! 鎮魂の緑で全てを虚無に帰せ‼︎ グリーンディザスター‼︎」
初めて発動するその魔法は、エルの魔法で威力が弱まっていた彼女の最上位魔法を覆す。足元に繁茂した柔らかな芝はやがて刃にその身を変えて、大地を踏み荒らすものを貫く。
だけど……構築はなんとかできても、錬成の時間が短かったのか、威力は最大限に発揮できていない。僕の魔法はフュードレチア様の魔法を掻き消して、彼女に浅い切り傷を残すのがやっとみたいだ。それに……。
(魔力消費が大きい……。いくら魔力に溢れた竜界でも、連発は厳しいかも……!)
「……なるほど? お前には、1発が限界みたいね? その歳で最上位魔法を使えることは、褒めてやるけど。所詮、子供は子供ね! ……安心なさいな。今度は2人纏めて、氷漬けに……!」
「愚かなる者に大地の怒りを示せ、我が意志を受け取り打ち据えん! ローゼンビュート‼︎」
フュードレチア様の言葉を掻き消すように、今度は僕達と彼女の間に立ち塞がるように荊棘の壁が出現したかと思うと、まるで意志を持った鞭のように彼女を襲う。しかし一方で、フュードレチア様は自分を戒めようとする荊棘をあっさりと防御魔法で防ぐと、後ろに飛びのいて……僕達の背後にいるらしい魔法の主を睨みつけていた。
「王族の一員が子供相手に、何を面白そうな事をしているのです? 私も是非、混ぜて下さらないかしら?」
「エメラルダ……! お前、なぜここに?」
「ウフ。いい匂いがしたのでつい、釣られて参りましたわ。まろやかで、芳醇で……それでいて、禍々しい刺激のツルベラドンナの香りがしたものですから。ツルベラドンナの毒は特殊な芳香を放つので、私みたいなヴェネフィックには、たまらない香りですの」
渾身の1撃にも大した効果を見込めなかったものだから、必死で次の一手を考えていたけれど。僕が何とかしなければと考えるのもバカバカしいくらいに、フュードレチア様さえをも圧倒する、優雅な出で立ちのエメラルダさんが堂々と僕達を庇うように立っていた。
大人の余裕と、大人の風格。
彼女のピンと伸びた綺麗な背筋には、全てを弾き返すような威厳と力強さを感じる。この先は僕達だけで頑張らなくても、大丈夫かな……?