7−16 命は短し、恋せよ乙女
部屋に戻ると、起きて来たらしいエルノアがギノの隣にピッタリと座っている。妙に距離感が近い気がするけど……その様子に、ダウジャが言っていた事の意味が分かった気がした。あっ。意外と、エルノアの方は真剣っぽい?
「ハーヴェン、久しぶり!」
「おぅ、久しぶり。どうだ、調子は。少しは魔力の扱い、上達したか?」
「う〜ん。ちょっとよく分からない」
「そ、そうか……」
恋の行方はともかく……こりゃ、エルノアが自立できるのは、相当に先みたいだな……。
「さて。蒸らし時間も十分だと思うし、いよいよお茶をサーブするぞ〜」
「あ、あぁ……。注ぎ方にコツはあったりするんだろうか?」
「そうだな……最後の一滴まで出すことと、それぞれのカップの濃度が均一になるように、少しずつ順番に注げばいいくらいかな?」
「順番に、少しずつ……だね?」
「うん、そうそう」
俺の手元を見ながら、少しぎこちない様子だけど、ちゃんと最後までしっかりお茶を注ぐゲルニカ。流石に竜神様は物覚えも一流らしい。彼の手元にあるカップからは、綺麗な色のお茶がいい香りの湯気を上らせている。これなら、奥さんの評価も期待できるだろう。
「テュカチア、お待たせ。今回はハーヴェン殿の教えに沿って淹れてみたよ。どうかな?」
「フフ、そうですわね。まずは……香りは合格、かしら?」
彼らがそんなやり取りをしている間、俺は他のメンバーにお茶を配る。エルノアが起きて来ていたのは、想定外だが……彼女には俺の分をやればいいだろうし、問題ないか。
「ほれ、エルノアも」
「うん、ありがとう。こっちはハーヴェンが淹れた方? それとも、父さま?」
「こっちは俺が淹れた方。あ、ゲルニカの方が良かった?」
「ウゥン。父さまの分は母さまに譲ってあげる」
「そっか」
妙に聞き分けのいい返事をしながら、俺のお茶を啜るエルノア。エルノアも奥さんの動向が気になるらしい。そして、それはエルノアだけじゃないらしく、俺からお茶を受け取りつつも、みんな固唾を飲んで奥さんの感想を待っている。さて、判定やいかに……?
「ウフフ、ハーヴェン様にご指導いただいただけのことはありますわ。今日のお茶はとっても美味しいです、あなた」
「ほ、本当かい?」
「えぇ、このお茶であれば文句なしです。これからも、この調子でお願いしますわ」
「あ、あぁ……」
奥さんから無事に合格点を貰えて、一気に疲れが出たらしい。ゲルニカが普段のピシリとした雰囲気からは想像もできない様子でソファになだれ込む。
「さて、見事に奥さんから合格点を貰えたところでおやつにしような〜。はーい、今日のおやつはシュークリームで〜す。みんなで1つずつどうぞ〜」
「やった〜、おやつ、おやつぅ! クリーム! クリーム! シュークリーム! わーい‼︎」
「あい! クリーム、クリーム、もひとつ、クリーム!」
相変わらず、おやつに変なテンションで盛り上がるエルノアとコンタロー。シュークリームが手元に届くと、目を輝かせながら頬張り始めた。口の周りをクリームだらけにしながら、嬉しそうに美味しいと言ってもらえると、シェフはとても嬉しいぞ。
「……そう言えば、坊ちゃんはこの後、お嬢様と女王殿下の所に行かれるのですか?」
「お?」
シュークリームを両手で大事そうに包みながら、ハンナがギノに尋ねる。エルノアとギノで……女王殿下の所に? そりゃまた、なんの用事で?
「あ、うん……。エルも今日は約束通り、ちゃんと起きて来たし……僕も約束を守らないと」
「うん! お茶を頂いたら早速、ゴーなの。それで、お祖母様にギノのお嫁さんにしてもらうって報告するの!」
「エル、だから。それはそんなに急ぐ必要はないって、父さまも……」
「えぇ〜? でも、今のうちにみんなにも言っておかないと、取られちゃうもん」
エルノアがそんな事を言いながら、頰を膨らませているのを見る限り……彼女の方は本気というよりはどちらかと言うと、ままごと感覚なのだろう。一方でギノは真剣に考えているらしく、本気で困っているようだ。本人達には非常に失礼なのかも知れないが……この温度差がどことなく、ゲルニカと奥さんの空気感に似ているのが、面白い。
「そういう事なら、2人で女王殿下の所に遊びに行っておいで。別に宣言したところで、その通りにしなければいけないわけでもないんだろうから」
「そ、そうなんですか?」
「お前達の年頃だったら、この程度はよくある事さ。子供は誰々ちゃんは誰々くんの事が好き〜、みたいな事を言いながら大人になるもんだ。大人になった時に、その組み合わせで一緒にならないといけない決まりはないんだし。初めは、見よう見まねで恋をするもんなんだよ。そんな事をしながら、本番の恋がやって来た時に……真剣に考えられるようになっていれば、それでいい」
「そ、そうなんだ……。そっか、恋をするのにも練習が必要なんですね……」
手元のカップに目を落としながら、ギノが呟く。ギノはこういう所も必要以上に真面目なんだろう。たまにちゃんと話を聞いてアドバイスをやらないと、悩み抜いてしまうクセがあるみたいだから、却って難しい。
「う、エルノアは本気だもん。嘘じゃないもん」
「そうか〜? だったら、ギノの気持ちもちゃんと考えないとな? 無理に相手を困らせるような事を言っちゃダメだぞ」
「う、ん……ギノ、やっぱり困ってる?」
「うん……正直に言うと、とっても困ってる……。僕、どうしたらいいか、分からないし……」
「そうなんだ……」
流石に、少し冷静になったらしい。エルノアも、ギノが困惑している事に気づいたようだ。それにしても……恋は盲目って、本当なんだな。エルノアの能力を持ってしても、ギノの困惑を無視して突っ走らせるとは。
「ま、それはそれ。2人で一緒に遊びに行ってくるのは、いいと思うぞ。因みに、今日はビーフシチューでポットパイも作ってきたから。腹ごなしも兼ねて、出かけておいで」
「ほ、本当⁉︎」
「おぅ。ほれほれ。ポットパイを美味しく食べるためにも、楽しくデートしてこいよ」
「うん!」
「あ、これも練習、ですね。僕も……デートの練習に行って来ます」
デートの練習、って……。まぁ、この場合はそれでもいいか。
「ホッホッホ。命は短し、恋せよ乙女、ですか。それにしても……ギノが女の子と一緒に出かけるのを、見られる日が来るなんて。とても感慨深いものがありますな……」
そんな事を言いつつ、これ以上ないくらいに穏やかな表情を見せるプランシー。
ギノが幸せそうにしていることは、プランシーの情緒を安定させる上でかなりの効果があるらしい。どうやら、プランシーは子供と接していれば怒りを抑える事ができるみたいだが。……その辺は1つの傾向として、嫁さんにも話しておいたほうがいいかもしれない。
ようやく、心安らかにお茶が飲めるといった風情のゲルニカの笑顔を眺めながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。




