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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第6章】魔界訪問と天使長
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6−28 天使様は鳥がお好きですか?

「ところで、オーディエルさん、大丈夫? さっきから緊張しているみたいだけど……」

「あっ……いっ、いえっ! 大丈夫です。ただ、サタン様にプランシー殿の件でどのようにお願いすればよいか、考えておりまして……」

「そっか。でも、プランシー本人の状態にもよるだろうし、あの様子だと……意外にもサタンの方は協力してくれるみたいだから、大丈夫だと思うけど」

「そ、そうですよね! サタン様は表向きは乱暴なのかもしれませんが、きっと根は紳士的なのだと思います。私もきっと、大丈夫だと思いますッ!」


 妙な勘違いをしているらしく、ソワソワしているオーディエル様。その様子に一抹の不安を感じつつ、ハーヴェンに一応、尋ねてみる。


「……なぁ、ハーヴェン。本当にそうなのか?」

「う〜ん……少なくとも、サタンの根が紳士的だっていうのは、初めて聞いたんだが……」

「お待たいたしました、皆様。まさか、主人が服を着るなんて言い出すとは、思いもしませんで。予想外の時間がかかっているようです。……申し訳ございません」


 そんな事を話しながら、しばらく待っていると……洒落た出で立ちの執事らしき悪魔がやってくる。背後の同じような姿の悪魔に何やら指示を出し、自身は奥座の隣に歩みを進めると、深く一礼して見せる。彼の尾はクジャクのように美しく見事なもので、ほの暗い部屋の中でも一際輝いていた。


「と、鳥ちゃん……。尻尾……!」

「……ルシエル。落ち着け」


 思わず漏れた本音に、ハーヴェンが鋭く切り込む。そんな私達の雑談を尻目に、執事風の悪魔がこちらに向き直り、自己紹介を始めるが……。


「主人が来る前に、私も自己紹介をば。エルダーウコバク様とは既に顔なじみではございますが、私がこの城のハウス・スチュワードを務めております、アドラメレクのヤーティと申します。……以後、お見知り置きを」


 丁寧な挨拶とともに、もう一度深々と礼をするヤーティだが……他ならぬ彼が、怒らせるとこの城で最も恐ろしい上級悪魔らしい。


「それで、そちらの天使様は鳥がお好きですか?」

「は、はい! 大好きです……!」

「そうですか。もしかして、そのご様子ですと……私の尾羽にご興味が?」

「ハイッ! とっても興味があります! ちょっと撫でてみたいです」


 しかし……恐ろしいはずの上級悪魔がフレンドリーに尋ねてくるのに対して、つい更なる本音が溢れる。そうして勢いでそんなことを答えたものだから、ハーヴェンから厳しいお言葉が飛んできた。


「ルシエル、本当に落ち着け。初対面でいきなり尾羽を触らせてください、は失礼だろう?」

「あ……ぅ、そういうものか?」

「そういうものだ。お前だって、いきなり尻を触らせろって言われたら、怒るだろ?」

「それは怒るかも……」

「今のは、それと同義だ。……もてなされている側とは言え、失礼は程々にしておけ」

「ハィ……」


 そこまで言われて、悔しいものの。……反論ができない。


「ルシエルがそんなにショボくれる顔、初めて見たな」

「オーディエル様、そこは放っておいて下さい」

「うむ、すまない」


 先程から妙に浮き立っていたオーディエル様にまで、冷静にそんなことを言われたものだから……ますます居た堪れない。興味がありますか、と聞かれたから素直に答えただけなのに……。


「フフフ、どうやらエルダーウコバク様は奥方の躾をよく心得ておいでのようだ。……ですが、頭ごなしにご注意なされたのであれば、あまりにも純真な奥方が可哀想というものです。ここは1つ、お近づきの印に私の尾羽を1本、進呈しましょう。……私の尾羽はある程度の魔力を持っているため、魔法道具の材料として重宝されるのです。その関係で抜けたものを保存してありますので、よろしければ差し上げますよ?」

「本当ですか⁉︎」

「えぇ、構いません。それで奥方の笑顔を取り戻せるのであれば、これ以上の喜びもありますまい」


 非常に律儀かつ、妙にキザなセリフと共に羽をくれると言うヤーティ。あの、綺麗な羽を! 1本、もらえる⁉︎ そう考えただけで、体が自然とフワフワする。


「……すまないな、ヤーティ……。嫁さんが妙なところに食いついて……」

「いえ、構いませんよ。それにしても、なるほど? 主人が天使とは仲良くできそうだ等と、明日は魔界に降らないはずの大雪になるのではなかろうかというくらいに……珍しいことを申しましたので、訝しく思っておりましたが。……ふむ。今回ばかりは主人の言うことも、的外れではないようですね」

「……サタンって普段、どんだけ的外れなんだよ」

「エルダーウコバク様も、それはよくご存知では?」

「あ、うん……」


 ハーヴェンとヤーティの間には、何か共通の思いがあるらしい。2人で顔を見合わせた後、互いに苦労するよな、と口々に言いながら頷きあっている。そんなことをしている間に、2人のアドラメレクと思われる悪魔が丁寧にお茶を出してくれており……気づけば、手前のティーカップからはちょっと不思議な香りのする湯気が立ち上っていた。


「2人とも、ご苦労様です。後は私がサタン様のお相手をいたします故、本日は下がってよろしい。皆にも、そのように伝えてください」

「かしこまりました。では、お言葉に甘えて下がらせていただきます。お疲れ様です」

「お疲れ様。明日も頼みますよ」


 ヤーティにそう言われて、どことなく安心した様子の2人が退出していく。その背中を見送った後、ヤーティ自身は何か思うところがあるらしい。嘴の付け根をさすりながら、困った顔をしている。


「……それにしても、遅いですね……。サタン様は何をしておいでなのでしょう? 仕方ありません。皆様、冷めないうちにお茶を召し上がっていて下さい。私はもう一度、主人を呼んで参ります」

「えぇ……いただきます」


 部屋を出ていくヤーティの言葉通り、確かに冷めたら勿体ないような気がして、お茶に口をつける。ほんのり紫色のお茶は予想斜め上の味わいだが、決してまずくはない。むしろ……どこか後を引く独特の風味と、優しい甘みが病みつきになりそうだ。


「ハーヴェン、これ……なんのお茶だろう?」

「あぁ、こいつはミルナエトロラベンダーの最上品だな」

「ミルナエトロラベンダー?」

「うん。魔界にはわずかな光を浴びて育つ、ラベンダーの親戚みたいな花が咲く場所が点在しているんだが。これはそのミルナエトロラベンダーの花を、ジックリ砂糖漬けにして煮出したものだ。ミルナエトロラベンダーは瘴気を浄化する効能があるから、よく風邪薬にも使われるぞ」

「風邪薬?」

「意外って顔してるな? まぁ、驚くのも無理はないよな。人間界で病気を撒き散らす悪魔が風邪を引くなんて、思いもしないか。でもな、実際のところを白状すると……悪魔自身は結構、病気に弱いんだ。そうして風邪なんか引いたりすると、瘴気への耐性も低下したりするから、こじらせて死ぬ奴も多くてな。その中ではっきりと風邪に対して効能を示すミルナエトロラベンダーは希少性も相まって、超貴重品だ。しかも、砂糖も魔界じゃ基本的に簡単に手に入らないから、きちんと加工されたこいつを口にできるのは、ごく限られた奴だけだし、そんな物を惜しげも無く出してくれている時点で……サタン側は本気で俺達をもてなしてくれるつもりなんだろう」

「そ、そうなんだ……」


 どうやら、私達は冗談抜きで客としてもてなされているらしい。目の前の茶が魔界の高級品だと聞いて、ますます美味しく感じるから、私もつくづく現金だ。


「……魔界には茶を嗜む文化もあるのだな。……悪魔の方が余程、文化的な生活をしているように思える」


 不思議な味わいのお茶を気に入ったらしい、オーディエル様が感心したように呟く。

 考えてみれば、確かに死後の世界でもあり、魔力が潤沢な神界でお茶を楽しむという習慣はない。一方で、ある意味で同じような環境の魔界にはお茶を嗜む文化があるらしく、そう言えば……趣向はかなり特殊だったが、ベルゼブブもココアとチョコレートで、もてなしてくれようとしていたことを私はこっそり思い出していた。

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