6−26 僕的にはこういうの、とってもいいと思うの
「アッハッハ! そう、ルシファー観念したの〜?」
「なに、笑ってんだよ……。お前が色々と言ってくれてたお陰で、いきなり攻撃魔法をぶっ放してきたんだぞ⁉︎」
「でも、お前の方が上手だったんでしょ? さっすが、ハーヴェンは天使戦は手慣れているものがあるよねぇ」
「手慣れている? ……手慣れているってどういうことなんだ、ハーヴェン」
さも愉快そうなベルゼブブの言葉に、不穏な空気を感じた嫁さんが食いついてくる。全く……ベルゼブブが一言余計なのは、デフォルトらしい。
「天使は攻撃魔法も補助魔法も……そんでもって、回復魔法も器用に使ってくるだろ? だから、魔法に対して創意工夫が足りないというか」
「それ、どういう意味だ?」
ちょっと不服な顔をしているのを見るに、俺の言葉に引っかかるものがあるらしい。更に食いつく嫁さん。一方でオーディエルは前のめりになって、ウンウン、と俺の言葉を一言一句逃すまいとしているようだ。彼女の視線が、妙にやり辛いが。この際、ある程度は説明しておいてもいいかもしれない。
「ルシエルは異種多段の組み合わせって、考えたことってある?」
「異種多段の組み合わせか……う〜ん、あまりないかな……。簡易化した魔法を同時に発動はできるが、組み合わせを考えるというよりは、重ねがけする感じだ」
「そうだよな。使える魔法の種類が多いってことは、反面、型通りの使い方しかできないってことなんだと思う。で、俺は回復魔法は使えないし、実は……補助魔法は使えても、防御魔法は使える中になかったりする」
「そうだったのか?」
「あぁ。だから、相手の攻撃魔法を凌ぐ場合は同等以上の攻撃魔法をぶつけるか、他の補助魔法でどうにかすることを考えないといけない」
俺の告白が予想外だったらしい、ルシエルが今日1番で目を丸くして驚いている。……今更、そんな事に驚かなくてもいいだろうに……。
「使える魔法でどうにかしようと考えた時、魔法を組み合わせて、付随効果で凌ぐために頭をフル回転させるんだけど……例えば、水の魔法を使った後に氷結させて壁代わりにしてみたり、氷の魔法で目くらましした後に、不意打ちを喰らわせたりとか。そんなことを四六時中考えているとな、何となーく相手の傾向を読めるようになってさ。特に沢山の魔法を器用に使いこなす相手ほど、俺の術中にハマってくれる奴が多い。数を知っている奴ほど、知識に溺れがちなんだよ。だから、異種多段の組み合わせで発生した、知識外の付随効果に戸惑う。天使は特にその傾向が強いんだ。攻撃魔法も防御魔法もキッチリ使いこなしてくるお前達は、柔軟性に乏しいことが多いから」
「う……そうだったのか……。そう言えば、初めて会った時も不思議だったんだよな……。手の内を読まれている気がして、ひたすら焦ったのをよく覚えている」
ルシエルがちょっと悔しそうに、唇を噛み締めている一方で……オーディエルは感心したように、ルシエルとは別の意味で赤くなっている。両方とも色々と分かりやすくて、助かる。
「ハーヴェンは生前から、頑張り屋さんだったみたいだからねぇ。魔法はどこで習ったのかは知らないけど、無いものは無いなりに、なんとかしちゃうタイプだし」
「そういうこと。因みに、今日アポカリプスを防げたのは、前回のノクエル戦の経験が生きてま〜す。実はあの後、俺自身もかなり魔法の練習してたんだぞ?」
「なるほど! 努力と創意工夫が大事ということですねっ! とっても勉強になりましたっ‼︎ ありがとうございます!」
また妙な感じの口調に戻っているオーディエルを、諦めた様子で見つめるルシエル。表情を見る限り、この状態はあまり好ましくないらしい。
「まぁ、とにかくルシファーは神界に帰ったよ。ヨルムツリーの玉座は空に戻ったから、迷惑ばかりで悪いんだけど……後は大悪魔同士で、なんとかしてくれないかな」
「うん、ま。それは仕方ないよね。僕としてはあんな所に籠るのはゴメンだし、他の奴に押し付けちゃおうっと」
「あ、そう……」
相変わらず、適当なベルゼブブの様子に拍子抜けしつつ……支配欲の薄さに安心したりする。やはり、ベルゼブブは他の奴とつるんでいる方が性に合うようだ。
「今日も色々と騒がしくして、悪かったな。俺達はこの後、サタンのところに寄って帰るから。そのうち、こっちにも遊びに来いよ」
「うん。ベルちゃん、おやつ食べにそっちに行っちゃう、行っちゃう。ルシエルちゃんも、良しなに頼むね〜」
「はい。ベルゼブブ様の魔力は把握済みですし、出入りするのが屋敷であれば、私の方も問題ありません。お気軽に遊びにいらしてください」
「おぉ! さっすが、ハーヴェンのお嫁ちゃん! 分かってるなぁ〜! そういう事なら、僕の方も面倒な事じゃなければ、相談くらいは乗ってあげるから。ウンウン。僕的にはこういうの、とってもいいと思うの」
何やら妙に満足げなベルゼブブの様子に、ルシエルも胸を撫で下ろしたらしい。少し緊張感が解れた表情に……俺も心なしか、安心してしまう。
「それでは、ベルゼブブ様。今日はお世話になりました」
「うん、オーディエルちゃんもまったね〜。サタンのことも、よろしく頼むよ」
「サタン様、ですか?」
「ま、アイツのところに行けば……どういう事か、よく分かるさ」
「?」
帰り際にオーディエルに対して、意味ありげなことを言い放つベルゼブブ。俺としては何となく、理由は分かっているものの。それは彼女本人が感じるべきことだろう。
「さて、サタンの城はここから川沿いに北上したところだ。そのまま飛んで最後まで移動できるから、危険なことはないと思うよ」
「……本当?」
「うん、本当」
「……1人で無茶するのは、ナシだからな」
「分かってるよ」
俺の無茶が相当、堪えたらしい。今にも泣き出しそうな瞳で、俺を見上げてくる嫁さん。思いの外、悲しい思いをさせてしまって、ちょっと後悔する。
「後は大丈夫。もうあんな思いは、させないから。そんな顔しないでくれよ」
「うん、約束だからな……」
彼女の言葉の重みを感じつつ、翼を広げ彼女達を上空へ促す。色々あったけど……多分、後はそこまで揉めたりはしないだろう。
***
オーディエルの報告を待つつもりが……何故か、先に結果が神界にやってきちゃった。まさか、ご本人様がそのままご降臨召されるなんて。もしかしてオーディエル、ボクの言ったことを確認するだけじゃなくて……ご本人様をお誘いしちゃったの⁇
「久しぶりに足を踏み入れたが……あまり代わり映えしないな、ここは」
「えっと……。まさか……ルシフェル様ご本人だったりする?」
「おちゃらけた口調も相変わらずか。……翼の数を見るに、お前はあの後昇進したみたいだな、ミシェル」
「あ、はい……一応、転生の大天使やってます……。ご本人が降臨されるとは、思いもしませんでした……タハハハ……」
「そうか? まぁ、いい。さっき、オーディエルとルシエルとは話をした。……色々と問題があるそうだな?」
何を話せば、ルシフェル様を引きずり出す結果になるんだろう? と言うか、相変わらずの高圧的かつお堅い口調、超やり辛い!
「あら〜、そちらはどちら様でしょう〜?」
ボクがガチガチに緊張しているのを他所に、何も知らないラミュエルがフワフワと出てくる。いや、待って! 今、その空気で出てくるのは、マズいって!
「ファルシオン……なるほど。お前が救済の大天使か」
「え? あ、そうですけど……あの、ミシェル。この方、どなたかしら……?」
「うん、ラミュエル。落ち着いて、聞いて。この方は……ルシフェル様。オーディエルが上手くやりすぎたみたいで、ご本人様がご帰還されたみたいなんだ」
「嘘ッ⁉︎ ま、まぁ〜、どうしましょう⁉︎ と、とにかく、まずはマナツリーの元へ!」
「言われなくても、分かっている。突然、戻ってきて悪いが……しばらくアレと対話したい。その後、人間界の状況を説明してもらおう。……分かったな、ミシェル」
「は、はいぃ!」
リッテルの足取りを確認して、結果が出たから……ラミュエルに教えてあげようと思って出てきたのに……。ここにきて、お仕事追加かぁ……。見れば、ラミュエルがしっかりとルシフェル様をマナツリーの元に案内している。多分、彼女に案内は不要だと思うけど、神界の状況も交えて話をしているんだろう。だとすると、ボクはその間……。
(とにかく、今の人間界の状況をまとめる……と)
あれ? でも、待って。状況をちゃーんと的確に記載した報告書があったような。そんな事を考えながら、憧れのあの人にサインを貰った、秘蔵の一冊をポーチから取り出す。
(そうだよ〜。まずはこれを読んでもらえばいいじゃん! ルシフェル様の趣味に合うかは分からないけど、これさえあれば、ボクは簡易的に流れをまとめるだけで済むじゃないか〜)
相変わらず、ボク天才! なんにせよ、ここにきてルシフェル様が戻ってきたのは決して、悪いことじゃない。寧ろ、とっても心強いじゃないか。
(よっし。ボクはルシフェル様が戻ってくる間、もう一仕事しようっと)
……それにしても、オーディエル達は無事ルシフェル様に会えたんだな……。ハーヴェン様も付いているし、心配する必要はあまりなかったのだろうけど。あちら側はうまくいったみたいで、かなり安心した。一方で……。
(リッテルのことはどう報告しようかなぁ……。多分、彼女……何かに巻き込まれたみたいなんだよな……)
リッテルの最後の記録を拾ってみたところ、神界には戻っていないことが分かった。そして、彼女は塔の情報を書き換えた後に人間界に戻ったらしく……その後の情報は何も残っていない。それでも、1つ、微かに彼女の魔力の痕跡を残していたものがあったんだけど……。
(そうだ。折角だし、切れ者のリヴィエルに任せようかな。オーディエルが帰ってきたら、相談してみよう……っと)
問題がちょっと山積みになってきたけど、今のボクはやる気に溢れているもの。大丈夫。きっと……何とかなるさ。




