6−21 モフモフの良さはそれぞれ味わいが違う
手渡したハーヴェンさんのお土産に、とても満足そうなマハさんとクロヒメ。心配する必要もないとは思っていたけど、2人はあまりの美味しさに感動しているみたいで……その感激具合は、僕の想像をちょっと超えている。何れにしても、この様子を伝えてあげれば、ハーヴェンさんもクロヒメのことも含めて……きっと安心してくれるに違いない。
「今回のも気に入って頂けたと、ハーヴェンさんにも伝えておきます。クロヒメも元気みたいだし……安心しました」
「もちろんだ! 是非にも、ハーヴェン殿にお礼を言っておいてくれ給えよ。クロヒメを手元に置くことを許してくれたこともそうだが、お菓子も非常に美味しかったと!」
「坊ちゃん、わざわざ来てくださり、ありがとうござました。何かあれば、お頭にもお伝えするようにはしますが、旦那様と過ごすにあたって不足や困り事がないもので……。もしよければ、私はこちらでとても良くして頂いていますとお伝えいただけますでしょうか?」
「分かった。ちゃんと伝えるよ」
「ありがとうございます。そう言えば……先ほどから気になっていたのですが、そちらの貧弱な猫は見かけない顔ですね? ……ウコバクでもなさそうですし」
あぁ、そうか。クロヒメとハンナは初対面だもの、ちゃんと紹介してあげないとね。
「彼女はハンナ。マスターが契約しているケット・シーの希少種で、シルバークラウンっていう精霊なんだよ」
「そう、なのですか? ケット・シー?」
「うん、猫が精霊化したものらしくて、魔獣族の精霊なんだ」
「フゥン? ま、モフモフは私の勝ちかしら?」
「え?」
勝ち? いや、何も勝負してないと思うんだけど……どうしたのだろう?
「あら。毛が長ければ、いいものでもないと思いますよ? 私の毛皮は艶やかで、とてもスムースですもの。暑苦しい長い毛は、ボサボサで見苦しいこともあるのでは?」
「え? ……え? えぇ? ハ、ハンナ、どうしたの?」
何やら敵意を読み取ったのか、いつになく嫌味な言い方をするハンナ。そう言えば、マハさんが来た時から静かだとは思っていたけど……。
「な、何ですって⁉︎ 私はウコバクの中では1番、毛艶がいいのよ⁉︎ 貧弱なメス猫には負けないわ‼︎」
「ど、どうしたんだい、マイフェアレディ。確かに、あちらの猫さんも綺麗な毛色をしていると思うけれど……君にしては、いつになく穏やかじゃない気が……」
「まぁ! 旦那様まで! あんなボンヤリした色の、どこがよろしいんですの⁉︎」
「いや、そうじゃなくて。クロヒメの毛色もとっても素敵だよ? でも、ほら……それぞれいい色というか。モフモフの良さはそれぞれ味わいが違うものがあるだろう? 現に、コンタロー君の毛もとっても気持ちよかったし……」
「そ、そんな……! 私の毛皮がまさか……短毛種に負けるなんて……!」
「ま、待って、クロヒメ。そうじゃない! 断じて、そうではない! もちろん、僕にとってのナンバー1は君だけさ!」
泣き出したクロヒメを慌てて抱きかかえて、あやすように撫でるマハさん。どうしよう……どうすればいいんだろう、この状況……。
「ハ、ハンナ。とりあえず、帰ろうか……コンタローとダウジャも待っていると思うし」
「えぇ。そうしましょ、坊っちゃま。入ってくるなり、こちらを睨みつけてくるような、躾の行き届いていないメス犬がいるところなんかごめんです。優しくて気が利くコンタローさんと、同じ種類だと思えませんし」
「……あの、何かあったの? 僕……何にも分からなかったんだけど……」
クロヒメとハンナは、互いにライバル意識を燃やしているらしい。女の子同士、仲良くなれるかな……なんて思ってたのだけど。どうも、逆だったみたいだなぁ……。
「マハさん、すみません……。これ以上はご迷惑みたいですし、僕達は父さま……じゃなかった、ゲルニカ様のところに帰ります。何だか、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だよ。気にしないでくれ給え。とは言え……ちょっと意外だったな」
「?」
「あぁ、いや。クロヒメは普段、とっても優しくて良い子で……僕の仕事もきちんと手伝ってくれるものだから。誰かに敵意を剥き出しにする事なんて、想像もできなくて。でも……僕としてはそれがなんとなく、嬉しい」
「嬉しい……ですか?」
「うん。だって……こうしてクロヒメが涙を流すのは、僕を思ってのことだろう? 自分で言うのも何だけど、僕は今まで移り気なところがあったから。クロヒメがそれを心配して泣いてくれているのだとすれば……男冥利に尽きるよね。愛されるっていうのはこういうことなのかな、とちょっと嬉しくなってしまった」
「当たり前ですッ! 私は旦那様に見向きもされなくなるのが、とても怖いのです! それが何ですか⁉︎ 旦那様はそちらの痩せ猫をチラチラと気にされて……!」
「お、おや……そんなつもりはなかったのだが。まぁ、確かに綺麗な猫さんだったし、気にはなったけど……でも、心配しないで。僕にはやっぱり、クロヒメのモフモフが1番だもの。ちょっとよそ見はするかもしれないけど。君が気を揉むような事は何1つ、ないから」
ちょっとはよそ見するんだ、ちょっとは。それはそれで、どうなのだろう……。しかし、言葉の都合が良い部分だけをキャッチしたらしいクロヒメが、パッと明るい表情で顔を上げる。
「本当ですか、旦那様?」
「うん、本当だよ。どんな時もクロヒメが1番さ」
「嬉しい……!」
目を細めて尻尾を振りながら、マハさんに甘えるクロヒメ。何はともあれ、こちらは大丈夫みたいだな……。
「さ、僕達は帰ろう。きっと父さまも戻っていると思うし……何より、母さまの様子も心配だ」
さっきまで、あんなにクロヒメに対して強気だったのに……きっと、マハさんに抱き上げられている彼女が少し羨ましいんだろう。ちょっと寂しそうにしているハンナを、慰めるつもりで抱き上げる。
「そう、ですね。今日のところは、このくらいにしてあげます!」
「う、うん……。マハ様。突然、お邪魔してすみませんでした。またハーヴェンさんのお使いに寄ることがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「あぁ、もちろん。いつでも来てくれ給え。そうそう、そう言えば……テュカチア様がご懐妊されたんだって?」
「えぇ、そうみたいです」
「2人目か……。オスかな、メスかなぁ……。次はオスだと竜界も安泰なのだが」
「安泰、ですか?」
それは……どういう意味だろう? 女の子だと、何か良くないのだろうか?
「竜族はオスが圧倒的に少ないからねぇ。それでなくても……バハムートは悔しいけれど、替えの効かない種類でもあるから。男の子が生まれてくれると、みんな安心すると思うんだ。バハムートの血脈で生まれてくるオスは否応無しにバハムートで生まれてくるから、次世代も血脈を繋ぐことができるし。竜族は何よりも、血統が物を言う種族なものでね。ハイエレメントの存続は最重要事項だったりするんだよ」
「そうだったんですか……」
「とは言え、君も闇属性持ちの竜族だし……初めは驚いたけど、精霊の闇属性はそれだけで貴重だからね。それはともかく、今は無事にお子が生まれてくることを願うのみだろう。それ以外のことは後から付いてくるものさ。別にオスでもメスでも……元気に生まれてくれれば、それ以上の喜びはないと思うよ。そういう意味では、僕はちょっと焦らないといけない気がするんだけど……う〜ん、今の僕はクロヒメ以外のことは考えられないよ」
そう言いながら改めてクロヒメに頬ずりするマハさんに、機嫌を直したらしく嬉しそうに頬ずりし返すクロヒメ。
「あ、そう……ですよね。とにかく、今日はありがとうございました」
「うん。こちらこそ、ありがとう。また気兼ねなく、寄ってくれ給え。いつでも歓迎するよ」
往路と同じようにハンナを頭に乗せて、父さまの屋敷に戻るけれど。クロヒメとハンナがこんなに相性が悪いなんて思いもしなかった。コンタローとダウジャは仲良くなれたのに……何が違うんだろう。
「それにしても、ハンナ……。僕、何がなんだかサッパリ分からなかったんだけど。クロヒメと何があったの?」
「いいえ、特にこれといった事は何もないのですけれど……。ただ、妙に睨みつけられたものですから、ちょっと不愉快だったというか。突然、それはないんじゃないかと思っただけです」
「そうだったの? 僕には特に、そんな風には見えなかったんだけど……」
「フフ。坊っちゃまははまだまだ、お子様ですね。良いですか、坊っちゃま。メスというのは一目見ただけで、相手が自分に敵意があるかないか、互いに薄っすらと分かるものなのです。表面上は平静を装っていても、水面下では激しく争っていることもあるのですよ。ですから、オスはそういう機微に鈍感だと……イタズラに振り回されることになりますから、覚えておいてください」
「あ……。それは何となく、分かる気がする……」
だって父さまも、母さまとエルに散々振り回されていたもの。多分、父さまはもの凄く鈍感だと思う。たまに気苦労が祟って、ため息が絶えない時もあったし……。
(そういう意味でも、男の子が良いのかもしれないなぁ……。エルみたいな子が増えたら、父さまが大変かも……)
マハさんの言っていた事が、別の意味でも分かった気がした、青空の下。オスの数が少ない……それはつまり、場合によっては、1人の男の子が大勢の女の子達に振り回されるかも知れないこと……なんだと思う。身近な実例……エルと母さまの2人だけでも、とっても苦労している父さまを思い出してみては……何故か身震いが止まらない気がした。




