6−18 頼りない2足歩行
ハーヴェンさん達が魔界に出かけるとあって、僕達は父様さまの所でお留守番。そうして安心感のある深いブラウンの空間に足を踏み入れると、濃厚な魔力が僕の体を満たしていくのが分かる。それはハンナとダウジャも一緒らしくて……屋敷の魔力を確かめるように、落ち着いた様子で深呼吸をしている。
「お邪魔しま〜す。エル? コンタロー⁉︎ 誰かいますか〜?」
そんなことを言いながら、エントランスに足を踏み入れるものの。誰かがやってくる様子はない。
「……返事がありませんね。留守でしょうか?」
「う〜ん……父さまはともかく、母さまはいると思うんだけど……」
そんなことを話していると、向こうからちょこちょこと頼りない2足歩行でコンタローがやってくる。手にハタキを持っているのを見る限り、掃除のお手伝いをしていたみたいだ。
「あ、坊ちゃん! 来てくれたんでヤンスか?」
「よぅ! コンタロー! 元気にしてたか?」
「あい! お前達も元気そうでヤンすね」
すっかり仲良しなコンタローとダウジャ。そんな彼らが互いの調子を確認しあっているのを、ハンナが嬉しそうに見つめている。
「コンタロー、エルと母さまは?」
「奥様はお庭のお花を剪定中で、お嬢様はまだ眠っているでヤンす……」
「あ、そうなんだ……」
エルは相変わらず、お寝坊さんが抜けないらしい。まだお昼前ではあるけれど、日はとっくに昇っている。こんな調子じゃ、エルが「こちら側」に帰ってくるのはまだ先みたいだなぁ……。
「どうしようかな……。ハーヴェンさんから色々、持たせてもらったんだけど……エル抜きで食べるのは、可哀想だよね」
「そうですね。お嬢様は甘いものを楽しみにしておいででしたし……」
「……坊ちゃん。もしかして、お嬢様が起きてくるまで、あのジューシー肉はお預けですかい?」
エルを気遣うハンナと、よっぽどお肉が楽しみらしいダウジャ。
「あい? ジューシー肉?」
そして……聞き慣れない食材に、首を傾げるコンタロー。
「うん。今日はハーヴェンさんがおやつの他に、バゲットサンドを持たせてくれたんだ。みんなで食べておいで、って用意してくれたんだけど……」
「でしたら、まずは奥様を呼びましょう? それで、お嬢様の分はちゃんと取っておいてあげればいいと思いますよ? おいらもそれ、食べてみたいですし……」
ダウジャの様子に触発されたのか、コンタローまでそんな事を言い出すのだから……ハーヴェンさんの料理はつくづく罪作りだと思う。
「そうだね。まずは母さまを呼んでこようか。お花の剪定中って事は……お庭かな?」
「あい‼︎」
元気よく返事をしながら、コンタローがこっちと言わんばかりに先頭を歩き出した。
父さまの屋敷には広い中庭があって、中央には立派な林檎の木が生えている。そこに実る林檎の真っ赤な色は、この屋敷が魔力に満ち溢れている事を、何よりも証明している気がして。僕は立派な林檎の木を見上げるのが、とても好きだ。
「奥様〜! 坊ちゃん達が来てくれまし……は、はわわ! 奥様ッ⁉︎」
だけど……そんな事をぼんやり考えていると、前から慌てたようなコンタローの声が聞こえてくる。見ればコンタローがハタキを投げ出して、一目散に飛んでいく。彼の様子が明らかに普通ではなかったので、僕達もハタキの横にお持たせを置くと……コンタローが飛んで行った方へ急いだ。
「奥様! しっかり! 大丈夫でヤンすか⁉︎」
「コンタロー、どうしたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「あ、あぁい! 奥様の様子が……おかしいでヤンすぅ!」
心配そうにキュンキュン泣いているコンタローの傍で、お腹を抱えて蹲っている母さま。とても苦しそうだけど、どうしたのだろう?
「母さま、大丈夫ですか⁉︎」
「あ、あら……ギノちゃん達も来てくれたの……? でも、大丈夫よ。これは……具合が悪いわけではないから……」
「あ、あぁい? もしかして……昨日、言ってた事でヤンすか?」
昨日、言っていた事? コンタローは母さまの調子について、何か知っているみたいだけど……。
「と、とにかくお部屋に行きましょう? 坊ちゃん、お荷物は私達が運びますから、奥様をお願いします」
「おぅ、荷物は俺達に任せとけ」
そう言って荷物持ちを買って出てくれるハンナに、任せろと胸をポンと叩くダウジャ。
「そうだね。母さま、僕の肩に掴まってください。お部屋に戻りましょう?」
「えぇ。ありがとう。本当にごめんなさいね……。コンタローちゃん、悪いのだけど、お花を持って来てくれるかしら……」
「も、もちろんでヤンすよ。とにかく奥様、お部屋に行くでヤンす」
顔色はそこまで悪くないけれど、相当に気分が悪いらしい。母さまは自分で歩くのも辛い様子だ。とにかく、母さまをしっかり休ませてあげないと。それにしても、本当に大丈夫なのかな……。




