6−9 中身は乙女
「おはようございます」
「お、おはよう〜。今朝はギノが1番乗りか」
「そう、みたいですね」
そんな事を言いながら……ギノに朝食を出しつつ、きちんとお掃除をしたご褒美のお小遣いも進呈すると、いつもながら丁寧にお礼を言って、自分の皮袋に納める。
ギノはエルノアがいない間、お小遣いを貯めて花の苗を買いに行く約束をしたらしい。花の苗の資金くらいは、こちらで出すつもりでいたのだけど。彼が一生懸命お小遣いでやりくりしようとしているのを、変に甘やかす必要もないだろう。
「おはようさん〜、悪魔の旦那ぁ〜」
「おはようございます」
「お、おはよう。お前達も朝飯食うか?」
「おぅ! お願いするぞ!」
「お願いします」
「ほい、お前達もご苦労様でした」
最近ハンナはエントランスを、ダウジャはサンルームと廊下を掃除してくれているらしい。今まで俺が掃除していた場所が気づいたら綺麗になっているので、結構助かっている。そうして朝食と一緒に猫達にも小遣いをやると、それぞれ嬉しそうにしまい込んで朝食を食べ始めた。
「……ハーヴェンさん、ところでマスターは?」
「あぁ、3名様を起こしているところじゃないかな」
「えっ? お客様達、泊まっていったんですか?」
「今日はここから魔界に行くことになっててな。それで、手間を省くためにも、こっちに泊まっていたんだよ」
「そうだったんですか……。それにしても、大天使様って意外と……」
「あぁ、それ以上は言わなくてもいいぞ。彼女達も、中身は乙女だからな〜。きっとそれぞれ、仕事はできるんだろうけど。昨日は文字通り、羽を伸ばしに来たんだろうし。……落ち着かないようだったら申し訳ないけど、我慢してくれな」
「いえ、別に我慢はしていないんですけど……。ただ、ハーヴェンさんってモテるんだなぁ、って思いました……」
「俺がモテるんじゃなくて……物珍しいだけだと思うけど」
ギノと何気なく、話していると。ルシエルに連れられて、噂の大天使様もリビングにやってくる。
「お、おはようございますっ!」
相変わらず、硬さと緊張が取れないオーディエル。彼女は否応無しに周りを萎縮させるなんて、ルシエルが言ってたことがあったけど。おそらく、度を超えた真面目さが原因と見た。
「おはよう〜。まぁ、いい匂い〜。今日は朝から、素敵な1日になりそうだわぁ」
そして……ルシエルの上司・ラミュエル。以前、色々とあまり良くない話は聞いていたが、そこまで悪い相手ではなさそうだ。……少なくとも、3人の中では1番マトモな気がする。
「クンクン、ホントだ! これが朝ごはんってやつ? ブレックファストってやつ⁇ とにかく、おっはようございま〜す。そんでもって……朝ごはん、プリーズ!」
最後にかなり独特……というか、妙にズレ方が誰かに似ている気がするミシェルが相変わらずの調子で、朝食をねだってくる。天使だろうと悪魔だろうと、歳を重ねると……色々とズレていくものなんだろうか?
「はいは〜い。今すぐ準備するから、少々お待ちを〜」
そんなことを考えながら、厨房に引っ込むとルシエルも給仕を手伝ってくれるつもりらしい、カウンターで料理を待っている。
「これを持っていけばいい?」
「お願いできる? 助かるよ」
「うん……このくらいはしないと、ね」
そんな彼女が例のワンピースを着ているところを見ると、ルシエルも今日は相当、気合が入っているようだ。ちょっとはにかむような顔をすると、料理を受け取ってカートでお客様に運んでいく。
「ルシエル、それが噂のワンピース?」
「え、あ……。ベルゼブブに会うことになりそうですので、おめかししてみました」
「そうか……ベルゼブブというのは、そんなに気を使わなければいけない相手なのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですけど……」
なるほど。ルシエルはベルゼブブに、きちんと挨拶をするつもりなんだな。しかし、普段からそういう部分は物の見事に口下手な本人は……うまく説明できない。妙にモジモジするだけのルシエルと、要領を得ないオーディエル。そして、彼女達の様子が歯痒いのだろう。ルシエルをフォローするかのように、必要以上に空気を読むギノの特殊能力が発動したらしい。ベルゼブブの印象を誤解させまいと、オーディエルにルシエルの服装の意味を解説している。
「ベルゼブブさんは、ハーヴェンさんやコンタローの親玉の大悪魔さんなんです。……ちょっとヘンテコな人だけど、とっても物知りで頼りになる人なんですよ。だから……お嫁さんとして、これからもよろしくお願いしますって言うつもりで、マスターはよそ行きの服装を選んだんだと思います」
「なるほど。そういう気遣いができるのも、優れた嫁の証ということか!」
おぉ、流石はギノ。幼いながらも、きちんと嫁さんの代わりに超模範解答を提出して、大天使様を見事に納得させている。しかし、その辺はやっぱり子供というか……。あまりにストレートな内容に、ルシエルが更に真っ赤な顔をして立ち尽くしていた。自分の回答が実はルシエルにとって、恥ずかしいという事までは気遣えなかったみたいだ。
「それにしても、マスター。それって……悪魔の旦那の趣味ですかい?」
「え?」
風向きを変えるつもりなのか、はたまた、単なる好奇心か。今度はダウジャがアボカドサンドを頬張りながら、ルシエルに質問をしている。
「これはこの間、店員さんに見繕ってもらったんだ……。思いの外、ハーヴェンも似合うって言ってくれたから、私のお気に入りになってて……」
そう答えながら、そそくさと自分の席に着くルシエル。赤くなりつつもスープを啜っている辺り、ようやく食事に気が向いたみたいで……両手で大事そうにスープマグを包みながら、ちょっと嬉しそうにしている。
「へぇ〜、そうでしたか。とっても似合ってますよ。ただ、そうなると……悪魔の旦那はちょっと地味ですよね」
「まぁ、俺は代わり映えしないからな〜。コックコートかシャツの2択だし……」
「折角、マスターがおしゃれしているんだから、旦那ももうちょい、おしゃれしたらどうです?」
「ダ、ダウジャ! ハーヴェン様に最近、失礼な事を言い過ぎだと思うわ。それって、ハーヴェン様がおしゃれじゃないみたいに聞こえるじゃない」
姫君としては従者の口調が砕けた感じになっているのが、気になるらしい。すかさず、ハンナが窘めにかかるが……当のダウジャはあっけらかんとしているのを見る限り、ピンと来ていない様子だ。
「そうですか? 旦那、これって……失礼です?」
「う〜ん……俺は別にそういうの、あんまり気にしないタイプだからなぁ……。どちらかというと、変に気を遣われる方が窮屈かな。だから、俺は構わないよ。ただ……人によっては失礼だと思う事もあるかもしれないから、見極めは慎重にな」
「おぅ! 悪魔の旦那がいいんなら、問題ないな」
「もう、ダウジャったら……」
ハンナはかなり気苦労が絶えないタイプみたいだな。俺としては、そっちの方が心配だが……それでも前よりは嬉しそうにしている事も多くなったし、魔獣界にいるよりは遥かにマシだと思っていいのかもしれない。
「しかし……いつも朝から、こんなに美味しいものを食べているのか?」
「はい。毎朝、ハーヴェンさんが用意してくれます。人間界の魔力は薄いので、僕達は食べないと体が持たないんです。魔力の補給は竜界でもできるんですけど……。でも、僕はただ魔力を流し込まれるよりはこうして、美味しいお食事をいただける方がいいので……ここでの生活がとっても楽しいんです」
そんな事をやりとりしている横で、オーディエルの何気ない質問に気後れする事なく、またもや模範解答を返すギノ。うんうん、とても頼もしいぞ。
「なるほど。今の人間界では、精霊がそのまま生きていくことは難しい。もちろん……契約があれば、ある程度の魔力の補填をすることはできるかもしれないが、それでも全てを賄うのは不可能だ。……ふむ。だとすれば、こうして一緒に食事をするのも、1つの精霊との関わり方の形なのかもしれん。やはり、我々は長らく神界に籠り過ぎたようだ。そんな事も知らなかったとは、情けない」
「い、いいえ、そんな事はないと思います……。僕達の場合はお食事を用意してくれる人がいるから、こうして何不自由なく暮らしていますけど……。これは多分、普通じゃないですし……だから、知らなくて当然だと思うんです」
「それにしても、本当、どれも美味しいわ〜。魔力の回復だけじゃなくて、気持ちも元気になりそう」
「あ、それ言えてる。美味しいものを食べるって、ウキウキするよね」
どうやら、ラミュエルとミシェルも食事を気に入ってくれたらしい。そんなことを言いながら、食べてもらえれば俺も満足なんだな。……昨日の話ではないが、やっぱり思い切って人間界に出てきてよかったなぁ……。