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小さくも大きな代償

 俺たちが借りることになった部屋はそれほど広くないが、手入れは行き届いているような印象を受ける。部屋の右側に備え付けられている小さな机と椅子以外に目立った調度品はなかった。ベッドは部屋の左側に一つだけだが、これについて文句を言っても仕方がない。

 俺とアンナは少しの間隔を置き、横並びにベッドの上へと腰掛ける。


 沈黙が場を支配する。当然だが、不快には感じない。

 先に口を開いたのはアンナだった。


「なんだか夢みたいです」


 その言葉の真意を俺は測りかねた。黙ったまま、続きの言葉を待つ。


「ユーマは私の前に突然現れて、奴隷という立場から解放してくれて、絶対に守り抜くと誓ってくれました……私を救ってくれました」


 本当に救われているのは俺の方なんだけどな。

一拍置いてアンナは話を続ける。


「だからこそ、夢のようで、少し怖いんです……現実にこんな奇跡が起こるのかなって……目を覚ませば今日のことは全てなかったことにされてしまうんじゃないかって……ちょっとだけそんなことを考えてしまうんです」


 俯きがちに、アンナがそんなことを言う。

 まったく……馬鹿なこと言うもんじゃないぞ。


 俺はいったん立ち上がり、アンナの目の前に移動する。彼女と目線が同じ高さになるように腰を落とし、両手を彼女の顔に伸ばす。


「おらっ」


「ひゅ、ヒューマ?」


 そのまま彼女の両頬を引っ張る。

 うん、こういう顔も可愛い。可愛いけど、俺は悠真だ、ヒューマではない。


「痛いか? 痛いだろ?」


「ふぁい?」


 俺がなぜこんなことをしてるのか、何を言いたいのかよくわかっていないのだろう。困惑した様子を見せるアンナ。


「痛いんなら夢じゃないさ……怯える必要はない。俺は夢なんかじゃない。救いを信じていいんだよ」


 決して夢なんかじゃない。それこそ、俺があの闇の世界で受けた苦しみも。俺が化物になったことすらも。それに、アンナとの誓いまで、アンナに救われたことまで、夢にされてたまるか。

 アンナの頬から手を離す。彼女ははにかんだような笑顔を見せてくれた。


 俺は再びベッドの上に腰掛ける。先ほどと同じようにアンナと少しの間隔を置いたのだが、その距離をアンナはゆっくりと詰めてきた。そして、俺に身を委ね、寄りかかって来る。


「あ、アンナ?」


 いったいどうしたというのだろう? うら若き乙女がそう簡単に身を委ねるもんじゃないぞ。第一、アンナは紛れもない美少女だ。こんなことをされて、内心穏やかでいられる男はいない。それは俺も例外ではなく、正直どぎまぎさせられる。


「ユーマはカーティナに着いた後、どうするつもりなんですか?」


 俺に身を委ねたまま、アンナが問いかけてくる。

 アンナを送り届けた後のことについては、以前からある程度考えていたので、答えるのに間を置く必要はなかった。


「迷惑じゃなければ、しばらく滞在させてもらおうと思ってる」


 アンナを送り届けた後、彼女が故郷へ帰ってきているかを確認するために追手がやってくるかもしれない。それで再び彼女が連れ去られてしまっては何の意味もないのだ。アフターケアまで万全にする。それでやっと責任を果たしたと言える。

 

「迷惑だなんて……その後は?」


「そうだな。当てもなく旅でもするさ」


 この国を出ること以外にも、一応目的と呼べるものが二つほどある。

一つは、元の世界へ戻る術を探すこと。元いた世界に未練が残っているわけでもないが、せめて両親に俺が無事であることを伝えたい。

 もう一つは、あの邪神とかいうクソ野郎を探し出してぶっ飛ばすこと。あれだけの苦しみを与えてくれたんだ。相応の報いは受けてもらわないとな。

 それらの目的を果たすため、この世界をいろいろ見て回り、方法を探るというのが俺の考えだ。


「その、ユーマさえ良ければ」


 か細い声でアンナが何か言いかけたそのとき、コンコンと部屋の戸を叩く音が聞こえてきた。それに反応し、アンナは慌てて俺から離れる。

 ちょっと……いや、だいぶ名残惜しい。


「また後でな……どうぞ」


 アンナとの話をいったん区切り、外にいる人物に入室を促す。戸が開けられた先には、カルロスの姿があった。


「お邪魔じゃなかったかい?」


 カルロスは入室一番、そんなことを言ってくる。あまりからかってきているような印象も受けないし、素直に思ったことを口にしただけなのだろう。

 俺はカルロスに来訪の理由を尋ねる。


「どうしました?」


「食事の用意ができたから、降りて来てくれ」


 なるほど、それで俺たちを呼びに来てくれたのか。

 それだけ言って、カルロスは部屋を後にする。続いて、俺とアンナは部屋を出る。


 一階に降り、案内された先の部屋に用意された料理を見て、腹の虫が鳴る。

 パンにスープにサラダ、それにステーキか。めちゃくちゃ美味そうだ。

 俺はそそくさと席に着き、アンナも遅れて向かい側に座る。


「さあ、召し上がってくれ。食べ終わったら、食器はそのままにしておいてくれればいいよ」


 そう言って、カルロスはどこぞへと行ってしまう。

 さて、久々の食事だ。ゆっくり楽しませてもらおう。


「いただきます」


 食前の挨拶をして、食事を開始する。

 まずはこのステーキだ。備え付けてあったナイフとフォークを使い、肉を切り分ける。大きめの一切れを口の中に放り込み、噛みしめる。

 

 異変に気付くのに時間は要らなかった。


 口の中の肉を何度か咀嚼した後、急いで飲み込む。慌ててスープを一口飲む。駄目だ。空になった口へサラダを少し放り込む。これも駄目だ。パンに齧りつく。ああ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、間違いない。駄目になっている。


「ゆ、ユーマ……どうしたんです?」


 慌てて全ての品を一口食べた後、ぱったりと食事の手を止めてしまうという俺の挙動を不審に思ったのだろう。アンナが不安そうな顔をして問いかけてくる。


「ははっ、笑っちまうぜ……これも代償ってやつか?」


 乾いた笑い声を零し、誰にともなく独り言つ。

 それを受け、一層不安そうな顔をするアンナに、事情を説明する。


「どれもこれも味がしない。味覚がやられちまってるみたいなんだ」

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