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意外な来訪者・後

俺の予想は的中する。女神の下に送られていない俺が異常な力を振るっているのを見て、樋口やクラスメイトたちがそういう疑問を抱かないわけがなかった。


「いろいろあったんだよ、いろいろな」


 俺はあえて誤魔化すことにする。話す必要があるなら話すが、しょせんは忌むべき記憶。今となっては、必要がないなら口外するものでもないと判断した。


「あはは、話してはくれないかぁ」


 樋口は答えを得られず、力なく笑った。


「気にすることでもない……それで結局のところ、お前は何のために俺を追ってきたんだ?」


 まさか談笑しに来たわけでもないだろう。友好的な態度から判断するに、樋口には俺をどうこうしてやろうという気はないようだが、そうなれば俺にどういう用件があるのかは見当がつかなかった。


「そりゃもちろん、悠真っちを連れ戻すために」


「断る」


 間髪入れずに俺は答えた。

 戻る気もないし、戻れるわけもない。俺が王宮で何をしたか覚えてないのか? 今更、どの面下げて俺に戻れというのか。加えて、あのお姫様も黙ってはいないだろう。何より、俺はアンナをカーティフに無事送り届けなくてはならない。結局、戻るという選択は俺にはありえなかった。


「ごめんごめん、さすがに冗談。また悠真っちを危険な目に遭わせかねないしね。いろいろと伝えておきたいこと、聞きたいことがあったから追いかけてきたの。まあ、言ってしまえば香苗のためかな」


 樋口と香苗は大親友と言って差し支えないほどに仲が良い。だから、香苗のためにこいつが動くというのはわかるが、いまいち話が見えてこない。


「そもそも、最初に王宮を飛び出して悠真っちを追いかけようとしたのは香苗だったんだけど、兵士の人たちに止められちゃってさ。隠密行動に優れたあたしが一肌脱ぐことにしたわけ」


「抜け出して来たのか……それがどうして香苗のためになるんだ?」


「悠真っちの目的と行き先だけでも教えてもらおうと思って」


 なるほど、目的と行き先さえわかっていれば、俺を探し出して会いに来ることは可能だろう。それを聞くために、樋口は単独で俺の元にやってきたのか。ここまで来るのも楽じゃないのに大したやつだ。それは素直に感心するが……。


「悪いな。教えてやるわけにはいかん」


 俺の行き先はカーティフ。当面の目的はアンナをそこに送り届けること。それを下手に樋口に教えることで、巡り巡ってアンナに迷惑がかかる可能性も否定しきれない以上、黙秘という俺の選択は必然のものであった。


「香苗が悲しむよ?」


 樋口の呟きにチクリと胸が痛む。あいつを悲しませたくはないが、俺はこう答えるしかないんだ。


「もう俺のことに構うなと伝えておいてくれ。きっとその方があいつのためになる」


 いつまでも袂を分かった幼馴染にこだわり続けたところで、あいつに益はないはずだから。


「ちょっと話に齟齬があるようだけど、意思は固いみたいだね」


「そういうことだ」


齟齬、ってところについてはよくわからんけど。


「それでもあの娘はいつか必ず悠真っちを探しに来るよ? 自分でそう言ってたし」


「……覚えておこう」


 話題が一区切りしたと見て、俺は話を切り替えることにする。


「ところで、伝えておきたいことってのは?」


「そうそう……エルティナ様にみんなで頼み込んで、数日は悠真っちを追わないようにしてもらったの」


 それは非常に助かる。だが、信じてもいいのか? 樋口が嘘を言っているように見えないが、あの姫様の気性からして、俺にそんな猶予を与えてくれるとは思えない。


「え、エルティナ様って……カエデは何者なんですか?」


 アンナが驚愕し、声を漏らす。第一王女の名前が出てきたことで、混乱しているのが伝わってくる。さっきから困ってばかりだなこの娘は。


「ふっふっふ……何てこともない、悠真っちの友人Aってところですよ」


 なぜか胸を張り自信満々に答える樋口。地味にAって上位じゃないのか? 実際、仲良くしていたわけだけど。しかし、強調された大きな胸はなかなかに悩ましい魅力を……いかんいかん、そっちに気を取られている場合じゃない。

 樋口は視線をアンナから俺に戻し、話を続ける。


「本当はもう追わないでほしいって頼んだんだけど、そこまでは認めてくれなくてさ。妥協点を探すのも、あちらがなかなか折れてくれなくて本当に苦労したなぁ……そうそう、特に香苗は必死にお願いしてたよ?」


「あいつが……そうか」


 香苗のやつ、俺の身を案じてくれているのか。俺は勝手に別れを切り出したってのに。まったく、あいつは本当にお人好しだな。まあ、そういうところがあいつの良いところなんだけどさ。


「香苗は悠真っちを襲わせた件でもめちゃくちゃ怒ってたなぁ。エルティナ様の胸倉に掴みかかっていったのはさすがのあたしも焦ったよ」


 幼馴染が過激に過ぎる件について。

 冗談はさておき、そりゃまたすごいことをやらかしたもんだ。


「おいおい、そんなことしたらただじゃ済まないだろうに。大丈夫だったのか?」


「そう思うじゃん? だけどさ、エルティナ様は全然怒らなかったんだよ。釈明もせず、ただ黙って香苗の非難を受け入れていたの」


「そんな馬鹿な……」


いくらなんでもありえないだろ。一国の姫がそんなことされてただ黙っているだと? 俺にしてみれば、あの姫様がそんな殊勝な性格には思えない。


「あたしも知り合って間もないから確かなことは言えないけど、多分真面目過ぎて融通が利かない人なんだよ。正しいと思ったことは何が何でも貫き通そうとする。だから、どんな非難も受け入れるけど、謝罪はしないし、自分の考えは絶対に曲げない。でも、悪い人じゃないと思う」


 樋口の話を聞いて、俺はアンナから聞いたエルティナの評判を思い出す。

 曰く、かなりの女傑で民に慕われているとのこと。そうだ、ただの冷血女であったなら、民に慕われるはずもない。慕われるだけの何かをあのお姫様は持っているということなのだろう。

 だが、どんな高潔な人物であろうと、襲ってくる以上は俺の敵だ。そう簡単に絆されてやるわけにはいかない。


「あたしたち、エルティナ様のために戦うって決めたよ。悠真っちへの仕打ちを忘れたわけじゃないけど、あの人の役に立ちたいの」


 力強く言い放つ樋口。この短期間にそこまで言わせるようになるとは、あの姫様はカリスマ性を持った人物なのだろう。男だけなら美貌のなせる業と言えたのだが、女である樋口まで魅かれてるとなればな。樋口にそっちの気があればまた話は違うが。


「そうか。しっかりやれよ」


「……怒らないの? 悠真っちの敵の味方をするって言っているようなものだよ」


 俺の反応が意外だったのか、樋口は訝しむ素振りを見せる。


「お前たちがそう決めたなら俺から何か言うこともないし、言える立場でもない。ただ、俺の邪魔はしないでくれ」


 そのときはお前たちであろうと、容赦はできないかもしれないから。増してや、アンナに危害が及ぶようなら全力を以って叩きのめさざるを得ない。


「肝に銘じておくね……そっちの娘をいつまでも待たせるわけにはいかないし、あたしはそろそろ帰るとするよ」


 樋口はそう言って、アンナの方に視線を向ける。


「えっと、名前を教えてもらえるかな?」


「アンナです」


「アンナちゃんか。本当に可愛いよねぇ。これじゃ香苗も大変だ」


「はいぃ?」


 つい俺は変な声を出してしまう。

 アンナが可愛いのは確かだが、どうしてそこで香苗の名前が出てくるんだ?


「あなたと悠真っちがどういう関係かは知らないけど、悠真っちのことよろしくね」


「はい……任されました」


 そんなやり取りを交わし、二人は共に優しい微笑みを浮かべる。

 出会って間もないというのに、もう通じ合っているようだ。


「何だい何だい? あんたらは俺の母親かい? あんたらに育てられた覚えはないよべらんめぇ!」


 少し大げさに反応してみる。


「何その江戸っ子テンション。さすがに引くかな~」


「すまん」


 どうやら樋口には不評だったらしい。アンナもどう反応したらよいものか思案しているようだ。


「まっ、とにかく元気そうで良かったよ」


 そう言って、樋口はくるりと窓の外の方に身体を向ける。帰りもそっちからなのか。


「じゃあな。夜も遅いし、気をつけろよ」


「うん……ねえ、悠真っち」


 このまま帰っていくかと思ったが、樋口は一度こちらに振り返った。

 その憂いを帯びた表情を見るに、きっと大事な話があるのだろう。


「どうした?」


 話の続きを促す。


「忘れないで。あたしたちは変わらず、悠真っちのことを仲間だと思ってるから……思い続けているから」


 揺るがぬ意思を瞳に湛え、樋口は宣言した。

 そう言ってくれるのは素直に嬉しく思う。だけど、それを肯定する言葉を返してはやれない。俺がこれから行くのは樋口たちとは違う道だから。


「またね」


 再会を願う言葉を言い残し、樋口は俺たちの前から去って行った。


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