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『危険です! 危険です! 侵入者が宵闇の島に侵入しました! 迷宮管理者は早急に対処をしてください! 危険です! 危険です! 侵入者が――』
警報がけたたましく鳴り響く。迷宮侵入時だけでなく、孤島侵入時にも教えてくれる親切設計らしい。ただし、うるさい。
侵入者が動き出した途端、あっという間に孤島まで来られてしまった。これはファースト達迷宮組は、皆倒されてしまったと見ていいだろう。後で、復活させてあげねば。……私が生きていれば。
復活できるとはいえ、ファースト達が倒されてしまった……いや敢えて、殺されてしまったと言おう。殺されてしまったことに対しては、悔しいとしか感じていなかった。これは、復活できるからなのか、まだ彼らに情が移ってないからなのか、はたまた私の感性が魔王に転生したことによってなのかは分からない。もしかしたら、その現場を見ていないせいで、現実のものとして考えられてないだけなのかもしれない。
それにしても、いくら迷宮組が弱いといっても、瞬殺とは……。流石に冒険者成り立てで、このペースはないだろう。そして、この迷宮があるのは人が来ない森の奥。となると、侵入者は中堅以上の冒険者。それも、ソロで迷宮に挑める実力者。
実際の力量がどの位かは分からないが、ひょっとしたらミルカちゃん一人じゃ対応しきれない……か?
ミルカちゃんもそう感じたのか、決意をした表情で私の前に立つ。
「魔王さまをなんとしても守ります。たとえ、刺し違えてでも……」
「ミルカちゃん、まさか死ぬ気で……」
「私はサポート悪魔。魔王さまの為に作られた悪魔です。魔王さまを死守するのが使命です。……本当は、今後も魔王さまをお側でお支えしたかったのですが……」
「ミルカちゃん……」
私は思わず、ミルカちゃんを抱きしめた。
まさか、出会って間もない私にそこまで言ってくれるとは、思わなかった。力もない私のような魔王の為に死ぬなんて言って欲しくなかった。転生して右も左も分からなかった私を導いてくれたミルカちゃん。ミルカちゃんが居たからこそ、低い自分のステータスのせいで、迷宮を殆ど広げられなくても、心が折れなかったのだと、今なら思う。他の魔物達は私が生きてさえいれば、復活することが出来る。しかし、ミルカちゃんだけは死なせては絶対に駄目だ。ミルカちゃんの代わりは居ないのだから……。
「ミルカちゃんを死なせたりなんかしない。ミルカちゃんが死んで、私だけが生き残っても意味がない。絶対に、二人共生き残るんだ!」
「魔王さま……」
私には一つだけ、勝ちうる能力がある。侵入者が対抗策を持っていたらそこまでだが、その時はその時で、潔く覚悟を決めよう。
目の前で繰り広げられる重い雰囲気に混ざれなかったシルキーは、もの凄く疎外感を感じていたとか。
◆
「城……だと……」
いざ、迷宮主戦だと、扉を抜けたら、青年の目に飛び込んできたのは城だった。
再びの困惑である。
迷宮が孤島に繋がっているなんて、見たこともなければ、聞いたこともない。当然、城があるなんて、想像すらしない。規模が全体的に小さいのは、先程の迷宮のせいで、そこまで違和感はない……どころか、違和感しかなかった。
と、そこで、思考を一旦打ち切らざる負えなくなった。視界の端に映っていた、魔羊四匹が揃って突撃を仕掛けてくるのが見えたからだ。先ほどとは違い統率されていない動きなので、扉を守っていた立派な角の魔羊のような個体はいないのだろう。やはり、あの魔羊だけが特殊だったらしい。
ご丁寧にも、4匹並んで突撃してきているので、青年は特技を使うことにする。
「『スラッシュ』!」
ギリギリまで引きつけて、放った剣技は、剣の長さよりも広い範囲まで斬り裂いた。魔羊達はなすすべもなく、地面に倒れ伏し、煙となって消えた。残った“魔羊毛”を拾い、下級道具石にしまう。
【剣術】スキルをレベル3まで上げて、ようやく得られる特技が『スラッシュ』である。この技は、前方範囲技で、それまで各個撃破するしかなかったのをまとめて葬り去ることが出来るため、大変使い勝手がいい。連続使用が出来ないのだけが難点だが、それは魔法以外の全ての特技に共通することなので、文句は言えない。
周りにはもう魔物が見えないが、念のため【気配察知】で辺りを探る。すると、一匹反応があった。
「どこだ……?」
察知した方向には、枯れ木とキノコ。それだけなら、特に違和感はないが、他の木の近くにはキノコなんか生えていない。周りを見渡しても、キノコが生えているのはそこだけである。
「マッシュか」
青年は正体に確信して、キノコに近付いた。途端、それはすくっと2本足で立ち上がり、体当たりしてきた。それを、青年は剣の切っ先で受け止める。そんなことすれば、必然的にサクリとマッシュは剣に突き刺さる訳で。そのまま、煙となって消えた。
ドロップ品の“ただのキノコ”を拾って、今度こそ、魔物がもういないことを確認する。【罠探知】も使い、罠も確認するが周囲に反応は0であった。
と、なれば。いよいよ、城である。
青年の緊張は先程よりも高まっていた。
普通の迷宮とかけ離れた構成。そして、孤島に城。間違いなく、普通の迷宮主ではない。警戒しない訳にはいかない。この迷宮の主はいったいどんな魔物なのか。
「城に住む迷宮主……いや、待てよ。城と言ったら王だろ? で、魔物の王は魔王。そして、迷宮主だけでなく、魔王もダンジョンを作る……」
頭を回転させる。この世界において、魔物は数多くおれど、魔王というクラスは5人までだ。それぞれに司っている属性があり、欠員はあれど、5人を超えることはない。そして、現在、居場所が分かっている魔王は3人。残りの2人は種族さえ分かっていない。まだ、この世にいない可能性もなきにしもあらずだが。
もし、この迷宮の主が生まれたての魔王だとしたら……。
「もし、あっちだったら……、絶対にギルドに教えてやる訳にはいかねーな」
青年は目を閉じ、そう小さく呟く。
再び、目を開くと、決意を秘めた瞳で、城を見据えた。
◆
「よく来たな。冒険者よ」
私は、精一杯の威圧感を込めて、尚且つ魔王らしい言葉遣いを意識して言う。ミルカちゃんが横に控えてくれているのに、ほんの少しだけ安心感を覚えながら、侵入者の青年を見下ろす。ちなみに、シルキーは寝室の方に引っ込んでいる。
青年は、見たところ、剣士らしい。浅黒い肌に尖った耳、美形の顔。少なくとも人間族ではない。前世の記憶に照らし合わせると、ダークエルフか。初めて会った異世界人がダークエルフとは。少し不思議な感覚だ。
青年は警戒しながらも、私に話しかけてきた。いきなり、斬りかかってくるかと思いきや、意外である。
「お前がこの迷宮の主か」
「ああ、そうだ」
答えながら、すぐに戦闘が始まらないのを幸いに、【鑑定】を行う。《ステータス閲覧》では、配下でない青年のステータスは覗けない。【鑑定】でステータスが見れるかは分からないが、やってみる価値はあるだろう。成功したとしても、間違いなくレベル差が開いている筈であるから、大した情報は得られないだろうが。
▼
sex/男
race/ダークエルフ
job/剣士
Lv.25
▲
【鑑定】が問題なく使用できて、少々安心する。
得られた情報は、見れば分かる性別と種族。後は、職業とレベルか。レベルが見れたのは、僥倖だ。
レベル25。これは、強いのか弱いのか。ヒト族のレベルの基準が分からない為、何とも言えない。いや、弱くはないか。ソロで迷宮に挑んできている訳だし。
青年は、何やら考え込んでいる。魔王を前にしてそんなことしていたら、攻撃されても文句は言えないぞ、と思いつつも私の唯一の攻撃手段となるだろう【闇魔法】(効果未確認)を使ってしまったら、気絶直行コースなので、何も出来ない。だが、ミルカちゃんはその限りではない。
「『ファイア』」
ミルカちゃんの【火魔法】が飛んだ。青年が咄嗟にバックステップした瞬間に、元居た立ち位置に炎が上がった。
これが魔法か。『ファイア』は、少し離れた位置に火をおこす魔法らしい。【火魔法Lv.1】にしては、中々攻撃力がありそうだ。それとも、ミルカちゃんのINTの高さが初級魔法を実戦級の魔法に押し上げているのだろうか。
私がそんなことを考えている間にも戦闘は続く。
「『スリープ』」
灰色のリングが縛ろうとするのを、青年は剣を抜いて斬ることによって、無効化する。
またしても決まらなかったが、【暗黒魔法Lv.1】は『スリープ』らしい。おそらく、効果は灰色のリングで縛った者を[睡眠]状態にするというものだろう。
「『ファイア』!」
ミルカちゃんが三度目の正直とばかりに、再び『ファイア』を唱えるが、青年はそれを危なげなく躱して、駆けてくる。
「『スリープ』!」
私を守るように、玉座の前に移動しながらも、ミルカちゃんは灰色のリングを放つが、それも簡単に破られる。
このままではまずい。私も参戦するべきだ。一回くらいなら私が魔法を使っても、気絶まではいかないだろう。現に、ミルカちゃんは既に4回も魔法を使っているのに、まだまだ元気そうだ。大丈夫だと信じたい。
後は、タイミングだ。使えても一回が限度だと前提して、最も効果的なのはいつなのか見極めるんだ。魔法の効果が分からないのは不安だが、【闇魔法】である。名前からして攻撃的な属性である。確実に初歩の魔法も攻撃魔法の筈だ。そうでないと困る。
「『ファイア』! 『ファイア』!」
唱えた後に、下から炎が上がる魔法である『ファイア』は対象者が動いていると当たりにくい。それが分かっているミルカちゃんは、通るルートを予測して、手前に魔法を発動しているが、青年はそれを軽快に避けながら、迫ってくる。悉く避けられるのは、戦闘経験の差か。
「チェックメイトだ」
眼前まで迫っていた青年の剣がミルカちゃんに振りかぶられた瞬間――。
「『ダーク』!!」
――私は魔法を唱えていた。
「クソッ」
青年はミルカちゃんを斬る事なく、飛び退く。青年の居た位置に、得体の知れない闇が出現する。ミルカちゃんの『ファイア』よりも大分小規模な魔法である。近くにいたミルカちゃんに被害が全くないことからも、そのことが如実に分かる。これがINTの差か。まあ、ミルカちゃんを守れたから良しとする。MPの消費の感じから言っても、後二回は使えそうである。
「『ファイア』」
青年はやや体勢を崩した状態だったが、間髪入れずに放たれた『ファイア』でさえ、少々無理な姿勢で避けた。なんとか距離は出来たが、魔法が全く当たらない。このままではジリ貧である。
この状況を鑑みて、出し惜しみせずに、さっさと使っておけば良かったと後悔しながら、“ある特性”をonにする。今までの対応から言って、対抗策はないはずだ。
「やはりお前が――」
何か言いかけていたようだが、《眠りへの誘い》は容赦なく青年を深い眠りへと突き落とした。