第13話:選ばない
南極へ収束。
選択の意思を定めれば、終わる。
東は止まる。
――父が助かる可能性が、上がる。
そのことが、数字より先に胸に刺さる。
呼吸が、浅くなる。
肺が膨らまない。
喉が乾く。
モニターの赤が濃い。
上昇。
上昇。
止まらない。
テレビが叫ぶ。
〈避難所が水没しました!〉
〈救助は次便で終了です!〉
研究室の誰かが、唾を飲む音。
千里が、呑み込むように息をする。
みことの頭の中で、均衡式の形が勝手に整う。
意識していないのに。
意識しなくても、ここにある。
南極へ収束。
それを定めれば、
東は救われる。
その瞬間、別の映像が割り込む。
西。
千里の家。
三浦の店。
赤子の写真。
「孫だ」
あの笑顔が、突然“代償”の顔になる。
――南極を沈めれば、海は持ち上がる。
――西の水位が、再浮上する。
――同じことが、今度は西に起きる。
呼吸が乱れる。
胃がひっくり返る感覚。
皮膚の内側が、ざわつく。
空気が重くなる。
まだ何も変わっていないのに、
世界が傾く気配だけがある。
ここで意思を定めれば、
何かが確定する。
その手触りが、喉元まで来ている。
東。
西。
どちらも現実。
どちらも人。
みことは目を閉じる。
選べる。
選べてしまう。
それが、怖い。
“選択”は、操作じゃない。
“選択”は、意思だ。
誰のせいにもできない場所を、
自分の内側に引き受けることだ。
意思を置いた瞬間、
世界がその形に固定される。
固定された世界は、
次の災害でも「誰かを代わりに犠牲にしろ」と要求する。
その要求は、いずれ誰かの口から出る。
誰かが、選択者になる。
――その役目を、誰かに渡してしまう。
みことの胸が、きつく締まる。
父の声がよみがえる。
「助ける側に回れ」
でも、あの声の奥には、
言葉にならなかった何かがあった。
本当にそれしかなかったのか。
選ばない方法は、なかったのか。
父は、最後まで答えなかった。
違う。
今のこれは、助けるじゃない。
選択、だ。
選択という暴力を、
世界に残す、だ。
みことは、息を吸う。
吸ったはずなのに、入ってこない。
それでも、言葉にならない言葉を喉の奥で形にする。
――みことの目から涙が溢れる。
――私は。
選択しない。
選ばない。
みことは前世と異なる決断をした。
東水位は、止まらない。
グラフが上がり続ける。
“選ばなかった”代償が来る。
研究室が絶望に包まれる。
神代の呼吸が、細い。
その瞬間――
揺れ。
南海トラフ余震、拡大。
別の警報。
西日本沿岸でも地殻変動。
全国的な小規模多発災害。
河川の逆流。
道路の沈下。
港湾の損壊。
研究室が凍りつく。
神代「……何が起きてる」
誰も答えられない。
理由がない。
理屈がない。
みことは、画面を見つめたまま動けない。
自分は、選ばなかった。
それが、世界を“不安定”に押し戻した。
誰も理由が分からないまま、
現象だけが変化する。
それが、一番、不気味だった。




