第2話 後宮の怪しい茶会と毒の謎
麗華が後宮に着任してから、早くも三日が経った。
今日の後宮は、華やかな茶会の準備で騒がしかった。皇帝主催の小規模な宴で、側妃や高位の女官たちが一堂に会する。表面は和やかだが、後宮では小さな出来事にも陰謀の香りが漂う。
「麗華様、茶菓子の準備が整いました」
侍女が差し出す盆に目をやる。和菓子のような小さな菓子と色鮮やかな茶が並ぶ。――しかし、私は異常を感じ取った。
甘い香りに紛れて、微かに――青白い光を帯びた結晶の匂い。
「これは……毒か」
小さな指先で、茶の表面の水滴をなぞるだけで、成分を感知する能力が働く。――青竜草の残滓に加え、未確認の猛毒が少量混入されている。普通の人間なら絶対に気づかない。
「侍女、すぐに宴を中止してください」
「えっ!? でも皇帝陛下が…」
私は無言で頷き、茶を持つ侍女に差し出された茶器をそっと奪った。その瞬間、控え室の影から誰かの低い笑い声が聞こえる。
「ふふ……麗華様もついに後宮の流れに気づいたか」
振り向くと、長身の宦官が薄笑いを浮かべて立っていた。彼は後宮内で秘密裏に権力を握る存在で、今回の事件の黒幕であることは間違いない。
「あなたが、今回の茶会に毒を仕込んだのですか?」
私の声は冷たく、鋭い。宦官は軽く肩をすくめ、楽しげに答える。
「麗華様は相変わらず恐ろしい。だが、誰が見ても巧妙な手口だろう?」
彼の視線の先には、茶菓子の盛られた盆。確かに、どの菓子にも微量の毒が仕込まれていたが、私の能力をもってすれば即座に解毒可能だ。
麗華は盆の菓子に手をかざし、瞬時に解毒液を生成する。数滴を混ぜるだけで、毒は中和され、誰も害を受けない状態に変わる。
「これで安心です。宴を続けて構いません」
宦官は驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべる。――後宮でこれほどの力を持つ者は珍しい。だが、私は感情的に動くことなく、ただ事件を解決しただけだ。
「しかし、麗華様……どうしてここまで正確に毒を見抜けるのです?」
側妃の一人が、興味と尊敬の混じった眼差しで尋ねる。私は小さく笑っただけで答える。
「……これは研究と観察の賜物です。それに、私の興味は毒と薬の真実を追求することだけ。人を傷つけるためではありません」
その言葉に、後宮中が静まり返る。誰もが、麗華の異質さに驚きを隠せなかった。
宴の後、皇帝は私を控え室に呼び寄せた。甘く落ち着いた声で言う。
「麗華……君の力は、後宮にとって必要不可欠だ」
だが私は、軽く微笑み返すにとどめる。
「ありがとうございます。でも、私は研究が第一です。お気遣いなく」
皇帝の表情に、少し戸惑いが浮かんだことを、私は見逃さなかった。
こうして、後宮での小さな事件は無事に解決した。だが、私は知っている――今回の毒仕込みは、ただの序章に過ぎないことを。
麗華の目は冷静に光った。後宮の陰謀、奇病、毒――全てを解析し、究極の解毒剤を完成させるまでは、決して手を緩めない。
――私の後宮生活は、まだ始まったばかりだ。