第1話 転生毒物学者、後宮に舞い降りる
――痛い。全身が焼けるように熱い。
気がつくと、私は見知らぬ部屋のベッドの上に横たわっていた。天井は高く、絢爛な装飾が施され、壁には唐風の掛け軸がかかっている。どうやら、ここは――後宮らしい。
「お目覚めですか、麗華様」
柔らかくも気品ある声が耳に届く。振り返ると、侍女がひれ伏している。
「……麗華? 私、雫じゃないの?」
自分の名前を口にした途端、身体が奇妙に軽く、声も少女らしいものに変わっていることに気づいた。
そう、私は転生していたのだ。事故で命を落とした水無月雫は、没落貴族令嬢・麗華として生まれ変わっていた。しかも、ただの転生ではない。前世の知識とともに、異世界の神秘的な能力――「あらゆる毒を見抜き、瞬時に解毒薬を生成する力」を手に入れていた。
「……これは、かなり面白いことになりそうね」
心の中で、私は薄く笑った。後宮――政治と陰謀、そして毒と薬が渦巻くこの場所は、まさに私の実験場にうってつけだ。
その日の午後、初めての試練はすぐにやってきた。
「麗華様! 奥様が倒れられました!」
侍女の悲鳴に駆けつけると、後宮の一室で年長の側妃が意識を失って倒れている。表情は苦痛に歪み、呼吸も浅い。明らかに――中毒症状だ。
「落ち着いて。まず、症状を確認して」
私は手早く側妃の脈と舌の状態を診断する。瞬時に、これは青竜草に含まれる神経毒による中毒だと見抜いた。普通の医師なら原因究明に時間を要するところ、私の前世の知識と新たな能力があれば、秒単位で解毒薬を作れる。
「――大丈夫。これで命に別状はないわ」
小さな瓶にいくつかの液体を混ぜ、薬を側妃の口に流し込む。数分後、彼女はゆっくりと目を開け、安堵の息を漏らした。
「麗華様……! 本当に、聖女のようです……!」
――なるほど、後宮の人々にとって、私の存在は「聖女」になるわけね。
しかし、私は心の中で自分に言い聞かせる。
――研究と事件解決こそが目的。恋愛や媚びなど、無用だ。
その時、後宮の奥から、低く甘い声が聞こえた。
「麗華……ずいぶんと、有能な方のようだな」
振り向くと、若き皇帝が控えめな笑みを浮かべ、私を見つめている。
……ふふん。研究の邪魔はさせない。
私は静かに微笑み返す。
「ありがとうございます。ですが、私はあくまで、毒と薬を研究しているだけです」
こうして、麗華の後宮での新しい日々が幕を開けた。陰謀と毒の香りが漂うこの場所で、転生毒物学者の戦いは、今まさに始まったばかりだった――。




