第6話 ボディ……来たか
何かを貫く音が聞こえた。
「……へぇ」
結果的に言うと、即死魔法は俺には当たらなかった。
瓦礫の中から飛び出したボロボロの首無し騎士が、魔王軍幹部……ジャックの身体へ錆び付いた両手剣を突き立てていたからだ。
『ハァ……ハァ……』
俺の手元で、ブランさんが息を荒げる。
首無し騎士の攻撃によって逸れた即死魔法は、俺ではなく、俺が手元に抱えたブランさんの頭部に当たったようで。そのフルフェイスの兜には大きな亀裂が生じていた。
アンデッドのブランさんには即死が効かないようだが、魔法そのものに多少の威力はあったらしい。
「きしし……こんな所に埋まってたなんてね……〖レイスナイト〗の抜け殻、ブランカ・リリィベルの肉体よ……死体がたくさんで気付けなかったよ」
ジャックがギザ歯を見せて笑うと、何事もなかったかのように、刺さった剣から身体を引き抜いた。
その大きな傷跡には、血の一滴も生じておらず。
くるりと全身を回すと、まるで手品のように傷跡は跡形もなく消えていた。
『くっ……』
手元のブランさんが悔しそうに唸ったのと同時に、首無し騎士はその場から飛び退き。俺たちをかばうように、ジャックとの間に立ちふさがる。
どうやらあれが、ブランさんの埋まっていた肉体らしい。
俺より高い身長に、風化して剥がれ落ちた鎧から覗かせる、鍛え抜かれた体躯。
アンデッドになった為か、肌の色こそ不健康そうなものの。
筋肉で引き締まった女性的な肉感が、張りのある巨乳と腰のくびれから魅力的に見え……。
「……えっ、ブランさんって女だったの?」
『やっぱり気付いてなかったのか!!』
フルフェイス兜の奥から甲高い悲鳴がこもる。
同時に兜が割れて、中から色素の抜けた白髪の美女が姿を表した。
その顔立ちは優しそうな目元を凛と引き締めた美しい佇まいで、なぜか涙目なのを除けば、フィクションの女騎士とはかくあるべしと言った見た目だった。
あれっ!?
俺さっきまで20〜30代くらいのおっちゃんだと思って接してたんだけど。
冷静に考えたらスタイルの良い美女の頭部を抱きしめていた事になる訳で……。
あっ、なんか緊張してきた!
駄目だ! 童貞には刺激が強すぎる!
「ブランさん、俺いま、別の意味ですごくトイレに行きたい!」
「何を言ってるか分からんが落ち着け! 今はふざけてる余裕はないだろう!!」
上品な声音で頬を真っ赤にしながら叫ぶと、ブランさんの身体は俺から頭部をひったくり。
自身の肉体へつなぎ合わせて、マントの切れ端でぐるぐると巻き付ける。
デュラハンとは言え、流石に頭部が無いとマトモに戦えないらしい。
「きししし……相当深く瓦礫の中に埋もっていただろうに、こんな簡単に抜け出してくるとはね。それほど誰かを守れないのが悔しいのかい? 流石は何一つ守れなかった最強の女騎士様だ」
「……私を煽れば冷静さを欠くと思ったか? であれば正解だ。今にもその首を跳ね飛ばしに行くぞ」
「君の身体、ずっと地面に埋まってたから、なんか臭いよ」
「殺す」
「おっと危ない」
泣きながらブチ切れた!
ブランさんの激昂に合わせて、彼女の首元から黒い炎が大きく吹き出す。
その後彼女はクンクンと自分の匂いを確認した後、
「クロエ君! 本当に私は臭いのか!? その辺、クロエ君的にはどうなんだろう!?」
そう言って涙目で俺に叫んでくる。
自分のニオイを気にする辺り、なんだかんだ乙女な人のようだ。
確かに、アンデッド化した事で臭くなったかもしれないと思えば、女性としては不安だよな。
ここはフォローしておくか。
「大丈夫だよブランさん。ブランさんが臭いのは腐臭のせいじゃない。これは多分汗の臭いだ。健康オタクのおっちゃんみたいな臭いだからアンデッド化は関係ないと思う。きっと元からだ」
「あああああああああ!!」
ブランさんが頭を抱えてうずくまった。
こういうのは、正直に言った方が後々拗れないよな。うん。
「……きし、痛いねぇ。その涙目で射殺すような視線も、さっき受けた傷も……でもね、最強の女騎士と謳われた者の攻撃にしては……ほんのちょっと痛いだけ。それで済むのはおかしくないかな?」
そんな俺たちを見て。
ジャックは先程両手剣で貫かれた部分をこれ見よがしにさすると、まったく痛くなさそうに笑った。
こいつシリアスな雰囲気に戻すの上手いな。
「……何が言いたい」
「……弱体化してるねぇ。それもかなり。魂が抜け落ちた上に、中途半端にアンデッド化した事で聖騎士のスキルが使用不可……いや、これはマイナスに働いているのかな? 今の君はレベル20の冒険者にも満たないだろう。この街の雑魚アンデッドを相手どるには十分だろうけど、それじゃあ僕には勝てないよ。中途半端に人間にしがみついてるから、完全な魔物になりきれないのさ。仮初めの心なんて捨てちゃいなよ」
「何をたわけた事を!!」
「そもそも生前の君って僕の軍勢を単騎で抑えに行った脳筋ゴリラじゃないか。元から人間じゃなさそうなのに今更こだわる必要もないだろう?」
「えっ。ブランさんってゴリラの獣人♂だったのか!?」
「獣人♂でもないしゴリラでもない!! いくら私が男扱いされやすいからと言って限度があるだろう!! 貴方がたは仮にも女性への扱いがなってない!!」
「だって僕人間じゃなくて魔王軍だし」
「だって俺年齢=彼女いない歴だし」
「うるさい! そこへ直れっ!!」
ブランさんは顔を真っ赤にしながら錆び付いた剣を振り下ろす。
もちろん俺ではなくジャックへ。
一瞬こちらに敵意が向いた気がしないでもないが、心の清い俺が攻撃される理由はないのできっと気のせいだろう。
だが……、
「剣速も遅いね。さっきは不意を突かれたけど、攻撃系のスキルまでマイナスに働いてるのかな?」
ジャックはそれを難なくかわす。
顔色を戻したブランさんは続けざまに横薙ぎを繰り出すが、最小限の動作で避けられてしまい、剣圧が空を裂く音だけが牢内に響く。
「くっ……」
そのまま白髪をなびかせ、さらに連撃を畳み掛けるが、どれも涼しい顔であしらうジャックに、苦しそうな顔で応戦する。
「さて……ぼちぼち反撃してみようかな」
ジャックはそう言うと。
懐から指揮棒のような小さな黒杖を取り出し、攻撃を避けながら流れるような動作で振りかざす。
「《音階魔弾・攻撃魔法》」
ポゥッ――!
杖の先からいくつもの黒い光が宙に浮かび。
指揮者のような杖の振りに合わせて、テンポよく弾け飛んだ。
「……ッ!」
無数に飛来する黒球に対し、ブランさんは剣を盾にして何度も撃ち払う。
「ふむ……防御動作は攻撃を先読みしてカバーか。……けれど、生前より弱いのは確かだ」
重苦しい音。小気味よい音。様々な音色を鳴らしながら。
逸れた魔力塊は、地面へ墜落して衝撃と共に綺麗な音が舞った。
「今のはひょっとして魔法か!? それをブランさんが剣で弾き落とした……!」
始めて見るファンタジーらしい攻防に、不謹慎ながら心が踊る。
しかし、ブランさんの動きはどこかぎこちなく見える。
まるで鉛でも背負っているかのように、身体がうまく動かせていないような……。
これもアンデッド化とやらの影響なのか?
さっきはスキルがマイナスに働いてるとか言ってたが……。
「くそっ……俺も何か加勢を……」
しようとして、足を止める。
武器も有用なスキルも持たない俺が行ったところで加勢になるのだろうか?
俺より強そうなブランさんが苦戦してるのに、足手まといが増えるだけじゃ……。
「クロエ君! 貴方はここから逃げろ! 元々この街から逃がす約束だったハズだ! 私がこいつを食い止めている間に早く!」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、ブランさんは剣を振りながら叫んでいる。
「きしし……食い止める? 随分と大きく出たものだ」
ジャックは相変わらずリズムにノッて杖を振りながら、優雅な音色と共に魔法攻撃を繰り返す。
防ぎきれなかった分の魔法が襲い、ブランさんは所々から血を流していた。
……ってこれホントにやばいって!
「血……か。上位のアンデッドほど人間の真似事が上手くなるけれど、やはりデュラハンともなれば別格だねぇ。そこまで人間らしさが恋しいのかい? それとも無意識かな?」
「黙れ……ッ!」
「それにここから逃げてどうなるんだい? 外にはいつでも僕の支配下になれるアンデッドがうようよいるし、外壁にはこの街最強のアンデッドである〖レイスナイト〗が陣取っている。即死魔法は外したけど、そこの少年の力量はだいたい分かったつもりさ」
……ん?
なんか急に俺の話題になったな。
「俺がなんだって言うんだよ」
「君の力量じゃあ、この街のアンデッドどころか、最低ランクの討伐指定モンスターであるスライムにさえ、1対1で勝てないだろうねって話さ」
なるほどなるほど。
俺はレベル1の無職の上に、スライム以下のゴミカスって事が判明したと。
「……はぁ!? 俺ってスライムより弱いのかよ!!」
ちょっと待てよ?
確かに女神様は俺のステータスを気まずそうにゴミカス判定していたが、まさかスライムより弱いとは思わなかった。
ますます魔王軍幹部とか言うジャックに勝てる訳ねぇ!
「一緒に逃げようブランさん! このままじゃ本当に二人ともやられる!」
「私の事はいいからクロエ君だけで逃げろ。騎士が人を護って果てるなら本望だ」
「ああくそっ! そういう事言いそうだと思ったけど!! どのみち表にもアンデッドがいるから俺一人じゃ逃げられないんだって!」
「だが二人一緒に逃げるのをジャックが見逃すはずはない」
「くそっ……そうだよなぁ!」
完全に詰んでる。一体どうすれば良い!
そうこうしてる間にも、ジャックは不敵な笑みを浮かべている。
「それにねぇ……この街のアンデッドは全て〖不死の支配者〗である僕の支配下にあるも同然さ。それを今から教えてあげようか」
ジャックは楽しそうに告げると、軽快なステップで数歩下がり、杖を持ったまま大仰に両手を広げて見せた。
「さあ! 死神執行部隊の公演を始めよう。先ずは死者を呼び覚ます音色を奏でようとも。スキル発動! 【アンデッドメイク】!」
オルガンのような音色と共に。
ジャックの指揮に合わせて、地下牢の瓦礫からたくさんの死体が這い上がってくる。
それを見て、ブランさんは苦しそうに唸る。
「……っ」
コイツ! アンデッドを自在に生み出したり操ったり出来るのか!
「お次は円舞曲の時間さ。【アンデッドテイム】!!」
ジャックがさらなる指揮を取るのと同時に、ブランさんの動作が他のアンデッドと同様にピタリと止まる。
……まさか。
俺がそちらを見やると、ブランさんは苦悶の表情を浮かべながら、何かに抗っている様子だった。
「まさかブランさんまで操れるのか!?」
「そのまさかさ。僕は〖不死の支配者〗だよ? ネクロマンサーの最上位種にして、〖吸血鬼公爵〗に並ぶアンデッドの頂点。いくら〖デュラハン〗が上位のアンデッドとは言え、〖レイスナイト〗をも従えられる僕に操れない道理は……」
「くっ……お……おォ!!」
「!」
ブォン!
ブランさんの一喝と共に、繰り出された両手剣がジャックを襲う。
が、これまたひらりとかわされてしまった。
「へぇ……アンデッドルーラーである僕の支配に耐えられるなんてね。腐っても国一番の女騎士と言われただけはある。どうやら精神面の弱体化は期待しない方が良さそうだ」
ジャックはそう言うと、他のアンデッドを盾にして前進させる。
くそっ! しぶとい奴だ。
けど、ブランさんがジャックの支配に耐えられると言うのは助かった。
ただでさえ人数も戦力差も絶望的なのに、味方が居なくなるのは精神的にも耐え難い。
「……心配……するな……クロエ君。私はたとえ差し違えてでも貴方を守る」
肩で息をしながら、苦しそうに敵を見据えるブランさん。
全身はボロボロで、汗と血でベトベト。
攻撃もマトモに当たってないと言うのに、この人は絶対に俺を守るつもりだ。
けどそれを見ても、俺の不安は消えない。
苦しそうに戦う彼女を見て、後ろで安心できるほど俺は能天気じゃない。
「…………やっぱりちょっと匂うな」
「クロエ君!??」
ブランさんが涙目になる横で、俺は考えを巡らせる。
何に対してと言われると言語化できないが、俺は先程からなんとなくイライラしていた。
思えば俺の人生は上手くいかない事ばかり。
勉強はできない。スポーツもダメ。
努力しても報われないと言うか、そもそも頑張りを褒められた経験や成功体験が少ないのでやる気が出ない、駄目な人間だ。
ゲームが好きと言っても、大会で優勝したり、世界記録に挑戦できるほどの巧者でもない。
要するに胸を張って誇れる特技が殆ど無いのだ。
唯一音楽だけ褒められた覚えがあるが、別に楽器が演奏できる訳でもなく、単に「黒江君って音感があるのねー」程度のもの。それでも有頂天になった俺は楽器を勉強しようとしたが、リコーダーのタンギングで断念した。
才能はないし、努力もできない。
学校のテストで最下位を取った時、俺は自分がダメすぎて生きてる価値が無いんじゃないかという考えが頭をよぎった。
……けれど、そんな時。
親が登録してくれたサイトで、一つのネット小説に出会った。
別になんてことのない、粗雑な文章で、ありふれた話の底辺小説。
主人公はいい加減なニート男で、「今日の俺は駄目でも、明日の俺がなんとかしてくれる」「明日の俺が笑ってたらそれでいいや」と笑う、そんなキャラクターだった。
けれど、その主人公の言葉に、何故か俺は心打たれた。
だめじゃんと思うかもしれないが、感動ってのは理屈じゃない。
自分より駄目そうな奴でも、楽しそうに生きる事はできるのだ。
だから俺は座右の銘を掲げた。
『明日を笑顔でいるために』
スッと頭に浮かんだ、どこか懐かしさを覚える文言を心に宿して。
ひょっとすると俺は、前世でもこの言葉を口にしていたのかもしれない。
『明日を笑顔でいるために』涙は今日で枯らしてしまおう。
『明日を笑顔でいるために』前を向いて生きて行こう。
たとえ今日が駄目な日でも、明日も駄目とは限らない。
笑うことくらいなら、俺にだって出来るんだから。
「…………」
俺は今、とてもイライラしている。
せっかくの異世界なのに貧弱なステータスで何もできないから?
……ちがう。
いきなり魔王軍幹部級とエンカウントして死にそうだから?
……違う。
ブランさんが俺の為に戦ってくれてるのに、苦戦してる彼女へ加勢もできないクソザコな自分だから?
……ちょっと違う。
ああ、ちょっとだけ分かってきた。
「……今を頑張らなきゃ、明日なんて来ねぇよ」
俺は震える拳をグッと握りしめる。
『明日を笑顔でいるために』
俺は今ここで、勇気を振り絞らなければいけないんだ。
そんな単純な事に気づきそうで気づけなかったから、俺は自分にイライラしていた。
だったら話は簡単だよな。まず動かなきゃ。
「……俺に出来ること全部やって……明日を笑顔で迎えるぞ。……ブランさん!!」
そのまま苦しそうに戦う彼女の元へ、力強く駆け出した。
「なぜこっちへ来たクロエ君! 早く逃げないか!!」
「……なあブランさん。ゲームとかの主人公ってさ。当然のように誰かを守りながら戦うんだけど、ブランさんはあんまし主人公っぽくないんだよな」
「急に早口でどうしたんだ!?」
ブランさんは驚いた声で聞き返しながらも、視線はジャックの方を向けたままだ。
ジャックは余裕そうな表情でこちらの出方を伺っている。明らかに俺達を舐めていた。
「……なんかさ、主人公……ヒーローってのは笑顔が大事だなぁと思うんだよ。守るべき相手を安心させるように笑うっていうかさ。心の余裕を見せる事で、相手を安心させ、敵を威圧するんだ」
ブランさんの笑顔は見たことない。
別に彼女にケチをつけたい訳じゃないが、単純に苦しそうに戦ってる姿を見て、なんだか俺まで苦しくなってしまった。
「……笑顔、だと? 何を言うかと思えば」
俺の言葉に対し、ブランさんは自嘲気味に笑う。
「それは守られた者が見せる顔の事だ。我々のような戦う者が浮かべていい表情ではない。楽しそうに戦うなど不謹慎だ。気を緩めず、己を律し、心を殺して、ただ守るべきモノの為に勝利を掴み取る。そこに笑みを浮かべる余裕などあるものか」
「さっき普通にブチ切れてたのは……」
「うるさい」
「はい」
ブランさんは相変わらず俺に背を向けたまま話す。
確かにそれも正しいのだろう。
けど……。
「……それに、私には笑う資格などない。この街を……私が守らければならなかった約束を……そこに生きる人々を守りきれなかった。朝、鍛錬に付き合ってくれた部下や冒険者たち。走り込みをする我々へ激を飛ばした商店通りの男たち。街の見回りをキラキラと見つめてくれた子供たち。いつもご苦労さまと差し入れと共に労ってくれた女たち。私は……私は、何一つ守れなかったッ! こんな私に、今を笑う資格など……」
「あるよ」
笑ってはいけないのは年末の番組だけだ。
誰にだって、笑顔の権利はある。
俺は一歩前へ踏み出と、
「……ちょっと見ててくれ、ブランさん。今から俺が、このクソッタレな場をひっくり返すかもしれないから」
そう言うと、俺はポケットに手を突っ込んだ。
……ひとつだけ。
俺はこの状況をどうにかできるかもしれない可能性を、思い出していた。
それはあまりにもバカらしくて、上手くいく保証もない方法だ。
けど、やらずに死ぬより、やって後悔した方が全然マシだ。
なぜなら俺は、普段からやって後悔しまくってるからな。そんなの慣れっこだぜ。
俺は無言でブランさんの横に立つと、
「変態の呼吸。性癖歴一閃」
ポケットから女神様の下着を取り出して頭に装着した。
「…………は?」
俺の突拍子もない行動に、辺りはシンと静まり返る。
「――プッ……きししししし!! え!? 突然シリアスな空気に水を差して何してるの!? 君ってばバカだねぇ!!」
……チッ。笑ったのはジャックだけか。
「おいクロエ君!! 私の話を聞いていたのか!? なぜ急に女性物の……下着を取り出した! そして取り出すならまだしもなぜ頭から被った!?」
「ブランさん。これはパンツを被っているんじゃない。男の夢を被っているんだ」
「それっぽい事を言って誤魔化すな! なぜ貴方がそんな物を持っているのかと問いたい事は山程あるが、命のかかっている危ない時に、ふざけているのが一番問題なんだ!! 悪ふざけなら今すぐやめなさい!!」
ブチギレて正論で詰め寄るブランさんを前に、俺は極めて真面目な表情で答える。
「ブランさん。俺はたぶんバカだと思う」
「たぶんではなく確定だバカ者!!」
「そんなバカな俺だからこそ言いたい。笑顔って健康に良いらしいよ」
「いくら生前の私が健康オタクだからと言って、時と場合を考えて欲しい! 空気の読めない人だな貴方は!!」
「あと俺の故郷には笑う門には福来るという言葉があってだな……」
「もういい! 大人しくしていろ!」
ジャックは腹を抱えて笑い転げていた。
くそっ、困った。
こういう時、ゲームの主人公とかなら気の利いた事をスラスラと言えるんだろうが、俺は馬鹿だからちっとも言語化できていない。
こうなったら直球で言ってみるか。
「ブランさん」
「何だッ!!」
もうすっかりブチギレてるようだ。
「ブランさんを励ましたいけど何を言ったらいいか分かんない」
「そうだろうと思ったが逆効果だ! 見ろ私の顔を! 怒りで真っ赤だろう!!」
うん。めっちゃ怖い。
「……でも苦しそうにしてるよりはまだマシかなぁって」
「何処がだ!! 怒りを通り越して呆れてくるぞ!!」
「だってちょっと楽しそうに怒ってるし」
「……は?」
ブランさんは自分の顔へ咄嗟に触れる。
わずかに上がった口角に触れて、指先がピクリと震えた。
「笑う事のない人生って苦しいし、笑ってない人に助けられても笑いづらいよ、たぶん。やっぱり笑顔につられて笑う方が効果的だと笑うって……じゃなくて思うって」
笑うがゲシュタルト崩壊して言い間違えたのは置いといて。
俺は頭からパンツを外して、それを強く握り締める。
そして、
「じゃあ悪ふざけはこれくらいにして……」
「やっぱり悪ふざけだったのか!?」
……さて、仕上げだ。
ここから俺はもっとアホらしい事をする。失敗したら本物のバカだ。けど俺はやるぜ。元からバカだからな。
このパンツは、女神様の脱ぎたてパンツ。
それが何を意味するのか。
「……どんなに過去が辛くても、今を笑っちゃ駄目な理由にはならねぇ。どんなに今が苦しくても、未来はきっと笑えるはずさ。辛い時こそ、バカやって笑うんだ。そして嫌な事がバカらしくなったら、また明日頑張ろうって気になれる。だから俺は自分に正直なバカでいるぜ。『明日を笑顔でいるために』!」
「……ッ!! マリィと同じ言葉……!」
バッ!
ブランさんが目を見開いたのと同時に、俺はその場から駆け出すと、パンツを振り回しながらゾンビの一体へ叩きつけた。
「きしししし最高だよ君ィ! 死ぬと分かってそんなアホみたいな変態行為で場を盛り上げるなんて……」
ジャックが言いかけたその瞬間。
カッ!!
眩い光に包まれて……女神様の聖なるオーラを蓄えたパンツを叩きつけられたゾンビは、安らかな笑みと共に、音も無くその場から崩れ去った。
「「!?」」
ブランさんとジャックが驚愕の表情を見せる。
どうやら上手くいったらしい。
「……こいつは女神様の脱ぎたてパンツだ」
だから、女神様の神聖なオーラが残っているんだよ。
ゾンビを浄化できる程の力がな。
俺はその場から立ち上がると、ゾンビの腐臭でちょっと臭くなったパンツをつまみながら、ドヤ顔で満面の笑みを浮かべた。
「……さぁ、異世界おパンツ無双の始まりだ」
【本日の更新(4/4)】
次回は明日の08:02頃に投稿したいでパンツ。
間に合わなかったら08:20に予約投稿しときます。