第22話 祭日の裏で
「おー! なんかいかにもヨーロッパの祭りって感じだな」
朝の鍛錬を終えた俺たちは、エーテル教の祭日で賑わう城郭都市をぶらついていた。
カラフルな三角の旗(フラッグガーランドって言うんだっけ?)が紐状に吊るされ、あちこちから食べものを焼く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
このスコーリオ地方は果実酒や菓子類など嗜好品の産地だって話があったが、こうして祭日の食事として並んでいるのを見ると、お腹が空いてくるものだ。
広場ではすっかり元気になったクリスティアお嬢様が、女神様に捧げる聖唄というものを詠み上げて、祭りの開始の合図となった。
「綺麗な歌声だったよなぁ、クリスティアお嬢様の聖唄」
「クロエくんは音楽への関心が強いようだな。私もアンデッドとしてダメージを受けてでも、聞いた甲斐があった。スコーリオ地方の至宝と称されるのも納得だ」
ブランさんは感慨深そうに腕組みしながら頷く。
涼しい顔してダメージはしっかり受けてたようで、それをいっさい表に出さないのは流石っすね、という感想しか湧かない。
「……そう言えばクロエくん、始まる前に何やら不思議な板を触っていたが、あれはなんだったんだ?」
「ああ。スマホの充電が切れる前に、記念に録音でもしとこうと思って――」
ついでにブランさんとツーショットで自撮りもしておいた。
写真を見せると、「な、なんだこのすごい板は!」的な、現代テクノロジーに触れた異世界人のテンプレ反応を見せてくれて大変満足です。
直後に「閃いた! これは何か筋トレに活かせないだろうか」とか言い出したのには恐怖を抱いたけど。
「クロエ様。ブラン様。お二人共ここにおられたのですね」
スマホをポケットにしまうと、ユノリアがこちらに気づいて、ぺこりと小さくお辞儀する。
「やあやあユノリアちゃんにお二人さん! 楽しんでるかなぁ? 美味しい×6 焼きたてのお菓子はいかが?」
ついでにシルヴァのおっちゃんも、何やら籠いっぱいの食べ物を抱えて、こちらに歩み寄ってきた。
「おっ! 美味しそう! これシルヴァのおっちゃんの奢り?」
「そうだよ。先日の祝勝会も兼ねて、皆で軽食でもどうかなと思ってねぇ」
「……シルヴァ様。今回はツケじゃありませんよね」
「あはははは」
この笑みはどういう意味であるか。
それはこの場の誰も、考えたくなかった。
……と言うか、リュパンツや悪魔撃退の報酬を領主様から貰ったんじゃなかったっけ?
「……ではあちらのテーブルを使わせてもらおうか。クロエくん。椅子は木製と空気製のどちらが良いだろう」
「当然のように空気椅子を選択肢に入れるの辞めてくれない?」
……という訳で俺達四人は近くのテーブルの椅子に腰かけ(←空気椅子回避成功)。
祭りの喧噪を背景に、会話混じりに軽食を楽しんだ。
「――そうそう。クリスティアお嬢様が全身鎧を着て冒険者として紛れ込んでいたじゃない? おじさん、その姿に見覚えがあってギルドに確認してみたら、なんと悪魔憑き関係なく、前々から、お忍びで冒険者活動をされていたのが発覚してねぇ……。
『――全く誰に似たのだ!』って、領主様はカンカンだったよ……」
シルヴァのおっちゃんは、何やらしなびた顔で衝撃の事実を話す。
領主様とマブダチらしいし、たぶん長時間に渡って愚痴とか聞かされたんだろうな……。
「……って事は、あの細身のお嬢様が、あんな重そうな全身鎧を着ながら戦えるのか。……男として、自信なくなってきた」
純粋な筋力とかではなく、異世界らしく魔力的な何かで身体を強化しているのだろうが、いずれにせよ今の俺にはできない芸当だ。
「大丈夫だぞクロエくん。今からでも私と共に地獄の筋トレ生活24時を毎日こなせば、筋力魔力精神力ともに人間を超越した存在となれるだろう」
「ああ。無事に生き残ることができたらな」
なにせ初めから人間を超越した存在向けのトレーニングなもんで、前提条件が違う気がする。
ブランさんは一体俺をどんなモンスターに育て上げたいのだろうか。
「……そう言えば、クロエ様はお酒をお飲みにならないのですね」
シルヴァのおっちゃんやブランさんはガブガブ飲んでいるが、俺とユノリアは普通の果実ジュースを飲んでいる。
ユノリアの口ぶりだと、この世界は俺くらいの年齢なら飲酒OKみたいだ。
彼女が飲んでないのは、シスターという立場からだろうか?
「――まあ俺の故郷は20歳未満は飲酒しちゃ駄目だし。だから俺も、お酒は20歳になってからって決めてるんだ」
すると、ブランさんが意外そうに目を細める。
「……真面目だな。意外だ」
「いや、だって20歳になる前に飲むと成長の妨げになるって聞いたからさ。俺、身長はブランさんくらい欲しい」
「私と同じくらいか。……今から伸びるのか?」
目線を下げながら言うブランさんに対し、俺は静かにブチ切れる。
たとえ世界が違っても、(身長を)持つ者は持たざる者の気持ちが分からないみたいだ。
おもしれぇ……。
その無自覚な煽り、いつか見下ろして見返してやんよ……!
目指せ、ブランさん超えの身長。
「ちなみにブランさんって身長どのくらい?」
「170……いくつだったかな……」
なるほど。
俺より10cm以上高いのか。そうかそうか。
ちなみに俺は158cm(16歳)ね。
「……どうしたんだクロエくん? 急に椅子の上で正座して」
「俺がブランさんを越えるのは無理な気がしてきたので、出過ぎた野望を抱いたことを反省しております」
「???」
まあ俺の個人的な話は一旦置いておこう。
「そういや話は変わるけどさ、宿屋で聞いたんだけど、リュパンツ達が捕まったらしいじゃん」
「ああ。私たちと別れた後、何者かの襲撃に遭い、樽に詰められて気絶した状態で衛兵に発見されたという話か」
ブランさんが補足すると、ユノリアも食事を中断して、表情の薄い貌に影を滲ませる。
「……消耗されていたとは言え、あの方々ほどの手練れをまとめて捕らえられる実力者は限られるかと」
「そうそう。それでふと気になったんだけど、上級悪魔に魔法陣越しで命令してた、ファントムとか言う悪魔がいたじゃん。俺としてはそいつが何か関係してるんじゃないかって思ったけど……」
こういう話に詳しそうな占い師のチィディさんを訪ねたかったが、どこにいるのか行方は知れなかった。
牢屋のリュパンツ達も今はまだ意識が戻らないようで、話は聞けない。
「ああ。おじさんもそのファントムとやらは気になっていてね。冒険者ギルドの資料をあたってみたけど、どうも殆ど表に出てこない悪魔らしいんだ」
「教会でも教祭父エリク様主導の元、悪魔憑きに関連する様々な事柄を調べ上げております。やはりあのファントムという悪魔を倒さない限り、一連の事件は解決したとは言えないでしょう」
どうやらすぐにでも解決できそうな話ではないらしい。
……そうして食事は終わり、俺たちは今後の事について話し合う。
まず俺とブランさんへの疑いは完全に晴れたらしく、封印されていたブランさんの『呪剣アダマス』も、そのうち返してくれるそうだ。
次に俺たちの冒険者登録も正式に認められ、元S級冒険者であったシルヴァのおっちゃんの紹介を加味して、始めからC級という、冒険者の中でも中堅に位置するランクで登録させてもらえるらしい。
ユノリアもC級なので、機会があればパーティを組む事もあるだろう。
「それでこれがギルドから預かってきた、冒険者の証だよ。『イキリパンツ太郎くんによろしく』と、支部長もおっしゃられていてね」
「おいちょっと待て。なんで既に冒険者ギルド側がその蔑称を認知しているんだ?」
俺の事をイキリパンツ太郎呼びした奴は限られていたハズ……。
「あ、それ広めたのおじさんね」
「お前かァァァァァァァァァ!!」
リュパンツ達が言っていたのを横でバッチリ聞いていたようだ。
……何はともあれ、俺は正式に冒険者になった。
今後はギルドから依頼を受けて、冒険者として悪魔と戦う時がくるかもしれない。
「じゃ。おじさんはこれから、エリク教祭父と話があるから」
テーブルの上の食事を片付けると、シルヴァのおっちゃんはあっけらかんと笑いながら、俺たちと別れた。
ファントムへの対策について、教会側と冒険者側で話し合うのだろう。
――そういや会話の中でこのエリク教祭父って人の名前が何度か出てきたけど、多分、この街の教会の責任者……って事で良いんだよな?
「なあ、ユノリア。エリク教祭父ってどんな人なんだ?」
「とてもお優しい方です」
ユノリアに聞いてみると、彼女は無表情ながらも、どこか感慨深そうに視線を下げる。
「……お二人には、わたしの身の上をお話します。わたしは、幼い頃の記憶がないのです。10年前、何者かの襲撃を受けて母を亡くし、記憶を失ったわたしの身を、エリク様は教会で引き取ってくださいました。……その時の情景は、わたしの最初の記憶として、今も脳裏に焼きついております」
彼女はポツポツと語りだす。
――最初に感じたのは、命の脈動が途絶える静寂。
幼いユノリアを力いっぱい抱きしめたその女性は、安らかな笑みをたたえたまま、静かに、眠るように事切れていた。
――次に聴こえたのは、何かが灼けて崩れ落ちる脆音。
成人女性と未成熟な子供。
たった二人、慎ましやかに暮らしていたと思われる母屋は、思い出ごと焼却するかのようにがらがらと無情に崩れ去る。
――最後に目に映ったのは、鬼のような形相で息を切らす、一人の男。
……初めは、彼がユノリアたちを襲った相手なのだと思ってしまった。
しかし、どうやら違ったらしい。
彼は襲撃者を追い払い、ユノリアたちを助けた恩人であったようだ。
「……じゃあ、その時助けてくれたのがエリク教祭父だったのか?」
静かに尋ねると、ユノリアは緋色の瞳をわずかに逸らす。
「いえ。その時助けていただいた男性は……、…………」
…………?
ユノリアの言葉は突然中断され、そのまま彼女はしばし固まる。
不審に思い、ブランさんと顔を見合わせた俺は、なにやら額にうっすらと汗を滲ませる彼女を呼び掛けた。
「ユノリア、大丈夫か?」
「まだ先日の疲れが抜け切っていないのだろうか……?」
「――いえ、なんでもありません。……少々立ち眩みがしただけのようです」
ユノリアの様子に疑問を抱きつつも、表面上は他に変わった所は見受けられない。
「体調が悪いなら一応、教会まで送ってこうか? 歩けないなら、俺がおんぶして連れてってやるから」
「ああ。何かあってはよくないからな。……クロエくんが妙な事をしないよう、私も付き添おう」
ブランさんは俺を何だと思ってるんだ。
「……クロエくん。以前君が自分で言ったことを憶えているだろうか」
「おっぱいのデカい娘しかおんぶしない主義?」
「……言い換えるなら?」
「おっぱいのデカい娘をおんぶしたい!」
「……わたし、自分で歩けます」
たぶん、ゲームだと俺への評価が下がった音がしてる。
「いや……! 紛らわしいけど、今のは純粋に心配したのであって――!」
「そうだったのか……、それはすまなかった……。……だがまあ、日頃の行いがクロエくんの印象を決めてしまうので、そこは気を付けた方が良いと思う」
ごもっともです。
「…………ま、まあ。真面目な話、無理はしないようにな。何かあったら、ブランさんにおぶってもらえよ」
「いえ。……本当に、少し立ちくらみがしただけですので」
それでもまあ、念のため、俺たちはユノリアを教会まで送っていく事に。
「……すみません。このような時は申し訳なさそうな顔をするか、笑みを浮かべて礼を述べるのが筋ですのに。この通り、わたしは表情が薄く……」
「ユノリア?」
「……こんな性格だから、わたしには友人と呼べる相手が一人もいないのでしょうね。わたしが数字を数えるのは、数えている間、寂しさを紛らわせているだけなのかもしれません――」
……心なしか、無表情ながらも今の彼女はどこか、しおらしい。
体調が悪いと気持ちまで悪い方に落ち込んでゆくという話を聞いたことがあるが、今の彼女もそんな感じだろうか。
それとも辛い昔話をしたことで、気持ちがブルーになっているのか。
「…………」
俺は隣を歩くユノリアの姿を何とはなしに見つめる。
……短い付き合いだが、遠慮なく俺に塩対応したり。毒舌で刺してきたり。
天然を発揮して困らせてくるユノリアの方が、俺は好きだ。
天井や床の模様を数えていた女の子は、寂しさからではなく、楽しい事を誰かと共有する為に数えられるようになったって良いんだと、俺は思う。
……俺のモットーは、『明日を笑顔でいるために』だ。
俺も彼女も『明日を笑顔でいるために』。
今の俺に出来る事があるとすれば――。
「フッフッフ……。しゃーねぇ。だったらこの俺がなってやんよ。ユノリアのおトゥモダッチに」
「ごめんなさい」
「割とショック」
女の子に友達云々はかなり勇気のいる発言だったのだが、照れ隠しに変な言い方をしたのがまずかったのだろうか……。
「……まあクロエくんの言い方はさておき。どうやらユノリアが断ったのは別の理由があるように見えるが」
「そうなのか?」
「……申し訳ございません。わたしにとって、クロエ様は――眩しすぎるのです」
ユノリアは緋色の目を伏せて、静かに語りだす。
「初めてあなたとお会いした時は、正直に言いますと、『チッ、こいつ超うぜぇな』という感情しか湧きませんでした」
「辛辣~」
「……ですが短い間ながら共に過ごすうちに、どこか『楽しい』という思いが、わたしの中で生まれていたのです」
そのまま抑揚のない声音を、どこか辛そうに絞り出す。
「わたしは10年前、母親と共に、記憶を失いました。母の遺品であるペンダントには、楽しそうに笑うわたしたちの絵が収められていましたが、今のわたしは御覧のとおり無表情のつまらない女です。
10年前のあの時、色んな感情が、わたしの中からも消えてしまったのだと思っておりました。ですが――」
ユノリアが俺の方を見る。
「クロエ様といると、消えたと思っていた感情が、本当は残っていた事に気づいたのです。
……妙な事をするクロエ様を見て、呆れているわたしに。
……わたしの趣味を否定せず、少しおかしな角度から肯定してくださる言葉に、嬉しくなっていたわたしに。
……戦闘中、誰よりも臆病だと思っていた方が、無謀にも身を挺してかばおうとしてくださり、少しときめいたわたしに。
――戦闘中。急に下着を要求する変態に殺意を抱くわたしに」
「最後のだけ声のトーンがおかしくなかった?」
なんかドスの効いたオーラを漂わせる今の彼女に、少しときめいた云々を詳しく尋ねられる雰囲気ではなさそうだ。
「……だからわたしにとって、クロエ様は眩しすぎるのです。……こんなわたしが、友人と呼ぶには恐れ多いほどに――あなたは、自由で、意味が分からなくて――でも、一緒にいると、忘れた笑顔が、戻ってきたような――」
……しかし、ユノリアは途端に目を閉じて俯いた。
「……ですが、わたしは、幸せになっていい人間ではないのです」
「ユノリア?」
「御気分を害してしまわれたのなら、申し訳ありません。……わたしは失った記憶の中に――何か、深い罪の意識が残っております。それが何かは分かりませんが……この罪の意識が晴れぬ限り、わたしは自分自身を許すことはできないようです――」
それだけ言うと、彼女は再び静かに歩き出す。
あたりに気まずい沈黙が流れる中、ブランさんは小声で俺の肩を引き寄せた。
「……なあ、クロエくん。なんとか彼女の心を晴らしてやることはできないだろうか。私はこういうのが苦手でな……」
「つってもブランさん。本人にも罪の意識の根本が分からないんじゃ、俺にもどうしていいか分かんねぇよ」
……けどまぁ、このまま見過ごすわけにはいかないのも確かだ。
やはり今の俺にできる事があるとすれば――。
「……なあユノリア。どんなに過去が苦しくても、今を笑っちゃ駄目な理由にはならないんだ。それでも自分が幸せになるような人間じゃないと思うなら、俺はあの手この手でユノリアを笑わせてやるぜ。
お前の……“友達”として」
「クロエ様……?」
振り返ったユノリアが俺を見て――視線を逸らした。
なぜなら彼女にとって、今の俺は――。
「変態の呼吸。性癖歴一閃」
「クロエくん。いくらなんでもそれは無いと思う」
頭にパンツを被った不審者以外の、何者でもなかったからだ。
「……クロエ様。歯を食いしばってください」
「まあ待てよユノリア」
既にブランさんからのげんこつを受けた俺に、これ以上の被弾は許されない。
「……今の俺を見てどう思った?」
「『チッ、こいつ超うぜぇな』と思いました」
「そう! それで良いんだよ!」
「はぁ……」
俺は変態を解除しながら、ユノリアに歩み寄ろうとしたが、さりげなく距離を取られたので仕方なくその場で話す。
「……さっきはああ言ったが、友達ってのはなるならないじゃなく、いつの間にかなってるもんだと俺は思うよ。ユノリアの俺への呼び方は『魔物使い様』から『クロエ様』に変わっただろ? それってつまり、ちょっとは俺との距離が縮まってくれたのだと考えてるけど……」
「『魔物使い様』、つづきをどうぞ」
「……ま、まあとにかくだ。苦しい事を一人で抱え込むより、なにか遠慮のいらない相手に感情をぶちまけてみろよ。俺ならいつでも受け皿になってやる。だって俺はもう、ユノリアの事はと、と……おトゥモダッチだと思っているからな!」
……うん、なんか柄にもない事言ってしまった気がする。
超恥ずかしい。
俺にだって恥じらいの概念くらいあるのだ。
おパンツマスクは恥ずかしくもなんともないんだけど。
「……あー。あとほら。ユノリアはシルヴァのおっちゃんとも親しげだったじゃないか。友達はいないなんて言いつつも、ちゃんと人と人との繋がりは持ってるハズだ。それをどう捉えるかは個人の自由だけど、少なくともユノリアは一人じゃない。コレだけはハッキリしてる」
「クロエ様。突然真っ当な事をおっしゃられて、熱でもおありなのですか」
「人がせっかく良い事言ってんのにさぁ!?」
しかも声のトーンからして、本気で心配されてる気がする。
……やれやれ、俺をどういう人間だと思ってんのやら。
俺たちはまだお互いの事を十分に分かりあえていないようだぜ。
「……ま、でもいつもの調子に戻ったな。ユノリアはそうやって俺に辛辣な事を言ってる方が元気よく見えて俺は好きだよ」
「わたしは戦闘中にかばっていただいた時の真面目なクロエ様の方が好きですが」
そうそう。その無表情でガン見してくる視線がたまらん。
新世界の扉が開いちゃう。
「……と。そうこうしている内に着いたようだ」
ブランさんの言葉に気づけば、教会の方から何やら数人の子供たちが駆け寄ってきた。
「あー! しすたーおかえりー!」
「よこのあほそうなおにいちゃんはだれー?」
よーし、クソガキ確定。
このどこをどう見ても知的な美少年を捕まえてアホとはどういう了見であるか。
遠くで見守ってるブランさんが吹き出してるのが余計腹立つ。
……まあ冗談はさておき。
「この方は……ですね」
ユノリアはちらりとこちらを見た後、子供たちと同じ視線までかがみこむ。
そして――、
「わたしの……おトゥモダッチです」
緋色の瞳をすこし照れくさそうに細めて、子供たちの頭を優しく撫でた。
「……なんだ。ちゃんと慕われてるじゃん」
教会の子供たちに囲まれている彼女は、一人ぼっちな少女にはとても見えなかった。
俺なんかいなくても、彼女はいつか立ち直れたのかもしれないな。
「そうそうシスター。さっき、いつものおじさんがこれで美味しいものでも食べなって、たくさん寄付してくれたよー」
「……そうですか。……またあの方が」
いつものおじさん……?
……そういやシルヴァのおっちゃんは金銭事情がどうとか、聞けば無粋な人情話とか言われていたが……。
……まさか、な。
「――それではお二人とも。ここまで送っていただき、ありがとうございました。――ですがクロエ様。疑いが晴れたからといって、クロエ様の変態性が赦される訳では無いこと、お忘れなきようお願いします」
「おいこら誰が変態だ。俺はただ女神様のパンツを振り回していただけだ」
「――今度罪を測る際は、分銅を666個ほど追加しておきます」
「多すぎだろ!?」
「……また、一緒に……お話ししましょう」
少しだけ目元を柔らかくして、ユノリアはぺこりとお辞儀した。
「ああ。またな」
「念のため、今日は安静にな」
俺とブランさんも笑いながら手を振って、彼女と別れる。
……これって、友達になれたって解釈してもいいんだろうか。
――まあ少なくとも、ユノリアの俺に対する好感度は思ったよりも低くなかった事は判明した。
明日も教会を訪ねてみよう。
俺も、ユノリアともっと話してみたい。
……そんなこんなで、ユノリアを教会の前まで送り届けた俺たちは、感傷に浸りながら街中を歩く。
「……クロエくんはいつもふざけているようで……時々、誰かが求めていた言葉を言ってくれるな」
「そうか?」
「ああ。……そういう所、マリィとよく似ている。……照れ隠しにふざける所までそっくりだったぞ?」
そのまま遠い目をして、懐かしそうに空を見上げた。
「――さて、クロエくん。一通り祭りを楽しんだなら、ちょっと良いだろうか」
「うん?」
ブランさんが何か話があるようだが……。
「ちょっと街の外へトレーニングしに行かないか?」
「あ、急に立ち眩みが」
「我慢しなさい」
「なんか歩けないかも。おんぶして」
「引きずって行くから大丈夫だ(にっこり)」
「俺とユノリアの扱い違くねぇか!?」
最近、ブランさんの俺への扱いがぞんざいになってきたように感じる。
「ちょっとは遠慮してくれても良いと思うんだけどなぁ」
「ユノリアには遠慮するなと言ったじゃないか」
「そうだけどさぁ!」
「ふふっ。なんだ? 私たちは友人ではないと?」
「どっちかって言うと、弟子に無茶ぶりする師匠とか、弟を雑に扱うお姉ちゃんみたいな感じ」
「師弟にして姉弟か。そういう関係もいいかもな。……よし、ではトレーニングに行くぞ、弟くん」
冗談めかした声で笑うブランさん。
ポンと背を叩かれて、俺はお姉様に連れられ街の外へと歩く。
ブランさんはキラキラとした眼で、拳をグッと握りしめた。
「さてクロエくん。まずは準備運動に、街の外周を100万周行うぞ」
あ、これ死ぬ奴や。
俺は一か八か、決死の逃亡大作戦を決行する事にした。
□■□
「――エリク教祭父。こんな所に呼びだして、話とはいったい、何ですかね?」
城郭都市を出てしばらく歩いた頃。
人気のない山林部で、元S級冒険者のシルヴァと、エーテル教会・教祭父のエリクによる話し合いが行われている。
わざわざ街の外で――それも、人目を忍んでの密会に、呼びだされたシルヴァは不信感を抱きつつも、立場上は応じるほかにない。
いつものおちゃらけた言動は慎み、極めて真面目な様子で、シルヴァはエリクの話を聞いていた。
「シルヴァさん。確認しておきたい事がいくつかございます。――先日の悪魔憑き騒動に関する事です」
「……なるほど。黒幕の足取りを掴めていない現状で、他の者に聞かれるのはリスクが高い……と」
「そう思って頂ければ――」
エリク教祭父が話を切り出し、シルヴァは樹に背を預けながら耳を傾ける。
その静かに組まれた両腕の中で――油断なく、魔銃を構えておきながら。
「……まずシルヴァさん。黒幕と思しきファントムという者に関して、あなたはどこまで調べ上げられましたか?」
「ファントムについて……ですか。何分、おじさ……私のあたった資料では、共有できそうな情報は記されておりませんでしたよ」
「そうですか……」
エリクは残念そうに呟いた後――。
……不意に、シルヴァを力強く睨みつけた。
「……本当に、あなたは何も知らないのですか?」
「……おじさんに何が言いたいのですかねぇ、エリク教祭父?」
エリクは手にした錫杖を握りしめながら――その先端を、シルヴァへと向ける。
「シルヴァさん。あなたは領主様と旧知の仲のようですね。……では、屋敷への出入りもある程度許されている訳だ」
「それが何か」
「クリスティア嬢と接触する機会が何度かあったのでは」
「…………」
沈黙を肯定と受け取ったのか、エリクは錫杖を構えたまま距離をとる。
「さらによろしいですか。シルヴァさん。あなたは上級悪魔が“灰塵”のファントムの命令によって強化された際――唐突に前線を離脱しましたね?」
「……おじさん、腰を痛めましたからねぇ」
「では重ねて最後にもう一つ。シルヴァさん。……悪魔との戦闘が終わり、撤退したリュパンツ・ザ・サートル達を夜道で襲撃したのは――腰を痛めたはずのあなたですね」
「…………」
「あなたにとって、リュパンツ・ザ・サートルがそれほどまでに目障りだった理由は――いったい、なんですか?」
――サァ、と。通り風が木の葉を揺らし、シルヴァの目元を前髪が隠す。
「……なるほど。おじさん――、いえ、私は少々強引に動き過ぎてしまったようですね、エリク教祭父。無論、あなたも警戒していたが……どうやら当たりのようです」
途端に、シルヴァから最大級の殺気が漏れ出した。
風が止んで前髪から解放された目元は――まるで暗殺を生業とする者のように、ひどく、冷淡に細められている。
それを見てエリクは、シルヴァが既に自身との戦闘態勢に入っていると確信した。
「……っ、残念です、シルヴァさん。あなたは我々にとって、何よりも必要なお方だと思っておりましたのに……」
シルヴァは腕組みを解くと、手にした魔銃をエリクの方へと突きつける。
「領主様は自分の子を何よりの“宝”とよく口にしていましてね。私は、その言い回しが妙に気に入りまして……」
そのまま――、底冷えするような声音で、ポツリと呟いた。
「私にとっての“宝”とは――何だと思います?」




