炎上させてあ・げ・る
「弘美、聞いてよ…この間出会い系で会って付き合った人…結婚していた上に二人の子どもまでいたの!!信じられない…騙されるなんて私本当にバカだ…。」
弘美としての生活を始めてから友人とのお付き合いというものもしている。
この子は杏南大人しそうな見た目に、寂しがり屋、頼まれたら断れない性格、押しに弱い。
総じて男運が悪い…何かを思い出させられるようで見ていてイライラする反面、ほおっておけないという気にもなってしまう。
弘樹以外の人間がシアワセであろうがなかろうが、私には関係がないことだけれども、人間は友人が泣いていたら慰めるものだ。
…傷は舐めあうものだ。
私は、杏南を抱きしめながら頭を撫でてあげる。
昨日までシアワセに満ち溢れていた杏南をこんなにも泣かせているのは面白くない。
「そんなやつ、罰を受けて当然だよ…その人の家庭のこととか職場のこととかでわかること何かないの?」
杏南はふるふると首を振る。まるで怯えたウサギのようだ。
「断片的なことしか聞いてなかった…それに、ご家庭に迷惑かけるのは違うなって…でも考えてみたらコンビニとかでもお金、財布見当たらないとかいって私が出すことあったなーって思ったらなんだか情けなくって。」
「え!?だってその男確か36歳って言ってなかった?大学生の杏南にお金払わせていたの?」
少し困ったように、毎回じゃないよ、私が気にしないでって言ったからと付け加えて杏南が頷く。
「今は?連絡どうなっているの?」
「…既読スルー。」
申し訳なさそうにラインの画面を見せてくる。
スクロールするすると、杏南と会うために非常にこまめに連絡をよこしているのが分かった。
それが、おそらく杏南と会い、杏南が身体を許したであろう辺りから連絡は杏南からのものになり、ときどき思い出したかのように真夜中などに会えないかなどと聞いている。
この男は自分の欲望を吐き出すために「都合のいい女」を探していたんだと確信した。
吐き気がしてくる。
…杏南にも非はある。出会い系サイトという場所を利用するには身体目的である可能性がないわけない。
そして、一旦かまってもらえたことが嬉しくて、しっぽを振って待っているのが目に見えてわかる。
基本的に彼女は人間が善であると信じているのだ。
だから「自己防衛」という能力が備わっていないし、そんな言葉を意識したこともないのだろう。
これ以上ない「獲物」としか言いようがない。
「杏南、もっと自分を大切にして…この人にはもう連絡とっちゃだめだよ、こんな奴のことで悩むだけ時間の無駄だから。」
「うん…ごめんね、変な話ししちゃって…私、今日は講義お休みして帰るね。」
弱弱しく手を振る姿にイラつきを覚える。
…どうしてこんなにイライラするんだろう。
杏南に対してではない…自分にたいしてだ。
私をイラつかせるなんて気に食わない。
最近になって買い替えた弘樹とおそろいのスマホを取り出して、杏南の登録していた出会い系サイトを開き、杏南をお気に入り登録している人から当てはまる人を探ってみる。
「…いた。」
簡単すぎるまでに男が見つかる。
「ミカド」最新のサイトの利用履歴は5分以内。
つまり、この「ミカド」は杏南が傷ついていた今、この瞬間も他の獲物を探していたというわけだ。
長々しく書かれたプロフィール文章にはいかにも爽やかなイメージを持たせるような趣味を盛り込んで、顔文字なんかも入れて「一人の人との関係を大切にするような出逢いを求めています。」なんて書いてある。
婚姻の欄は空白、恋人は募集中…まずはお食事にカラオケ楽しく過ごしましょう。
「うそつきは…どろぼうのはじまりっと。」
私は韻を踏むように、歩いて、そして心底冷え切った心で笑顔を浮かべる。
「姉ちゃん、最近よくパソコン使うようになったね。前はあんなに苦手だったのに。」
弘樹をお迎えに行って、適当にみどりちゃんをあしらって家に帰ると、私は弘樹の部屋のパソコンを借りていた。
別にスマホからできないことじゃないけれど…できるだけ台数は多い方がいい。
それになにかとやはりパソコンの方が便利な部分は否めない。
「ふふ、ちょっとね、お姉ちゃんもパソコンくらい使えないと…いざという時ダメだなって思って。今日はちょっと友達のためにお祭りを企画してみようかなって。」
「へー、誕生日会みたいなもの?」
「そうね…ちょっといろいろあったから…女子会ってやつね。」
お祭りは一人ではできない。
私の友達がね…でもね。こんなことをされたの。それなのにね。
丁寧に礼儀正しく、あくまで低姿勢に書き込む。
そこには批判の書き込みが返ってくるけれど、ぐっと我慢をして、自分たちが悪いと耐え忍ぶ。
そうすると…あら不思議。
ただしく日本語を理解した人たちが味方になってくれはじめる。
火のないところになんとやら、いつの間にかその人への情報は集まってくる。
だって、こういうやつは確実に何人もを獲物にしてきたから。
メールを受けたー。
ケチだ。
だいたいこういうやつは…。
同じ男だと思いたくない。
私もライン交換しようっていわれた。
「うふふ、飛びついた。」
昔はその人間に成りすましてブログを作ったりしていたらしいけれど、私はミカドさんを知らないから…せめて新たな獲物が被害にあわないように忠告をしてあげただけ。
だって人気者になりたいんでしょ?
良かったね、ここはミカドの話題で持ちきりだよ。
たまに本人かのようにも見える書き込みをすれば、いくらでも火は付く。
「姉ちゃん、お祭り、うまくいきそう?」
「そうね…きっと騒がしくなるんじゃないかしら。」
「良かったね、友達喜ぶだろうね。」
過熱していくレスを見ながら、私はふっと微笑む。
火がついている間は、さすがにミカドさんも新たな獲物を掴めないで悔しがるだろう。
寂しがり屋なミカドさんのために、いつでも私が炎上させてあ・げ・る。




