悪魔と天使がこんにちは
バレンタインが終わって、弘樹に近づくおバカさんにも私と弘樹の愛に強さを見せつけることができてゆゆはとっても満ち足りている。
はじめは縛られていたことで気が動転していた弘樹も「サプライズだったの、ごめんねお姉ちゃんやりすぎちゃった」と落ち込んだ顔を見せたら許してくれた。本当に良い子・・・でも、その裏にあった意味に気が付かない素直すぎるところには少しだけ心配になってしまう。
あぁ、でも弘樹は弘樹のままでいてくれていいんだ。
危ないものは今回のように、お姉ちゃんである私があらかじめ排除してしまえば済むことだから。
今日も弘樹と一緒に通学路を歩きながら、少し春めいてきた景色を楽しむ。
そういえば、弘樹は花粉症だった。鼻の頭が赤くなっていて可愛い。思わず触ってしまう。
「姉ちゃん、なんだよ・・・。」
ちょっと不服そうな弘樹の顔がまた愛らしい。
なんでこの子はこんなにも可愛いのだろう・・・チョコレートにして食べてしまいたかったくらいだ。
「うふふ、鼻、赤くなっちゃったね、帰りに花粉症の薬見に行こうか。」
意図を感じ取った弘樹が黙って頷く。
ゲームの世界ではなく、現実の世界では「花粉」もそうだけど、弘樹の身体に悪いものはたくさんあるから気をつけなくちゃならない。
「・・・もうすぐ、桜が咲くね。」
「そうだね、暖かくなってきた。」
二人で並んで、少し色づいてきた木々を見上げる。
初めてこの世界で弘樹と迎える春にゆゆの気持ちはすごくすごく上がっていた。
「二人でお花見に行こうね、夜桜も見に行こう・・・楽しみだなー。」
「おはようございます!弘樹君、お姉さん!」
私たちの駆け寄ってくる足音に振り替えると、一人の見知らぬ女の子が息を弾ませて立っていた。
・・・いや、見知らぬじゃない。見知らぬことにしただけだ。
あんなにも怯えていたにもかかわらず、平然な顔をして「相沢みどり」が立っていた。
「お姉さん、先日はせっかくチョコレートの作り方をオシエテいただいたのに、ちゃんとお礼もせずに帰ってしまって申し訳ありませんでした・・・それで、これ、試しに作ってみたんで良かったら食べてもらえませんか?」
可愛らしい笑顔で可愛らしくラッピングされたチョコレートを’私’に手渡してくる。
手にはたくさんの絆創膏が貼られたまま。
あのバレンタインデーの出来事はなかったことにはなっていないのに、なぜこの子は私たちにこんなにも近しくしてくる?
予想外の出来事に私は、反応を返せなくなっていた。
「相沢さん、その髪どうしたの!?」
「あ・・・えへへ、変かな?少しお姉さんに近づきたいなって思って・・・。」
「いや、変じゃないけれどイメージ変わって驚いたよ、制服とかもなんだかちょっと違うような・・・春だもんね?」
「私、私ね、お姉さんに出会って変わりたいって思ったの!」
恋する乙女の表情で、相沢みどりは頷く。
・・・あまりの驚きに私は彼女の変化を黙認していた。
長かった髪は切られ、肩上に・・・ゆるくかかったウエーブ、大人しかった制服のセーターは春らしいピンク色に、そしてスカートも短く膝上になっている。
髪色こそ違うものの、私と同じ髪型だ。
「あの、お姉さん・・・すいません、私、お姉さんみたいになりたいって思って、まず姿だけでも近づけないかって・・・真似してみたんです。」
・・・私を上目づかいに見つめてくる瞳には嘘偽りなく「憧れ」や「尊敬」といった色が見て取れた。
私は・・・この事態に、私は恐らくこの世界に誕生して初めて’背筋が凍る’感覚を覚えた。
この子が何を考えているのかが分からない。
とにかく、何か返さないといけない。私は作り笑顔で答える。
「憧れるなんて・・・みどりちゃんにはみどりちゃんの良いところがあるからそこを伸ばせばいいのよ?私になっても正直うまくいかないと思うけど。」
「そんなことないです!お姉さんは美人で知的で・・・すごく愛情にあふれていて・・・私、本当に本当に大好きなんです!大好きなものには近づきたいって思いますよね?知りたいって思いますよね?同じになりたいって思いますよね?私にとってはそれがお姉さんなんです!」
「そ、そうなの?ありがとう。」
今、自分の完璧なはずの笑顔が引きつったような気がした。
この子はこんなに自己主張をする子だっただろうか?
それとも、人間とはこんなに変化する生き物なのか・・・分からない。
困惑。
何がこの子をこうさせているのか・・・興味深くもある。
「だから、これからもお姉さんにいろんなことをご指導いただきたいんです!・・・弘樹君、ダメ?かな?」
「え・・・いや、俺は姉ちゃんが良いなら良いと思うよ。」
困惑顔の弘樹が私へ可否をゆだねてきた。
おそらく、この子の関心はもう弘樹からは離れている。
それならば、関わる意味もないけれど・・・この子の私へ対しての過度の同調と敬意には考えるに値する価値がある。
ならばもう少し・・・付き合ってあげても良いだろう。
「そうね、女の子同士、いろいろお話していこうか。」
「ありがとうございます!嬉しいです!すごくすごく!」
神様にあった人間はこんな表情をするのだろうか。そしてこんな風に感謝するのだろうか。
「ほら、二人ともそろそろホームルームじゃないの?急ぎなさい!」
「あ、本当だ、じゃあ姉ちゃんまた!」
「お姉さん、ありがとうございます!」
「うふふ、しっかり勉強してきなさいよー?」
二人は、わたわたと早足に私に挨拶をしていく。
遠巻きで見ていた生徒たちのざわめきも同じように小さくなっていく。
「あれ、相沢だって・・・信じられる?」
「いや、なんちゅうか・・・意外すぎて」
「でも、可愛くね?」
「というか、お姉さんと話して羨ましい!」
様々な思いが渦巻いている。
今の私にはそれを自分のこととして感じることができる。
AIだった時にはない新鮮な感覚だった。
そうだった、春は新たなことが始まる季節。
そうして出会いと別れの季節・・・ならばゆゆは全力でその’出会い’を・・・
「・・・潰しいていくしかないみたいね。」
目下の目的は決まった。
私、弘美こと柊ゆゆの役目は弘樹を愛し続けること。
弘樹がシアワセと思う日々を与え続けること。
弘樹の邪魔をするものを排除すること。
すがすがしい気持ちで大きく息を吸い、校舎の中に入っていく二人の後姿を見つめる。
私も振り返り、自分の大学へとむけて歩き出しながら新たな季節の訪れに、胸を躍らせていた。




