『5』(全6話構成)
熱いというより痛い。
ほっぺたや両腕が、殴られた時の百倍ぐらいジンジンといたい。火が熱いんじゃない。家の中の空気全部が、僕を力の限り叩いてくる。煙がすごくて、目が開けてられないくらい痛い。
それでも僕は走る。周りを見渡して、結衣ちゃんの姿を探す。
「結衣ちゃん! 結衣ちゃん結衣ちゃん!」
いた。
結衣ちゃんは、リビングでテーブルにもたれて倒れていた。
「結衣ちゃん、しっかり、結衣ちゃん!」
「さい、とう君……?」
「何してんだよ。こんなとこ、早く出ようっ!」
結衣ちゃんはどろんと力が抜けて、立てそうにないみたいだった。
「やっぱり、怖かった。あんなに練習したのに、やっぱり怖かった……」
「当たり前だよっ!」
「怖くないって言ってたのに、綺麗だ、綺麗だ、って言って、怖くないって言ってたのに、すごく怖かった……。でもね、取り返したよ、見てるばっかりじゃなかったよ、わたし、取り返したよ」
僕には、結衣ちゃんがぶつぶつ何か言っていることを聞く余裕はなかった。僕も自分が立っていることで精いっぱいだった。とりあえず引きずってでもここを出ようとした時、煙で大きくせき込んだ。動けない。もう目を開けてもいられなかった。
「それにね、斎藤君がね、助けてくれるって思ってたから。いっつもね、斎藤君が、一緒だったから。近くにいたから、怖かったけど、いつも斎藤君が、心配してくれてたから」
「結衣、ちゃん……」
テーブルに突っ伏した結衣ちゃんの上に、力尽きた僕ももたれかかった。自分の手が冷たくて心地よいくらい、頬が熱かった。どこかでガラスが割れる大きな音がした。
あとは、誰かが僕の体を掴んで運ぶ手の平の感触を、僕はかすかに覚えている。




