『2』(全6話構成)
三か月前、結衣ちゃんの家が火事にあった。
いつもの信号で友だちとバイバイして家に帰ったら、お母さんがすごく慌てて大声で電話をしていた。
「鹿島さんのおうち、火事ですって!?」
鹿島さんというのは、僕の家の親戚で、僕のお母さんのおばあちゃんの弟が、鹿島さんの家のひいおじいちゃんだ。鹿島さんちの結衣ちゃんは僕と同じ小学五年生で、家も近くて家族の仲もよかったから、よくお互いの家に行き来してバーベキュー大会をしたり、クリスマス会を開いたりしていた。だから、僕にとって鹿島さん家族は知らない家じゃなかったから、お母さんが「火事」と言ったことにとてもびっくりして、僕は玄関にランドセルをほおり出して急いで鹿島さんの家に向かった。
鹿島さんの家の近くは僕が着いた時にはたくさんの人で溢れかえっていて、大人たちの背中で僕には前がよく見えなかった。それでも、ばちばちという何かがはじけるような音と、真っ黒な煙、そして二階から立ち上がる真っ赤な炎ははっきりと見えた。消防車が何台も来ていて何本もの水のアーチが炎に向かって伸びてきたけれど、火は、そんなもの屁でもないかのように、鹿島さんの家を我が物顔で荒らしまわっていた。
その僕の隣に、結衣ちゃんがいた。ランドセルを背負ったままだった。真っ赤なランドセルを背負い、さっきまでの僕のように茫然と、燃えていく家を見つめている。
僕はどきり、とした。結衣ちゃんの顔が、まるで石化の魔法でも掛けられてしまったみたいに中途半端に口を開いて、固まっていた。その顔に、表情がなかった。ただ、その瞳だけが、目の前で燃える炎の動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。僕は怖かった。火事よりも、その時の結衣ちゃんの表情の方が、僕は怖かった。
鹿島さん家族は、住むところにめどが立つまでの間、僕の家で暮らすことになった。
それから、結衣ちゃんは変った。
学校では、先生の質問にもいつもハキハキ答えていた結衣ちゃんが、手を挙げなくなった。休み時間のドッジボールにも参加しなくなった。給食はもちろん、僕の家で食べるご飯も、ときどき残すようになった。
そして、学校が終わって晩御飯を食べて、お風呂に入って寝る前になると、結衣ちゃんは僕を押入れの中にひっぱりこんで、マッチの火をこする。足元に水の張った洗面器を用意してから、僕と二人で狭い押入れの中に入り、結衣ちゃんはマッチの火を付ける。燃え尽きたら、また次のマッチを取り出して、何本も何本も。
「きれい、きれい」
手元で燃える赤いひかりを眺めて、結衣ちゃんはいつもそう言う。そして、そのままずっと、その火を眺めている。結衣ちゃんは、いつも、僕が止めようとするギリギリのところまで、マッチを持って、その燃えるようすを眺めている。
「斎藤君も、そう思わない? 火って、ぜんぜん怖くないの。すごく綺麗。わたしね、すっごく心が落ち着くんだ。本当に」
炎に照らされて暗闇に浮かぶ結衣ちゃんの笑顔が、どこか歪んで見えるのは、きっと僕の勘違いじゃないはずなのだ。




