再会の予感
砦の外が、騒がしくなり始めたのは、朝霧が完全に晴れる前だった。
荷車の軋む音。
馬の嘶き。
人の声が、低く、連なっていく。
――来る。
それが、誰の目にも分かるほどの規模で。
見張り塔からの合図が、短く、確実に鳴った。
支援物資、本隊。
数も、人も、これまでとは桁が違う。
「……早いな」
レオが、砦の壁に凭れながら、低く呟く。
いつもの軽さはない。
視線は外。
ただ、それだけを見ている。
ルイは、答えない。
城壁の上。
風が強い。
旗が、音を立ててはためいている。
シルヴァ家の紋章は、まだ見えない。
だが、そこに至る道は、もう完全に押さえられていた。
――間に合え。
その言葉を、口に出すことはない。
出した瞬間、何かが崩れる気がした。
「……なあ」
レオが、わずかに声を落とす。
「治癒師たちには、ちゃんと口止めしてるよな」
「当然です」
ルイの返答は即答だった。
冷静で、揺れがない。
だが。
レオは、知っている。
この男の“揺れない声”が、どれほど危うい均衡の上にあるかを。
「……一度でも、耳に入ったら」
その先は、言わない。
言わなくても、分かる。
――死んだ。
――心臓を貫かれた。
――即死だった。
そんな言葉が、メイの両親の耳に入った瞬間。
支援どころの話ではなくなる。
国も、砦も、すべて吹き飛ぶ。
最悪の場合。
メイが、すべてを背負おうとする。
それだけは、絶対に、させてはいけない。
「……問題ありません」
ルイは、視線を外に向けたまま言う。
「彼女は、生きています」
それは、事実だ。
だが、過程は語られない。
レオは、鼻で息を吐いた。
「……ああ。生きてるな」
その言葉に、皮肉はない。
むしろ、祈りに近い。
その頃。
砦の一角。
日当たりの良い部屋で。
「……これ、配合比率変えた方がいいかな」
メイは、机に向かい、真剣な顔でノートを睨んでいた。
ポーション瓶が、ずらりと並ぶ。
色は淡い。
危険性は、低い。
完全に、いつも通り。
「回復は順調だけど……支援物資が増えたら、消費量も増えるよね」
独り言のように呟き、ペンを走らせる。
外の騒ぎには、気づいている。
だが、それを“異変”として捉えていない。
――支援が来てるんだな、くらい。
その認識で、止まっている。
扉の外で、足音が止まる。
「……レオ?」
声を掛けようとして、やめた。
今は、集中。
「よし……これなら量産できる」
満足そうに頷き、瓶に栓をする。
彼女は、知らない。
砦の外で、
人々が、
「戦場の女神の家が来る」と囁いていることを。
知らない。
自分が一度、
“戻らなかった”時間があったことを。
そして。
城壁の上。
遠く、道の先に、
ようやく見え始めた。
幾重にも連なる荷車。
整然と進む人々。
旗。
――シルヴァ家。
レオが、息を詰める。
「……来たぞ」
ルイは、目を細めた。
胸の奥が、軋む。
だが、顔には出さない。
間に合った。
少なくとも、今は。
「……すべて、想定通りです」
自分に言い聞かせるように、そう呟く。
だが。
この再会が、
“穏やかに済む”とは、
誰も、本気では思っていなかった。
予感だけが、
静かに、確実に、
砦を満たしていく。
――再会は、近い。




