勝手に動く錬金術師
そっと、扉を開いた。
――はずだった。
「……」
廊下の先。
立っていた人物と、ぴたりと視線が合う。
ほんの一瞬。
間。
次の瞬間。
にやり、と。
同時に、同じ角度で口角が上がった。
「兄貴!」
声が、弾む。
「やっと出てきたか」
レオが、わざとらしく肩をすくめる。
「待ってましたって顔してる!」
「してない」
「してる!」
小声で言い合いながら、二人とも自然に歩き出す。
――いや、歩き出すというより。
気づけば、小走りだった。
「ちょ、走らないでって言われてた!」
「誰に?」
「治癒師!」
「俺は聞いてない」
「兄貴!」
「ほら、転ぶな」
すっと、腕が伸びる。
掴むほどじゃない。
支えるほどでもない。
ただ、肩の横に手を添えるだけ。
それだけで、重心が安定する。
「……やれやれ」
呆れた声。
でも、口元は笑っている。
「兄貴、めっちゃ兄貴してる」
「今さら気づいたか」
「ずっと兄貴だったけど!」
二人して、ふふ、と笑う。
声を抑えているのに、楽しさが漏れる。
廊下の石床。
反響する靴音。
人の気配を感じて、自然と距離が縮まる。
レオが、少し前に出る。
私を、半歩だけ内側へ。
――守る動き。
無意識。
「……ねぇ」
「ん?」
「私、今……外歩いてるよね?」
「歩いてるな」
「勝手に」
「勝手にだな」
「自由!」
「……三十分限定な」
「短い!」
「怒られたくない」
「ルイ?」
その名前を出すと。
レオの歩幅が、ほんの一瞬だけ、詰まった。
でも、すぐに戻る。
「……ああ」
視線は前。
「だから今は、楽しめ」
「兄貴……」
「今は、な」
作業室の扉が見える。
その瞬間、私は完全に気が抜けた。
「うわ、懐かしい!」
「数日前まで来てただろ」
「気分が違うの!」
扉を開ける。
中に入った途端、空気が変わる。
器具。
素材。
光の入り方。
身体が、勝手に動く。
「兄貴、これ取って!」
「はいはい」
「あと、そっちの箱!」
「了解」
呼吸が合う。
言葉が短い。
昔と、同じ。
「……ほんと、変わらねぇな」
レオが、呆れたように言う。
でも、視線は優しい。
「変わった?」
「少しはな」
「どこが?」
「……強くなった」
一瞬、言葉が止まる。
「……そう?」
「自覚ないのが一番怖ぇ」
「ひどい!」
笑いながら、魔力を流す。
指先に集まる感覚。
少しだけ、引っかかる。
「あ」
声に出す前に、レオが気づく。
「どうした」
「ううん、大丈夫」
誤魔化すように笑う。
「後で確認する!」
「後で、な」
「今は楽しい時間!」
「……それは否定しない」
ポーションが完成する。
淡い光。
「……よし」
机に置く。
「今日はこれだけ」
「珍しく聞き分けがいい」
「三十分って言ったの兄貴だもん」
その瞬間。
足音。
空気が、張る。
レオが、すっと前に出る。
庇う位置。
自然すぎる動き。
「時間だ」
「だね」
名残惜しく、器具を片付ける。
廊下へ。
さっきより、人の視線が多い。
でも。
今は、気にならない。
歩ける。
動ける。
笑える。
レオが、横に並ぶ。
距離は近い。
でも、触れない。
「メイ」
名前を呼ばれる。
「なに?」
「……ちゃんと、生きてる顔してる」
一瞬、胸が詰まる。
「……ありがと」
「礼を言われる筋合いじゃねぇ」
部屋の前。
立ち止まる。
深呼吸。
「また出るだろ」
「うん」
「その時も、呼べ」
「兄貴!」
「任せろ」
にやり、と笑って、背中を軽く叩かれる。
――本当に、軽く。
扉を開ける。
中。
「……どこへ行っていたのですか」
穏やかな声。
逃がさない視線。
私は、満面の笑みで答えた。
「ちょっと散歩!」
その背後で。
レオが、何も言わずに立っている。
理解した顔で。
静かに。
この三十分が、
後で“問題”になることを知りながら。




