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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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息が詰まる距離

目を覚ましてから、ずっと。


天井が近い。


白い天蓋。

柔らかい布。

清潔な匂い。


ここが、砦の中に用意された私の部屋だということは分かっている。

豪奢すぎない。

けれど、明らかに“大切に扱われている”部屋。


……大切に、されすぎている。


指先を動かす。

ちゃんと動く。


胸に手を当てる。

鼓動は、ある。

規則正しく、少しだけ早い。


「……生きてる」


独り言は、やけに小さな声になった。


致命傷だったはずだ。

心臓を貫かれて。

あの瞬間、確かに――終わった、と思った。


なのに。


こうして、息をしている。


それなのに。


息が、詰まる。


コンコン、と控えめな音。


扉が開く。


入ってきたのは、ルイだった。

静かな足取り。

音を立てない所作。


視線が合う。


一瞬、彼の肩がわずかに緩む。

安心したように、息を吐くのが分かる。


「……起きていましたか」


近づいてくる。

距離が、近い。


近すぎる。


「うん。今、起きたところ」


笑おうとして。

うまくいかなかった。


ルイは、気づいたようだったけれど、何も言わない。

代わりに、額に手を当てる。


ひんやりした指。

慣れた動作。


「……熱は、ありませんね」

「でも、まだ安静が必要です」


安静。

その言葉、もう何度聞いただろう。


「治癒魔術師の診断でも」

「魔力の巡りが、完全には戻っていません」


魔力。


その言葉に、胸の奥がわずかに軋む。


「……ねえ、ルイ」


彼が、こちらを見る。


「そんなに……ひどいの?」

「私の身体」


一瞬、沈黙。


ほんの一瞬。

けれど、それで十分だった。


「……無理をしました」

「命を削る行為でした」


淡々とした声。

責める色は、ない。


だからこそ、余計に重い。


「命を……」

「削る……」


呟きながら、私は視線を落とす。


思い当たる節は、ありすぎた。


戦場。

前線。

魔具。

ポーション。

指示。

供給。


自分の限界なんて、数えていなかった。


「……やっぱり、詰みかけてたかぁ」


冗談めかして言ったつもりだった。

けれど、声が震えた。


ルイは、すぐに否定しなかった。


「致命傷は、完全に塞がっています」

「身体そのものは、回復しています」


その言い方が、逆に引っかかる。


「……そのものは?」


私は、ゆっくりと上半身を起こす。


「……自分で、確認する」


「メイ」

「無理は――」


「無理しない範囲で!」


少し強めに言うと、ルイは口を閉じた。

その代わり、私の動きを一瞬も見逃さない視線になる。


ベッドの脇。

簡易の作業机。


そこに置かれた器具を見るだけで、少し落ち着く。

馴染んだ重さ。

慣れた配置。


「……自分の身体くらい、自分が一番分かるんだから」


小さく言い訳をして、私は魔力を巡らせる。


内側へ。

いつもの感覚で。


……違和感。


「……あ」


思わず、息が止まる。


魔力は、ある。

枯れてはいない。

むしろ、多い。


でも。


「……歪んでる」


声に出した瞬間、確信した。


器。

それが、無理に引き延ばされた痕。


自然な循環じゃない。

どこか、引っかかる。

流れが、均一じゃない。


「……最大強化の、代償か」


自分で、呟く。


ルイの視線が、鋭くなる。


「……自分でやったことだし」

「理論上は……理解してた、つもりだったんだけどなぁ」


軽く言おうとした。

でも、指先が冷たい。


「……だから、外に出るのは――」


「だめ、でしょ?」

私が先に言う。


ルイは、黙って頷いた。


その頷きが。

その当然のような制止が。


胸を、締めつける。


「……ねえ、ルイ」


「はい」


「私、今」

「選択肢……少なくない?」


問いかけは、静かだった。


ルイは、すぐには答えなかった。


視線を逸らさず。

それでも、言葉を選ぶ間が、あった。


「……最優先は」

「あなたが、生きていることです」


優しい声。

本心だと、分かる。


だからこそ。


「……それだけ、なんだよね」


生きていること。

それだけが、最優先。


それ以外は。

今は、後回し。


私は、ゆっくりと息を吐いた。


息が、詰まる。


部屋は広いのに。

扉はあるのに。

窓も、ちゃんとあるのに。


「……ちょっと、息苦しいな」


独り言のように言った。


ルイは、何も言わなかった。

ただ、私の傍を離れない。


その距離が。

その沈黙が。


優しくて。

重くて。


――逃げ場が、ない。


私は、まだ。

“詰んでない”はずなのに。


そんな予感だけが、胸の奥に、静かに沈んでいった。



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