王の傍ら
メイは、生きている。
その事実を、俺は何度も確かめている。
胸が上下するのを。
微かな寝息を。
脈が、指先で確かに打つのを。
触れられる。
会話もできる。
目を開ければ、いつものようにこちらを見る。
それでも。
――外へは、出さない。
扉は閉めている。
鍵も、かけている。
理由はいくらでも用意した。
「まだ安静が必要です」
「治癒が完全ではない」
「魔力の巡りが不安定だ」
どれも、嘘ではない。
だが、真実でもない。
本当の理由は、もっと単純だ。
失いたくない。
ただ、それだけだ。
生きていることより。
動けることより。
自由より。
――失わないこと。
それが、すべてに優先され始めている。
部屋は静かだ。
厚い石壁が外界の音を遮断し、暖かな空気が満ちている。
窓から差し込む光は柔らかく、彼女の髪を淡く照らす。
白いシーツの上で、メイは本を読んでいた。
俺が近づくと、顔を上げる。
「……ルイ」
その声。
俺の名を呼ぶ、その響き。
それだけで、胸の奥が締め付けられる。
俺は、彼女の傍に膝をついた。
視線を合わせる位置。
逃げ場を塞がない距離。
だが、離れすぎてもいない。
「具合は」
「うん。だいぶ楽」
微笑む。
いつもの、何も疑っていない顔で。
その無防備さが、恐ろしい。
彼女は、まだ分かっていない。
自分が、どれほど世界の中心に置かれ始めているのかを。
俺は、手を伸ばした。
髪に触れる。
指先で、ゆっくりと梳く。
拒絶は、ない。
「……外、出たらだめ?」
不意に、そんなことを言う。
心臓が、一瞬で跳ね上がった。
平静を装う。
声を低く、穏やかに。
「まだです」
理由を添える。
「……無理をした。あれは、命を削る行為でした」
「今は、休むことが最優先です」
嘘は、言っていない。
だが、すべてでもない。
メイは、少し口を尖らせた。
「……私、そこまで虚弱じゃないよ?」
知っている。
だからこそ、外へ出さない。
彼女は、勝手に動く。
必要とあらば、自分を後回しにする。
それが。
あの戦場で、心臓を貫かれた理由だ。
もう二度と、同じ光景は見たくない。
俺は、彼女の額に軽く触れた。
熱は、ない。
「……しばらくは、俺の傍に」
命令ではない。
懇願でもない。
決定だ。
メイは、少し考えるように視線を逸らし。
それから、ふっと息を吐いた。
「……ルイが、そう言うなら」
従う。
疑わない。
信じている。
――だから、怖い。
その瞬間。
扉の向こうに、気配を感じた。
分かっている。
レオだ。
視線を向けずとも、分かる。
あいつは、今も外にいる。
止めない。
割り込まない。
だが、すべてを理解している。
レオは、分かっているのだ。
もし、立場が逆なら。
自分も、同じことをする、と。
だから、何も言わない。
俺は、メイの手を取った。
指を絡めるほどではない。
だが、離れられない距離。
彼女の鼓動が、伝わる。
生きている。
確かに。
それで、十分だ。
世界がどう思おうと。
国がどう動こうと。
王として何を背負おうと。
この人を失わない。
それだけが、俺の中で絶対になりつつある。
俺は、彼女の傍にいる。
王の傍らにいるのは、女神ではない。
――生きている、ただ一人の人間だ。
そして、その人間を。
俺は、もう二度と、外へは出さないつもりでいる。
たとえ。
彼女が、勝手に抜け出そうとする性格だとしても。
その時は、その時だ。
俺は、必ず、取り戻す。
失わないためなら。
どんな理性でも、切り捨てる覚悟は、もうできている。




