選ばれている、という錯覚
……準備が、進んでいる。
瓶が並ぶ音。
火のはぜる音。
彼女の指が、止まらない。
俺は、少し離れた場所から、それを見ていた。
ご主人様は、今日も忙しい。
それが、嬉しい。
必要とされている。
役割がある。
居場所がある。
「ルイ」
名前を呼ばれるたび、
背筋が、自然と伸びる。
マジックバックの補充。
買い出し。
――任された。
それだけで、十分だ。
「美味しいものを多めによ」
……はい。
「香草入りソーセージは、さらに多めよ」
……承知しました。
声が、少し掠れた。
気づかれない程度に。
手招きされて、近づく。
頭に、手。
撫でられる。
……ああ。
この距離。
指先の温度。
軽い重さ。
「気を付けて行ってきてね」
その言葉が、
胸の奥に沈む。
「絡まれたら、私のところへ逃げてくるのよ?」
冗談だと、分かっている。
分かっているのに。
逃げてくる場所。
帰る場所。
そう言われたことが、
嬉しかった。
「……はい」
小さな袋を、手に載せられる。
小遣い。
選ぶ自由。
使う自由。
……信じられない。
「ありがとうございます」
声が、低くなる。
初めての使い。
初めての、外。
背中を向ける前に、
もう一度、振り返る。
彼女は、笑っている。
その時。
ノックの音。
現れたのは、レオ。
空気が、変わる。
軽い声。
大きな存在感。
「備えあれば憂いなし」
ご主人様が、胸を張る。
レオは、笑って。
肩に手を置いて。
「俺がいるから、心配するな」
……その距離。
自然すぎる。
長い時間を共有した者の距離。
胸の奥が、
静かに、締まる。
だが。
次の言葉で。
「ルイもいるから、万全よ!」
――選ばれた。
そう、思ってしまった。
理屈じゃない。
比較でもない。
並べられた。
同じ輪の中に。
同じ役割として。
……違う。
違うのに。
心が、勝手にそう受け取る。
俺は、役に立っている。
守っている。
支えている。
必要だ。
そう、信じたくなる。
三人分の影が、床に落ちる。
だが。
影の濃さは、同じじゃない。
分かっている。
理解している。
それでも。
「……万全」
その言葉を、
胸の中で、何度も繰り返した。
選ばれている、という錯覚。
それが、
どれほど甘くて。
どれほど危ういか。
俺は、もう知っている。
――だからこそ。
手放さない。
この位置を。
この距離を。
準備が整う音を聞きながら、
俺は、静かに息を整えた。
街を出る。
三人での旅。
俺は、“選ばれている”と信じたまま、歩き出す。
ルイ




