街を発つ準備。
朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。
埃を含んだ柔らかな金色。
街が、ゆっくりと目を覚ます時間。
私は今日も、作業台の前にいた。
瓶。
薬液。
火加減。
手は止まらない。
思考も止めない。
ポーションを量産する音が、一定のリズムで部屋に満ちる。
コトン。
コトン。
「……よし」
瓶を並べて、数を確認する。
回復。
疲労軽減。
解毒。
魔力循環補助。
どれも、必要なもの。
足りない、なんて論外だ。
そして。
「ルイ」
顔を上げると、
部屋の隅で静かに立っていた彼と目が合う。
「マジックバックに、不足分の補充をお願い」
淡々とした指示。
けれど、次の言葉は自然に柔らかくなる。
「美味しいものを、多めによ!」
一拍。
「……はい」
さらに、追い打ち。
「ルイが好きな香草入りソーセージは、さらに多めよ!」
間。
ルイは、一瞬だけ視線を逸らした。
「……承知しました」
その様子が、可笑しくて。
私は、手招きする。
近づいてきた彼の頭に、
そっと手を置く。
なでる。
一度。
二度。
「ふふ」
自分でも、よく分からない笑みがこぼれる。
「気を付けて行ってきてね」
「……はい」
「絡まれたら、私のところへ逃げてくるのよ?」
冗談めかして言うと、
ルイの肩が、わずかに強張った。
「……そのような事態には」
「はいはい。
その時は、ね」
そして。
小さな革袋を差し出す。
「はい。
これはお小遣い。
好きな物を買いなさい」
受け取る手が、ほんの一瞬だけ躊躇う。
「……ありがとうございます」
その様子を見て。
胸の奥で、ふっと何かが緩んだ。
――初めてのお使いに出す気分。
まさに、それだ。
コンコンコン。
ノックの音。
「はーい」
扉を開けると、
そこにいたのは、レオだった。
「よっ!
準備、進んでるか?」
「見て……今、必死」
作業台を指す。
並んだ瓶の数に、
レオが目を丸くする。
「これまた、凄い量だな」
「備えあれば、憂いなしよ」
胸を張る。
ドヤ顔。
「……ぷはっ!」
吹き出すレオ。
「確かにな」
笑いながら、
私の肩をぽん、と叩いた。
その仕草は、あまりにも自然で。
「俺がいるから、心配するな」
目を細めて、そう言う。
その言葉に。
「安心感!」
思わず、笑顔がこぼれる。
……ああ。
こういうところだ。
私は、ふっと振り返る。
ルイの方を見る。
彼は、静かに立っている。
いつも通りの姿勢。
いつも通りの距離。
「ルイもいるから、万全よ!」
そう言って、笑った。
三人分の影が、
床に並ぶ。
何気ない一言。
何気ない準備。
けれど。
それぞれの胸に、
それぞれ違う重さで、
この言葉は落ちていった。
街を発つ準備は、整いつつある。




