目を離すと、これだ。
街は、夕暮れの色に沈み始めていた。
石畳に伸びる影が長く、
昼の喧騒が嘘みたいに、音が丸くなる時間帯。
人の声。
食堂から流れる湯気の匂い。
酒と汗と、安心の気配。
――帰ってきた。
その事実に、
ようやく心臓が追いつく。
俺は、平然と歩いていた。
いつも通りの足取りで。
冗談を言って、笑って。
だが。
胸の奥は、ずっと冷えていた。
街道で、気配の乱れに気づいた瞬間。
背中を、嫌なものが撫でた。
あれは、偶然じゃない。
経験が、警鐘を鳴らした。
魔物の配置。
空気の流れ。
風の止まり方。
――あのまま通り過ぎていたら。
考えなくても分かる。
メイは、死んでいた。
穴。
疲労。
ウルフの群れ。
どれか一つでも欠けていれば、助かっていない。
「……はぁ」
誰にも聞かれないように、息を吐く。
危なっかしい。
本当に。
俺がいないと、
どうしてこうも“詰む”方向へ進むのか。
しかも。
たった、三ヶ月だ。
三ヶ月、目を離しただけで。
隣に、男がいる。
……いや。
“いた”のは事実だが、
あれは、ただの同行者じゃない。
距離が、近すぎる。
呼吸の位置。
立ち位置。
視線の動き。
全部が、
「生活を共有している人間」のそれだった。
しかも、奴隷。
一瞬、眉が寄る。
――拾ったな。
あいつのことだ。
理由もなく、想像がつく。
だが。
ちらりと、思い出す。
ウルフを斬った直後。
俺がメイを抱き留めた、その時。
背後から向けられた視線。
……普通じゃなかった。
あの黒髪の男――ルイ。
感情を隠すのが、上手すぎる。
礼儀正しく、静かで。
だが。
目だけが、違った。
あれは、
従者の目じゃない。
護衛でも、ない。
もっと、
――執着の色をしていた。
俺は、気づいている。
だから、平然としていた。
だから、明るく振舞った。
不安を、表に出さないために。
だが。
メイを失うかもしれなかった、
あの一瞬の冷えは。
まだ、消えていない。
「……やれやれ」
小さく、呟く。
俺のメイに。
世話が焼ける。
本当に。
だが。
メイには、俺がいる。
今までも。
これからも。
使い捨て、なんてしない。
だが、任せきりにもできない。
「……様子見、だな」
三人旅。
距離。
視線。
あの男が、
どこまで踏み込む気なのか。
そして。
メイが、
どこまで無自覚でいられるのか。
街の灯りが、一つずつ点る。
俺は、その中を歩きながら、
静かに決めた。
――目を離すと、これだ。
だから。
今度は、
ちゃんと、見ていよう。
俺のメイを。




