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第5話 ダンジョン能力とは2

「と、いうわけで、ダンジョン能力の修行しましょう!!」


「えっ、いや、修行って……なんでそんな話に?」


「世の中、力が足りてれば大抵のことはなんとかなります!!」


「力が足りていれば……」


「はい! 思考力、経済力、コミュ力、女子力、忍耐力、集中力、もちろん武力、暴力も! 使い方だったり、役割の分担だったりみたいな物は必要になるかもしれませんが、何か一つでも! あるいは組み合わせた総合力でも! とりあえず持ってれば、便利で生きやすいし、なんとかなりがちじゃないですか!!」


「は、はぁ……」


「で! 僕はとりあえず、シューズさんのダンジョン能力について、アドバイスとか、修行法を提示できます!! なのでシューズさん!! 今から修行をしましょう! そして…‥グスッ、亡きお仲間の忘形見くんとの、輝かしい未来へ駆け出すんですっっ!!」


 先程のシューズの身の上話を少し思い出したのか、目に涙を溜めながら、トートはそう力説する。


「でも、カニカマのことを調べに来たんですよね? そんなことをしていていいんですか?」


 そうシューズが指摘すると、トートはニヤリと細い目をさらに細く、悪い顔を浮かべて言った。


「上は適当に誤魔化すから大丈夫ですよ! まあ、実際手がかりがなさすぎるから、カニカマの次の行動を待つしかないとも言いますが! で、待機ついでに修行しましょう!」


「……なんだか慣れてる感じですが、こういうこと何度か経験してるんですか?」


「………………と、とにかく! 修行しましょう修行!! もしかして、やりたくなかったりしますかっ!?」


 シューズは、ほとんど迷うことなく言った。


「いえ、是非させて欲しいです!」


 それを聞いたトートは、ニコリと笑って言った。


「じゃあ今から、シューズさんを『半殺し』にしますね!?」


「……は?」


 瞬間、シューズは何かに飲み込まれたかのように、闇に包まれた。




 突如包まれた闇の中でシューズがまず感じたものは、嫌悪感だった。


 呼吸はできる。温度も湿度も不快感はない。

 しかし、まるで何百何千もの瞳で至近距離から睨み付けられているような、

 まるで得体の知れない生理的に受け付けない生物が四方八方で息を潜めて埋め尽くされているかのような、

 今すぐにここから離れたいという気持ち以外がまるで湧かない、ただただ強烈な嫌悪感がそこには充満していた。


 脳に突き刺さるかのようなその強烈な嫌悪に、一瞬にしてシューズは脂汗を滝のように流し始め、胃液が逆流し、嘔吐する。


『おー! 盛大に出しましたね! シューズさん! 聞こえてますかーっ!!』


 吐き終えても一向に拭えた気がしない嫌悪にクラクラとしながらも、シューズはその声を聞く。

 シューズは返事こそしなかったが、声に反応したその姿を認識したのか、声の主のトートは喋り始める。


『とりあえず、そのままだとだいぶツラいと思いますんで、領域(テリトリー)を広げてもらってもいいですか!?』


「て、領域(テリトリー)……」


 漏らすように喋りながら、シューズは声に言われた通り自身のダンジョンである靴に意識を向けて、その支配下を広げるように、自分の周りに能力を展開する。

 すると、まだまだ耐えられないレベルではあるが、空間から感じていた嫌悪感が少し和らいだ気がした。


『シューズさんは知ってると思いますが、おさらいの意味も込めてあえて説明しますね!?

 ダンジョン能力とは、世界から空間を奪い取って支配する能力です!

 まずはその基本となる『拠点(ベース)』! 

 シューズさんなら、履いてらっしゃる靴ですね!

 能力に目覚めた人の、思い入れの強い物や場所なんかが拠点(ベース)となる場合が多いです!

 一度決まった拠点(ベース)は一生変わることはありませんし、増えることもない!

 そしてその拠点(ベース)が修復不可なほど破壊されるとダンジョン能力者は死んでしまいますから、文字通りダンジョン能力の核と言えますね!』


 ダンジョン能力者なら誰もが知っているというレベルの話だ。

 特に拠点(ベース)を壊してしまい、死んでしまうのは能力に目覚めたばかりの人がやってしまう場合が多いので、広く周知されている情報でもある。

 能力に目覚めると拠点(ベース)となった物には自己再生能力や、ある程度の頑丈さは付与されるが、それも万能と言える物ではない。

 ダンジョン能力者になってしまったからには、能力を鍛えて、拠点(ベース)の頑丈になる力を上げたり、危ない攻撃を見極める判断力を育てることが必要不可欠となるのだ。


『そして『領域(テリトリー)』、これは拠点(ベース)から広げた、ダンジョン能力での支配空間ですね! 

 拠点(ベース)とは違いあらゆる物を支配下に置けますし、対象の場所や物も変えられます!

 そして、シューズさんがさっき壁や天井を走っていた時みたいに、物理やルールを捻じ曲げる事ができます!

 この時、拠点(ベース)となった物品から連想しやすい能力や現象が、基本的に使いやすくて強い出力になりやすいです!

 靴から連想してどこでも走れる能力というのは、オーソドックスではありますがいい判断だと思います!』


 壁や天井を走ったり歩いたりする力は、シューズが探索者をする上で、磨き、育ててきた能力だ。

 最初は靴からの連想で、人より早く走れるくらいの想像しかできなかったのだが、探索において仲間の助けとなるために能力を考え、作り上げてきた。

 斥候や、戦闘時の撹乱には使いやすい能力だとシューズは自負している。


『まあ、おさらいはこれくらいにして本題にしましょう! シューズさん、ダンジョン能力の出力を上げる為には何をすればいいか知っていますか!?』


「……反復して使い続ける事でしょうか」


『正解です! ダンジョン能力は使えば使うだけ強くなっていきますし、逆に使わないでいくと弱まっていきます! まあ、筋肉と同じような物ですね!

 その上でですけど、筋力トレーニングをする時って、ダンベルだとか、器具だとか、効率的に鍛える為に負荷を増やしますよね!?

 それと同じように、ダンジョン能力を鍛える場合でも、効率的に鍛えるために負荷をかける方法があるのはご存知ですか!?』


 聞かれたがあまり余裕のない状態のシューズは、考えを巡らせる余力がなかった。


「わかりません……」


 それでもなんとか問答だけは続ける。


『その方法の答えは、ダンジョン深度の深い所、環境が安定しない、人が基本は住まないような深層まで、ダンジョンに深く潜ることです!

 八紘(ユニバーサル)ダンジョンの支配力が高い場所でダンジョン能力を行使していれば、環境の安定している支配力の低い場所で能力を行使するよりも強く負荷がかかり、能力はより鍛えられます!』


 八紘(ユニバーサル)ダンジョンとは、世界全体を飲み込んだ広い広いダンジョン、その全体を指す言葉だ。

 入口や出口が存在するのかすら不明なほど広い八紘(ユニバーサル)ダンジョンには、入口からの位置関係で深層やら浅い層だというふうな指標の使い方ができない。

 八紘(ユニバーサル)ダンジョン内に海がないことはないのだが、世界が丸いのかどうかもわからない上に、重力すら安定していないので、海抜などの測定もあてにならない。

 なにより、街単位で場所が移動したり、入れ替わったりなんてことすら、そう珍しいことではない。


 そんなふうに、位置関係などでダンジョンの深さを判定できないのに、どうやってダンジョンの深さを判定しているのかと言えば、ダンジョン能力者が感じることのできる、『支配力』の強弱を判定基準にしている。

 支配力とは、ダンジョン能力者が世界から空間の支配権を奪い、ルールを捻じ曲げる時に使う力のことだ。

 もはや世界そのものとなっている八紘(ユニバーサル)ダンジョン内には、主が不明である支配力が強弱をマダラにしてかかっており、その支配力が強い場所をダンジョン深度が深い場所、弱い場所を浅い場所として判定している。

 基本的には、八紘(ユニバーサル)ダンジョンからの支配力の高い場所ほど、環境が乱れ狂い、人が住むのに適さないのが通常だ。


「つまり今から、支配力の訓練のために、ダンジョンの深層に向かうということですか?」


 シューズは街の近辺を中心に活動している探索者だが、深層と呼ばれるレベルのところまでは探索したことがなかった。


『いいえ! ここの周辺は広い範囲で支配力が低めですからかなりの遠出が必要になりますし、深層は危険です! あと、カニカマの動向を見なきゃいけないので街を離れることはできません! なので、察してるかもしれませんが、代替案をもうやってます!!』


 代替案、シューズが突如飲み込まれた、この暗闇の空間がそうなのかとシューズは思った。

 それを聞いてから注意深く周りの空間への感度を上げると、確かに高密度の支配力がその場には充満していた。

 そして、シューズが今感じている強烈な嫌悪感も、その強すぎる支配力に対する拒絶反応なのだということを理解する。


『シューズさんは、今、僕の支配空間の中にいます! 僕の支配力は深層と呼べる場所ほどは強くはないですけども、現状のシューズさんの支配力を鍛える為の負荷を与えることくらいはできます!』


 本当に深い所に行くよりは危険も少ないですしねと、トートは付け加える。


「つまり、ここで過ごしていれば、俺のダンジョン能力が鍛えられていくということですか?」


『……んー、それだけでもいいですけど、それじゃつまらないでしょうし、一つタスクをつけましょうか!』


「タスク、ですか?」


『はい! シューズさんはこの支配空間からの脱出を目指してもらいます! 脱出方法のヒントはあげません! 支配力の負荷を受けつつ鍛えてる間に、ダンジョン能力について深く考えてみてください! 明日から!』


「…………明日?」


 なぜ今日からではないのかとシューズは思いながら、ぼたぼたと、汗をかき始めていた。

 暑いわけではない。 支配力に抵抗するために展開している自身の領域(テリトリー)、それを維持するのに疲れを感じてきたのだ。

 それなりの期間、探索者として働いているシューズは一日中領域(テリトリー)を展開していても大丈夫なくらいには領域(テリトリー)を使い慣れている。

 領域(テリトリー)を広げているだけで疲れるという状態は久々で、なるほど、これが支配力の負荷がかかった状態というものかと実感しながら、領域(テリトリー)を調整しようとした。

 それは例えるなら、右手でずっと持っていた買い物袋を、右手が疲れてきたので左手に持ち変えるくらいの、ダンジョン能力者なら当たり前にやる力の調整だった。


 しかしその瞬間、シューズは激痛に襲われた。

 どこが痛いのかはわからなかった。 しかし確かな痛みがあった。

 汗が増し、意識がクラりとする。

 そして違和感を覚える。 自身の領域(テリトリー)の出力が、徐々に弱まっていっているのだ。

 まさか、こんなに早くとシューズが思うと同時に声がした。


『支配力切れですね! ツラいと思いますけど、頑張ってください! 3時間の予定でいます! 様子を見てダメそうならもう少し短くしますけども!』


 支配力切れとは、ダンジョン能力の燃料が切れたような状態のことだ。

 領域(テリトリー)を使ったり、物理を捻じ曲げたりの能力の行使は、無限にできるわけではなく、ある一定以上を使うと使えなくなるタイミングがある。

 体力とは別のエネルギーなのだが、体力と同じように寝たり休んだりすれば自然と回復する。


 ダンジョン能力を覚えたての時は、シューズもよく支配力切れを経験した。

 しかし、これは……。


「っ……、がっ……! あ゛が、がっ、あぁ、が、あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛————っ!!!」


 シューズの痛みから反射的に出る声は、うめきに変わり、叫びになり、最終的には慟哭かのような、悲痛な声に育っていった。

 肉を削り、骨を破り、ヒビ割れを広げ進むように、痛みがシューズに広がる。


『聞こえてるかわかりませんが説明しますね! 深層なんかの支配力の強い地域での支配力切れは、体内へ外部から支配力の侵食がおき、ダンジョン能力者は痛み苦しむことになります! 自分のものでない支配力からの侵攻、それに対する拒絶反応みたいなものですね!』


 トートは最初に宣言していた、

 『半殺しにする』と。


 それは、冗談や意表をつくのを狙った物でなく、ただの事実であった。

 強力な他者の支配力は身体や精神を蝕み、傷つけ、それは最悪の場合死に至るほどのダメージとなる。

 だが——、


『かなりしんどいですが、強力な支配力を受けて負ったダメージからの回復は、能力者に寄生しているような状態にあるダンジョンに危機感を与え、『能力の成長』をより促します!

 あんまりやりすぎると本当に死んじゃいますし、まずは控えめに3時間! 頑張ってください!』


 そうして地獄の3時間が始まったのだった。

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