戦争の行方
捕虜にされた孝之は、清潔感のある部屋に案内された。そこには高級感のあるソファやベッド、広いバスルームなどが完備されており、極めて快適な部屋だった。孝之は怪訝な顔をし、中年男性に訊ねる。
「おいおい……本当にここがオレの部屋なのか? これじゃ人質って言うより、大層なお客さんじゃねぇか」
彼が驚くのも無理はない。つい先ほど何人かの兵士を撃ち殺した彼は、どういう風の吹き回しか快適な部屋に案内されたのだ。
無論、彼を案内した中年男性には思惑がある。
「ヘイ、ボーイ。どうせキミが口を割れば、狐火の連中はキミを処刑するんだろう? 人間をコントロールするメソッドは、何もバイオレンスだけじゃないってこと。アンダスタン?」
「何を言いたのかさっぱりだ……」
「早い話、キミには我々の仲間になってもらう。狐火軍よりもうんと快適な環境を保証してあげるってこと!」
それが彼の考えだ。孝之は肩をすくめながらため息をつき、彼に言う。
「そりゃ、本来ならオレがアイツらに従う義理なんかねぇんだけどさ。向こうの軍に守りたいもんが出来ちまった」
孝之にとって、翔太と狼愛は命を張ってでも守るべき存在だ。中年男性は呆れたような表情で後頭部を掻きむしる。
「……まあ、もう少しゆっくり考えても良いんじゃないか? ワタシはジェラート少佐。ボーイの名前は?」
「才原孝之だ。アンタがオレの心を動かせると信じる限りは、ここの世話になるとするよ。何なら、オレの友達もここに連れてきたいくらいだ。しばらくの間よろしくな、少佐」
「よろしく、タカユキ。ワタシはキミを、絶対に手懐けてみせるよ」
こうして、二人の奇妙な共同生活が始まったのだった。
*
その頃、翔太はかつてない危機を迎えていた。彼は四方八方から敵機の攻撃を受け、身動きの取れない状態にあった。オボロヅキの装甲は削り取られ、基盤や配線がむき出しになっている。漏電した部位は、微かに発光している。このままでは、オボロヅキが大破するのも時間の問題である。
一方で、架神のオウマガトキは優秀な働きを見せていた。彼は次々と敵陣の機龍を撃破し、残るは後三体となった。さっそく通信機を使い、架神は声を張り上げる。
「何をしている翔太! お前が生き残らなければ、俺たちの復讐は成し遂げられないぞ!」
無論、翔太とて犬死を望んでいるわけではない。
「動け! 動いてよ!」
震える手で操縦桿を握りつつ、彼は必死に叫んだ。しかしオボロヅキが動き出す気配はない。その目の前では、一機のレジェンドが荷電粒子砲を溜めている。このままでは、翔太は命を落とすこととなるだろう。
――その時だった。
突如、彼の目の前に一機のメタルコメットが飛び込んできた。メタルコメットはレジェンドの口に飛び込み、荷電粒子の塊と共に爆発した。こうして翔太を狙っていた機龍は破壊され、その場に倒れ込んだ。爆炎の中から姿を現したのは、満身創痍の少女である。
「狼愛!」
翔太はその名を叫んだ。彼の絶望的な危機を前にして、狼愛は自らの命を捧げようとしたのだ。
その様を見て、架神は呟く。
「だから言っただろう。ICは感情なんか持つべきではないと」
彼はオウマガトキを操縦し、残る二機のレジェンドを撃破する。その周囲を飛び回るメタルコメットも、敵陣の戦闘機を次々と撃ち落としていった。
狐火軍の勝利だ。
一機のメタルコメットの中から、正和が指示を出す。
「各自、スカイネストに戻りたまえ。杠葉翔太のことは、後で回収しに行く」
その指示に従い、架神はスカイネストへと向かった。今日を生き延びた兵士たちも、その後に続いていく。戦場に残された翔太はオボロヅキから降り、狼愛の方へと歩み寄る。
「狼愛……」
彼女はまだ息絶えていないが、肩で呼吸をしている有り様だった。




