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王宮の流行り

「でも、側にいただけで移ったってそういうもの?」


「ああ、王宮だと言うのにエロイーズが腕に抱き付いてきたから、困ったよ。

 昔からのひっつき癖がまだ治ってないみたいで」


「そう言いながら嬉しそうよ?」

 

 実際、フィガロ様の顔は困ってるとか、嫌がっているというより、微笑みながら話しているものだから、全く知らない人が聞いていたら「ちょっとした惚気か?」と言っちゃいそうだし。

 ちょっと面白くないわ、なんて思うんですが。

 

「そりゃあ、嫌われるよりは好かれたいよ」


「は?」


 なんか、思いっきり居直られた感のあるセリフに、思わず目を剥くと、フィガロ様は鈍いのか、語りたい派なのかよくわからないけれど「まあまあ、聞いてよ」と私を宥めた。


「だって、心理的に、嫌われたいより、好かれたいでしょ?

 でも異性としての恋愛感情じゃないからね。

 エロイーズは確かに可愛いけど、小さいころから知っているから、性格もよくわかってるし親戚の子みたいなものかな。

 それに、君のご両親は忙しいみたいで家で構ってくれないみたいだし、君もフィリパに通うためにエロイーズが物心つく前にアギールの城に行ってしまったから、、僕は彼女にとっては兄みたいな、君にとってシャールみたいな存在なんじゃないかな。

 まあ、僕は護衛役には弱いけどね。

 だから、小さいころからの名残なのか、まだ僕に何かとべったりなときもあるし、何か事があって不安になると抱き着いて来ようとするところが、まだ十三歳だし、子供なんだなって思うよ」


 そう言われちゃうと、私にはシャールが側に居たし、おばあ様が亡くなるまでは母代わりに面倒を見てくれたし、おじい様も、たまに国境の駐屯地から帰ってくる叔父様も何かと気にかけて面づを見て愛情をかけてくれている。普通の家庭のように両親が揃う家庭じゃなかったけど、両親が居ない淋しさに泣いた時もあったけど、今はそんなことは思わない。


 それに比べたら、両親の側でずっと暮らしている妹。


 昔は両親の許で育ち、フィガロ様にも気軽に会える距離で暮らす妹が羨ましくて仕方がなかった時もあったけど、大きくなってだんだん世の中のことが分かってきたら、妹の方がずっと淋しい生活なのかもしれないと思うときもある。

 でも、妹とは、いつからか出来てしまた距離感の溝があって、よくわからない存在になってしまって、まるで遠い親戚の子みたい。

 毎日顔を会わせるクラスメイト達の方が仲良しだし、気心知れてる。


 本当はもう少しお互い歩み寄った方がいいのは分かってるんだけど、今更とか、なかなか……。


 黙り込んでしまった私の表情を見て、エロイーズを庇うような発言をして気分を害したと勘違いしたのか、フィガロ様が慌てた口調に変わった。


「でもねっ、最近大人ぶって香水付けだしちゃって、ほのかに香る香りならいいけど、あれは嫌だって思ってるよ。

 周りの女の子も、まだ子供なのに、流行りか何か知らないけど滅茶苦茶臭いから。あれ、嗅覚とかおかしくならないのかな。

 僕は頭痛くなるんだよ。

 今日は王太后様の部屋に家のお土産持っていかなくちゃならなかったんだけど、さっさと渡して出て来たよ」


「うむ。臭いという意見には賛成だ」


  確かに香りというものは、好きな香りでもほんのり香る程度ならいいけれど、あまりに強すぎると気分が悪くなるものだ。

 そのあたりのマナーは徹底されていないのだろうか。


「我も王宮がいつの間にこんなに臭い場所になったかと思いながら我慢して歩いた」


「え? シャール、他の場所歩いたの?」


 私達の滞在は一応秘密だから王宮内は出歩かないようにって言われてるのに。

 だから、レオ君を連れてきた日はともかく、事件後、私は王宮この魔導塔以外は歩いていない。

 万が一保護したレオ君の話を聞いているお偉いさんの中で、学生の私達が面倒みていることをよく思わない方は絶対出てくるだろうし、そう人達は、王宮の女官あたりに適当に面倒を見させればいいと言い出すに決まっているから、私達の滞在は限られた者以外には秘密なのだ。


「うむ。警備がどのようになっておるのか確認のために正門から宮殿、この魔導塔と横の近衛の寮と騎士棟までは見て回った。

 念のために認識疎外の魔法をかけて歩いたから、誰も我の顔を覚えておらぬから心配ない。

 しかし、あの王太后の辺り、宮殿の奥がものすごく臭かったな。

 あれで先代ジルレ当主の姉とは思えぬ。

 神官の一族なら香りの重要さは分かっているだろうに。

 あれでは弱い精霊や魔族なら寄り付かなくなるし、獣人も種族によっては嫌がるだろう」


「そうなんだよ。あれは薔薇の香りだと主張されるんだけど、うちのジルレの領地の薔薇園の香りとは似ても似つかない」


「ふむ。確かにフィガロにまとわりつくこの香りは薔薇とは思えぬ。

 では、フィガロに着いた臭いを消す魔法使おう」


「ありがとう、シャール。助かるよ。

 エロイーズだけど、さっさと話しを終わらせようとしたんだけどさ、彼女の友達なのか、グループの一人が王太后様の香水を使わないんですか?とか言われたけど、意味わかんなくてびっくりしたよ」


「……本当ね。香水は輸入品だから高い上に、好みがあるのに、何を言ってるのかしら。

 押し売り?

 でも、なんでエロイーズが王宮に?

 彼女「たち」ってことは友達と?」


「うん。今日は学校が休みだから王太后様が不定期にミルバ学園の学生を呼ぶお茶会があるみたいなんだけど、そのグループの中にいたんだ。

 あ、それよりもこれ、レオ君の着替え用。

 僕の子供時代の服が取ってあったみたいだから持ってきたよ。

 共犯者もまだ捕まっていないって聞いたし、街に買いに行くのも難しいんじゃないかと思って、母が午前中にうちの者に頼んで準備してくれたよ。

 一昨日の夜、シャールがヴェスパ山の栗と麓の村のチーズケーキを届けてくれたでしょ?

 あれ、美味しかった。家族皆喜んでたよ。

 あと、うちの料理人が僕の好きな栗のパウンドケーキを作るって聞いたから、出来たら届けるよ。

 儀式の成功のお祝いも兼ねて他のお菓子とかも用意しようか?

 あ、王宮だから豪華な食事出るし、いらないかな?」


「ううん、初日に出された王宮の食事が、多分気を使って豪華にしてくださったんだと思うんだけど、小さなレオ君には濃いって言うか、口に合わなくて、この魔導塔の厨房と食材を借りてシャールが作ってるの。

 レオ君もお手伝いしたいって言うし、シャール曰く、手先の感覚や感性を養うために料理は魔法を使わず、魔法はなるべく使わず作るって言うから……」


「なるほど。だからルジアダの不器用さがレオ君にバレたんだね。

 昔の逸話を思い出したよ。

 しかも、今回は君の家の付き添いも連れてこれないから」


 フィリパ学園では十歳から十五歳の生徒を縦割りに割り振ってグループを作り、夏の行事で、魔力を使わず自力で山と川で一日活動するという行事がある


 学園から近い牧場の羊の毛刈りをしたり、掃除をしたり、レクレーションでは、グループの力を合わせて林の中の宝探しをしたり、昼食は河原の石を集めてコンロを作り網や飯盒を使って料理を作ったりする授業だ。


 その行事では、魔力は非常事態以外絶対使ってはならないというルールのもと行われていた。


 これは魔力を使った生活を当たり前だと思ってはいけないという教えと、魔力を使いすぎた非常時に、どんな道具があったら便利かという閃き力や、手先を使って感性を高めるために考え出された授業だそうだが、私はその中で料理だけが苦手だった。


 薪や落ち葉を集めるのは別に問題ないが、料理で包丁や火を使うとなった時、野菜を切る程度ならまだ問題なかったけれど、毎年、飯盒のコメを消し炭にしたり、野菜が生焼きだったり数々の伝説を残したのだ。

読んでいただいてありがとうございます。

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