4-10:檻の中の絆
最近、朝寒いですね・・・
4-10
私は里では爪弾き者だった。
私が育ったのは私たちラミアが隠れて暮らす隠れ里。閉鎖的で何の面白みもない静かな里。この世界では私たちみたいな亜人は迫害されてきた歴史があったらしい。だからこういう隠れ里に閉じ籠って暮らすしかないって、長老に言われた。そもそも里の外に出た事なんか無いから、そんな話をされても実感が沸かなかった。
何より嫌だったのは、種族の中にある掟だ。一つは隠れ里を出てはならない。そしてもう一つ。そっちは私たちの種族自体の問題から来る掟だ。そもそも私たちの種族は女ばかりだ。一応男の子も生まれることはあるけど、ラミアから生まれた男の子の種族はなぜか人間になる。そしてその絶対数は少ない。男1人に対して女が10人くらいの割合だ。だから里の男の子たちは大切に育てられて、その影響で傲慢になる。傲慢ではなくても、大抵はロクな性格にならない。
そして、そいつらから気に入られれば、拒むことは許されない。男の求めには応じよ。それが2つ目の掟。そんな閉塞的で古臭い掟が嫌だった私は、逃げ場を探すように外の世界に憧れた。いつか外の世界に出ることを夢見て、体を鍛えて、戦う術を身に着けて、勉強もたくさんした。成人を迎えても、男の子たちの目に触れない様に、細心の注意を払って狩りをしたり、勉強したりして過ごした。
自意識過剰かとも思うが、少なくとも今の里の男の子達に気に入られるのは避けたかった。外の世界に行く弊害は出来る限り取り除くべきだと思った。そんな私の様子を見て、母親は眉を顰めるばかりだった。どれだけ説明しても理解は得られなかった。それは里の他の子たちも同じだった。徐々に母親も私を疎んじる様になってきた。
そして、16歳と少しを迎える頃には、私は村の中で本格的に爪弾き者になった。さらに母親からは勘当も同然で家を追い出された。仕方が無いから里の端っこの洞穴を利用して、野営の様なテントを張って生活することにした。幸いにもそれまでに鍛えていたおかげで、狩りをするにも困らなかったし、勉強していた知識が役に立った。そんな生活を半年以上も送っていた頃、事件が起きた。
里の中で粗暴者で有名なギリクが、どこから聞きつけたのか、私の元を訪ねてきた。最初は私が狩った獲物の肉や毛皮を色々なものと交換したいって話だった。正直、大切に着回してたとはいえ、衣類は心許なかったし、他の必需品も手に入るから、最初の内は魅力的な提案だった。
問題は何回か訪問された後。アイツはこう言ってきたわ。
「ララァナ。ここは不便だろう?君が僕の3番目の伴侶になるなら、僕が里の皆に口利きをして元に戻してあげるよ」
元々粗暴な男の子だ。こんな風に私の元に来て必需品をやり取りするなんて裏があるとしか思ってなかったが、ギリクが口にしたのは私が一番嫌だと思っていた内容だった。最悪である。正直、そんな提案は御免だった。里の中だけの権力でデカい顔をしてるだけの目の前の男の子を、とてもじゃないが受け入れることは出来なかった。
「・・・私は貴方の求めに答えられない。悪いけど、他を当たって」
「な!!?僕はこの里の数少ない男だぞ!?お前は僕に従わなきゃいけないはずだろう!?それが掟だ!」
「私はその掟が嫌いなの。貴方は満足なの?こんな檻みたいな里の中でしか生きられないなんて。私は嫌だわ」
「・・・後悔することになるぞ。僕の求めを断ったんだからな!!」
そう吐き捨ててギリクは去って行った。予定より早いけど安全のためにも旅立つべきだと思った。荷物を急いで纏めて、翌朝の日の昇らない内に出発しようと決意する。だけど、それでも遅かったらしい。私はその夜、ギリクに襲われた。
いつも通り寝ていたら、念のため仕掛けておいた罠から音が鳴って、その音で飛び起きた。傍にあった杖を手に取って警戒していたら、ギリクが槍を構えていた。彼一人だったらしくって、槍で襲われたけど、今まで鍛えてきていた私の敵ではなかった。突いてきた槍を『硬鱗』のスキルを発動した蛇身の部分で弾いて、追って来れない様にそのまま蛇身を彼の足に巻き付けて骨を折った。
「う、うぎゃあぁぁぁぁ!!・・・ぐ、くそ!このくそ女!!足を!僕の足を折りやがって!!後悔させてやる!絶対に後悔させてやる!!・・・誰かー!誰かー!!」
「アンタみたいな情けない男を見ていると、こっちの気分が悪くなる!」
そして私は里の元仲間たちから追われる身となった。急いで逃げたが、そこは同じラミア。いくら私が鍛えたと言っても、まだ成人してそこそこの小娘だ。追いつかれて川まで追い詰められた。追いかけてきた女衆の中から、里の長老が出てくる。・・・幼い私に魔法や勉強を教えてくれた先生でもある。
髪の色も抜けて、白くなるほどの老齢だが、勝てる気がしない。杖術でも、魔法でも。
「・・・先生」
「ララァナ、残念だよ。お前は私の生徒の中でも一等優秀だった。いずれ子を産み、その後は私を継いでくれるモンだと思ってたんだがねぇ」
「その望みには従えません。私は外の世界を見たいんです。こんな檻の中じゃ私は自由になれない」
「外も変わらんさ。外は人間だらけだ。奴らは自分たちと違うものを恐れ、時に弄び、そして殺す。我々の祖先がそうだった。そう教えたはずだよ」
「でも、それはここでも同じです。私は先生たちとは違う。だから今こうして、ここに立たされている」
「お前はここを『檻』と言ったが、そう思っている限り、お前は外の世界すらも『檻』と感じるだろうよ。外へ出ても、お前が行きつく先は『檻』だよ」
「それでも、私は外へ出ます」
「・・・分からず屋め」
「先生こ、そ!」
杖の先端の半月状になっている部分で石を掬い上げて、そのまま放り投げる。一瞬怯んだ隙に、後ろ側へ飛ぶ。その先は冷たく暗い川だ。私たちの種族は寒さに弱い。動きが極端に鈍くなる。だけど、このままここに居ても、先生や里の連中に殺される。運よく生き残っても、行きつく先はあのギリクのオモチャだろう。それなら、私はコッチを選ぶ。私は水の中に飛び込み、どんどん体温が下がって動きが鈍くなるのを感じながら、急流の中を泳いで下った。
どの位泳いだだろう。隠れ里の範囲から出れば、里の皆も追っては来ない。何せ彼らは掟を守ることに必死だから。動きが鈍いせいで何回か失敗して、岩に体を打ち付けた。その影響で腕の一部が変色していた。幸い折れてはなさそうだけど、動かすたびに鈍い痛みが走る。川が曲がる所で、岸に上がって何とか息を整える。
「ぜっ・・・はぁ、はっ・・・げほっ、げほっ!」
少し水が喉の奥に入った。それを吐き出して、周囲を見回す。荷物は・・・一応ある。でも濡れちゃってるから、乾かさないと。それに私自身も温まらないとマズイ。思ったよりも体を冷やしすぎた。思う様に体が動かない。今も寒さで体が震える。体を温めたいけど、隠れ里から出来るだけ離れておきたい。
私は朦朧とした意識の中、動きの鈍い体に鞭打って、川沿いを進みだした。だが、いつの間にか私は意識を失っていた。
--☆
目覚めは最悪だった。未だに低い体温に苦しみながら、体を動かしたら手と腰の辺りが重いことに気が付いた。金属で出来てるけど、これは手枷?それに腰の部分にも金属の輪がされて、その両方から伸びた鎖が床板に固定されている。そこまで確認して、ようやく周囲の状況が理解できた。私が入れられているのは檻だった。
「な、何で・・・どこよ、ここ・・・何よ、これ!!」
蛇身を檻に打ち付けて、破れないか試すが、ビクともしない。その音を聞きつけたのか、黒ずくめの男が檻の外に現れた。
「だ、誰!?」
「ふむ、まさかとはと目を疑ったが・・・希少種族のラミアがこんな所で手に入るとはな。状態は良好。高く売れそうだ」
その言葉にゾッとした。否応なく、先生である長老の言葉が蘇る。
『お前はここを『檻』と言ったが、そう思っている限り、お前は外の世界すらも『檻』と感じるだろうよ。外へ出ても、お前が行きつく先は『檻』だよ』
先生が言ったのは比喩なんだろうけど、ホントに檻に行きつくとは思わなかった。最悪だ。私が求めたのはこんな未来じゃない!!こんな世界じゃない!
「ここから出しなさい!!」
「それは無理だ。お前は大切な『商品』だからな」
私はどうやら人間どもの商品として売られるらしい。その後も檻の中で暴れたりもしたが、何も現状は変わらず、時間だけが過ぎていくだけだった。檻の中は屈辱的でしかなく、時間と共に確実に私の心を少しずつ砕いて行った。
そこからは何もかもが曖昧だった。時間の流れさえも。それと出される食事は粗末で、私の気力を尚の事奪っていった。ただ怪我をした腕の痛みだけが私の意識を繋ぎとめていた。ある時、檻に人が増えた。最初はハーピーの少女だった。先生から教えてもらった私たちと同じ亜人だ。ルゥ、というらしい。同じく檻で過ごすうちに、彼女は何も喋らなくなってしまった。何を話しかけても黙ったままだ。私もいつからか、言葉を発することが無くなっていった。
そんな時、2人目が檻にやって来た。私やルゥよりも遥かに小さな人間の女の子だった。綺麗な金色の髪に、宝石の様な碧色の瞳。作りものみたいな可愛らしい女の子だ。最初は私やルゥに何か話しかけていたみたいだが、私たちは何も反応できなかった。言葉を返そうとしても、喉まで出かかるけど、それを発することが出来なかった。その後もその子の事を目で追って、観察したりしていたが、ボーっとしていてあまり記憶にない。けど、いつの間にか腕の痛みは引いていて、痣もキレイに消えていた。それがその子のお陰だと気付くのは、さらにあとの事だった。
そして変化が起きたのは突然だった。その女の子がやってきて少ししたら、その子が倒れて動かなくなったのだ。額に手を伸ばせば、額が熱かった。
「・・・ぅ・・・おじい、様・・・助け、て」
その言葉が、私の心を取り戻した。私よりも遥かに小さくて幼い子供が目の前で苦しんでいるのを見て、ハッとした。なぜかは分からない。でも、この子を助けなければと思う様になった。その子を抱き上げて、すぐに男たちを呼んだ。
そこから看病して、助かるかどうか気を揉んだけど、どうにかその子は回復してくれた。その子の名前はヒスイというらしい。回復したその子自身が教えてくれた名前だ。すごくお喋りな子だけど、体は弱いらしくって、その後も何回か熱を出して心配したが、何とか死なせずに済んだ。
起きている間はお喋りだけど、寝ている時はおそらく不安なのだろう。私にしがみ付くか、ルゥの翼の端っこを掴んで眠る。そんな様子を見て、ルゥも少し表情が動くようになってきた。
どうやら狭い檻の中で一緒に居ることで、私たちには奇妙な絆が芽生え始めたみたい。種族も年齢もバラバラ。だけど、この中にいる間だけは、私たちは家族の様だと思えた。もしも、妹でも居れば、こんな気持ちだったのかもしれない。そう、妹・・・ルゥもヒスイも私にとって手のかかる妹だ。二人を腕の中に抱き寄せて居ると、冷たくなった筈の心が温かくなっていくのを感じる。二人は私と違って、体温が高くってこうして抱きしめていると、安心する。
「あ・・・」
腕の中のぬくもりが減って、ついつい残念に感じて声が漏れる。どうやらヒスイが腕の中から、するりと抜け出たらしい。抜け出た当の本人は檻の格子に近付いて--
「おい、雑魚。ほら相手しろ、この雑魚」
「・・・・・・殺すぞ、クソガキ」
「べー、だ。やってみろバーカ」
「てめー・・・本当に今日という今日は覚悟しろ!」
「雑魚がまたできない事ほざいてる~。学習能力ないですねー。頭わる~い。やーい、ばーかばーか」
「てんめー!!」
檻の隙間から手を伸ばしてヒスイに掴みかかろうとした男--オルゥズというらしい。ヒスイが聞き出さなければ知りもしなかった名前だ。そいつの伸びた手を避けて、ヒスイが私の方に下がってきた。あいつの手が届かない範囲だ。
「届かないでやんの~。ばーかざーこ。短小イ〇ポ野ふがふが」
「てんめ!!出てこいコ--づっ!?」
オルゥズが後ろから殴られて、気を失った。そのままイルベウスに引き摺られていった。
「んべー」
口を塞いで抑え付けていたヒスイが、塞いでいた私の手を外して、また舌を出して馬鹿にしている。最初の内は、あいつらを小馬鹿にしているのを見てヒヤヒヤした。ヒスイは5歳らしいけど、そうとは思えないほどに賢くて口が回る。自分の価値が分かっていて、あいつらが手出しできないことを理解している。それで先ほどの様なやり取りが今日までに何回もあった。まぁ、その騒がしさもあって、私もルゥも心を取り戻せた様なものだけど、何だか微妙な気分だ。
それにヒスイの口が回るお陰で、私やルゥの食事が前より豪勢になった。と言っても、こうして捕まる前に比べたら量は少ないし、空腹を少し紛らわせる程度だけど。それでも、初めて食べる味に、私は内心大喜びしていた。ヒスイのお零れに与るみたいで情けないけど、それより美味しい食事には手を伸ばさずにはいられなかった。
「やっぱり食事は美味しくないと、元気でないですもんね。元気が無いと、私また死にかけちゃいますし!」
とは、ヒスイの言葉だ。あいつらに言うこと聞かせて料理をさせているのには驚いた。その時も説得するのに、この子のよく回る口が大活躍していた。
ただ最近、特にオルゥズって男を小馬鹿にする際にどんどん口汚くなっていてるのが、私には心配でならない。この子、このままで大丈夫かしら?注意すべき?ただ、この子があいつらを小馬鹿にするのを見るとスカッとするのも事実なので、止めろとも言い難い。あ、でも最後のだけはダメね。そこだけ注意しておきましょう。未だに私の腕に捕まったまま「べー」って舌を出しているヒスイの頭を軽く叩く。
「ヒスイ、アイツらをキレさせない程度に小馬鹿にするのは構わないけど、さっきの最後の言葉だけは、この先言っちゃダメよ。というか、一体どこでそんな言葉覚えたのよ」
「私の居た村の冒険者ギルドで」
「・・・意味分かってる?」
「え?チン〇ンちいモガ」
「女の子がそういうことを言うんじゃありません」
「はぁい」
素直に返事をしてくれて一安心だ。この子は早々に心が壊れてしまった私やルゥよりも心が強い。だからどれだけ暗い未来が待っているのだとしても、この子と一緒に居る間は、きっと大丈夫と思えた。そう思っていた。
--☆
「ぅ・・・わ、私・・・ひっく・・・うっ、お、おじい、様、が・・・」
それは突然の事だった。私たちが別の檻に移されて、いよいよ目的地(王都クラウゼン?というらしい)が遠目に確認できるくらいの頃になって、急に起こった。誰よりも心が強いと思っていたヒスイが急に泣き出した。あまりにも急な事で驚いた。
私たちはいつも通り他愛無い会話をしていただけだったはず。けど、ヒスイのお祖父さんの話になった時に急に泣き出したという訳だ。ヒスイのお祖父さんは魔法士という凄い魔法使いらしい。それは以前聞いていたが、スタンピードの起きた街から来たというのは初めて聞いた。そして、そのスタンピードでお祖父さんが死んだんじゃないかと思ってしまったらしい。そんな事をポツポツと語りながら震えるこの子を抱きしめた。
「きっと大丈夫よ。だって、こんなに強いヒスイのお祖父さんでしょ?きっと大丈夫。ね?」
「・・・はい゛。は、ぃ・・・う、あ・・・・・・・・・あ゛ぁぁぁぁぁ!」
最終的にそこそこの時間泣き続けた後、寝息を立て始めた。
「はっ、ガキらしく泣いたと思ったら、もう寝たのか。自分が売られるのを察して、ついに絶望でもしたか」
オルゥズが檻の外からヘラヘラと笑いながら、檻に手をかけコチラを覗き込んでくる。ルゥが翼でヒスイを覆い隠し、私はオルゥズを睨み返す。私はヒスイほど度胸がある訳じゃないし特別頭が良いわけじゃ無い。あんな舌戦繰り広げるのは無理だ。
「けっ、亜人共が」
悪態を吐いて、オルゥズが去って行く。
ルゥもヒスイが心配みたいで、顔を寄せてから翼で包み込む。私も蛇身で周囲を囲う様にしておく。そして、改めて2人を腕で抱きしめる。
・・・情けない。本当に情けなくて、弱くて、バカな自分が嫌になる。ヒスイの強さに甘えて、たった5歳の女の子を心の支えにするなんて。逆じゃなきゃいけなかったんだ。ヒスイに頼られる様にしないといけなかった。この子があんな風に大泣きするまでそんな事にも気付かないなんて。
私は改めてヒスイとルゥの寝顔を確認する。
今度は私が守ろう。この2人を。
無口だけど誰より優しいこの子を。
強くて弱くて、向こうみずなこの子を。
私の大事な2人の妹を。
冬、ヤダなぁ・・・
ということで、今回はララァナ視点でお送りしました。
なんかこの章、主人公以外の視点が多いですね。次章はそんなことないはずなんですが。




