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最果ての塔と、女王の言い分  作者: 日野うお
3/3

春の言い分と、最果ての塔

騎士の言い分


騎士達は、冬の女王の話を聞くと、すぐに都へ知らせることにしました。仲間のもとへ魔法の鳥を飛ばすこともしましたが、それで国が動くかは定かではありません。そこで、長髪の方の騎士が、急いで都に戻り、王へ直訴をすることになりました。

騎士が帰りついたとき、王はまだ、何の手も打っていませんでした。悪い方の予想が当たっていたのです。

騎士は騎士団の力ともてる人脈の全てを使って、王へ直訴を行いました。

「お前は国のために冬の女王を説得に言ったのではなかったのか」

王は、顔をしかめました。

「それなのに、女王を説き伏せられないばかりか、その尻拭いを私にしろと言うのか」

「そういう話ではございません」

騎士は拳を握りしめ怒りを耐えました。

もともと冬の女王に否定的だった彼ですが、それは彼女が私利私欲のために、民を苦しめていると思ったからです。彼は基本的に女性を大切にする主義でしたので、冬の女王が春の女王のために身を削ろうとする気持ちには共感できました。さらに、春の女王の居場所が分からない以上、冬を長引かせることが必要だと、もう理解しています。

「冬の女王は、春が迎えられないこの国のために、冬を続けているのです。それは、公徳心と言えましょう」

「春の女王一人のために民に犠牲をしいてもか」

鼻で笑った王へ、騎士もとうとう敬意を脱ぎ捨てました。

「現時点で民のためにできることをしようとしない王が、何を言うのか。貴方は倉にためられた食糧を何だと思っている」

「黙れ。あれは私のものだ。お前に勝手な口を挟まれる筋合いはない」

「いいや、あれは貴方のものではない。民のものだ。民のために四季を守ってきた女王たちによってもたらされた恩恵だ。民に返されるべきものだ」

「戯けたことを!無礼者がっ」

激昂した王は、騎士をとらえるように命じました。しかし、誰も動きませんでした。城を警備する騎士達は騎士団の副団長に忠実でしたし、その他の者は、すでに彼の味方に引き入れられていたのです。

「…残念ながら王はお疲れのご様子だ。とても政務には耐えられまい。代わりに私が指揮を執る」

若き副団長は、王の年の離れた弟でした。

彼は国を守るためにと自ら臣下に下ったのですが、とうとうこの年、兄を見限ったのです。

やや軽く、まだ若輩の印象の拭えない彼ですが、その胸には騎士として培われた民のためにという誓いが深く刻み込まれています。そして、その美しい容姿はそれだけでも人を惹き付け人の上に立つための武器となります。

彼は、意図して微笑みました。

「皆。急なことだが、民のために力を貸してほしい」

その微笑みと、言葉に込められた真実の思いは、その場にいた人々を頷かせました。

それからの動きは迅速でした。

町では早速食糧配給の知らせが出されました。お陰で、なかなか春が来ないというこの事態に不安を抱えていた人々は、少し落ち着きを取り戻しました。

さらに、王弟は、新しい春の女王候補と、春の短い国や寒い国の農業に通じた者達を探させました。大規模な人探しは、国の全土に及び、その陰で秘密裏に、ある人物の捜索が始められたのです。



同じ頃、最果ての塔では、冬の女王がいらいらしていました。

「ねえ、貴方はどうして戻らないの?仲間一人を帰らせて、嵐にでもあったら無事に帰り着けないかもしれないわよ?」

冷たく咎めるような目を向けた冬の女王に、騎士は真面目な顔で返しました。

「私は、貴女が必要以上の寒さを生み出す気がないと知っていますから。彼は大丈夫です」

冬の女王はむっとした顔をして、そっぽを向きました。

「だからといって、危険がない訳ではないわ」

「ええ、でも、まだしなければならないことも残っているので」

そう言って男は、にこりと笑いました。

「春の女王はどちらに居るんですか?」

これは、冬の女王が語らなかったことでした。

ぺらぺらと、まるでもう何も隠す気はないとばかりに喋りながらも、そこだけはさらりと流していたのです。

「さあ。知らないわ。私が引き受けたのは、冬を続けることだけだもの」

彼女は何度目かになる答えを淡々と繰り返しました。

けれど、騎士はひきませんでした。

「いや、貴女は知っているはずです」

「知らないったら」

「どうやら責任感も強く春の女王への情も深いらしい貴女が、身重の彼女を放っておくはずがない」

確信をもって断言され、冬の女王もとうとう口をへの字にして黙りました。

「…教えないわ」

小さな声で呟かれたのは、こんな言葉です。

それは知っていることを肯定する言葉でした。騎士は落ち着きはらって頷きました。

「そうでしょうね。無理に春の女王を連れてこられたら、貴女の計画は失敗におわるのだから」

でも、と彼は真剣な目をして真っ直ぐに女王を見ました。

騎士である彼よりもかなり小柄で、想像よりもかなり質素な服を着た、どこにでもいそうな普通の女性です。

大儀そうに肘掛けに寄りかかって、椅子から立ち上がりません。それは、単に招かれざる客に歓迎しない意思を示すためだけではなく、本当に立ち上がる力がないように見えました。

騎士の頭には、秋の女王のもとへ行った仲間から届いた情報が浮かんでいました。余剰分の冬の魔力はとうに使われ、今寒さを生み出しているのは女王自身の魔力なのだろうと。

「もう、限界でしょう」

「…」

答えられないその様子が、全てを物語っていました。

いくら増幅装置があると言っても、国中全土へ作用する魔法を使い続けるなど、いつまでも出来ることではありません。

本来冬が終わるべき日から、すでに半月。とうに限界を越えているはずでした。

視線をそらした冬の女王の目尻が赤くなっているのを、騎士は見つめました。

「今、あの男が都で春の女王の子どもの父親を捜しています。見つかり次第意思を確認して、婚姻に持ち込みたい。そのためにも、彼女がとこに隠れているのか、把握しておきたい」

「駄目よ。言わない」

「待ってください」

ふらりと立ち上がった冬の女王を、騎士は呼び止めました。

「どこへ行くのですか」

それでも彼女は止まりません。

女王が部屋を出て階段を上ろうとしたところで、とうとう騎士はその腕を掴みました。

「きゃ…!」

途端にぐらりと傾いだ彼女の体は、自らを支えるだけの力をもたず、そのまま後ろ向きに倒れかけます。

「すみません。立てますか?」

「大丈夫、です。もう、大丈夫だから、放して」

冬の女王はこくこくと激しく頷き、騎士の胸から離れようとしました。それを軽く流して、騎士は淡々と応じます。

「いえ、貴女がこの階段を上る気なら、放しませんよ」

冬の女王の顔にかっと血が昇りました。

「なんでよ!私は冬の女王よ。冬を続けるのは当然でしょう?!」

騎士は左右に頭を振りました。

「やめてください」

なかば抱えるようにして女王を暖かい部屋に引き戻し、元の椅子に座らせると、騎士は彼女の肩を両手で掴んで目を合わせました。

「体が冷たすぎる。脈も弱い。いつからこんな状態ですか」

「離れて。女王相手に失礼よ」

近すぎる距離に居心地悪げに耳を赤くしながらも、冬の女王はきりりと冷たく目の前の男をにらみます。

明らかに免疫のない接触に怯えているのに、それを見せずに女王らしく振る舞おうとする彼女に、騎士の胸は痛みました。しかし、放せばまたあの階段を昇り、魔法を使おうとすると分かっています。騎士は、胸の痛みを押し殺しました。

「答えて」

女王は騎士を睨み付けたまま、ゆるゆる首を横に振っています。

「そして、魔法を使わないと約束して下さい。でないと、私はずっとこうして貴女を捕まえておくしかない」

「…冬を終わらせれば、人が死ぬわ」

「私の相棒はああ見えて優秀です。もうすぐ男を見つけ出して、春の女王を交代させます。だから誰も死にません。今、死にそうなのは貴女です」

「それでも、私の決断であの子を隠したんだもの。私は、最後まで最善を尽くす責任があるわ」

「だから、もう、今が『最後』でしょう。魔力欠乏で貴女は死ぬぞ!」

語気を強めた騎士の言葉に、冬の女王は目を見開きました。

しかし、彼女の口から出たのは、次の言葉でした。

「…行かなきゃ」

その瞬間、騎士はぐっと腕に力を込めました。

「!?」

「本当に仕方がない人だ。貴女は、馬鹿だ」

いきなり高くなった視界に女王が目を白黒させている間に、騎士はその辺にあった膝掛けやら何やらを女王の上に投げ掛けました。そうしてぐんぐんと歩き、階段を瞬く間に昇りきると、騎士は冬の女王を下ろしました。

塔の天辺は、雲にすら手が届きそうな高さがありました。きんと凍った空気に、息を吸うことすら憚られます。

騎士は、その場所から、遥か都の方角を見やりました。全てが、なんと遠いのでしょう。どこまで、孤独な場所なのでしょう。

「なん、なの」

ようやく息の整った冬の女王が、騎士の腕から離れながら言いました。騎士は向き直って、その小柄な人を見下ろしました。

「私の魔力を使うこと。これが条件です。貴女がどうしても冬の魔法を使いたいというのならね」

「はぁ?何を言っているの?」

冬の女王は今度こそ、耳だけでなく顔中を真っ赤に染めました。魔力を受け渡す方法など、古来から一つしかありません。直接口で吸いとるのです。それも体調の悪い子どもの治癒力を高めるために親が行うくらいで、一般的に他人同士で行うことではありません。

「何で…」

狼狽える彼女をじっと見て、騎士は答えました。

「することが残っていると行ったでしょう。私は貴女を死なせるわけにはいかない」

「…お役目、ご苦労様」 

死なせるわけにはいかないし、それ以前に死なれたくないと、思ったのです。しかし、その思いは届かなかったようでした。

彼女の顔の赤みはひいて、しゃべり方は事務的なものへ戻りました。

それでもよいと、騎士は思いました。この孤独で優しい女王は、むしろその方がためらいを押し殺しやすいでしょうから。

「さあ、どうぞ」

促すと、冬の女王はこわばった顔をしかめて騎士を見上げました。

「…届かないわよ」

「では私からしても?」

「…いいんじゃない」

「では失礼」

騎士は体を屈めました。

大柄なその影が、すっぽりと冬の女王を隠しました。

──それから三日間、細々と雪は降り続けました。

そして、その二日後、新しい女王が就任し、春がやって来ました。




元春の女王の言い分


「冬の女王様は、悪くないんです。あの人を責めないでください」

桜色の唇を震わせて、彼女は語りました。

あれから、7日ほどが過ぎていました。

大規模な捜索が始まって3日目、とうとう一人の男が発見されました。都近くの山でおきた雪崩に巻き込まれ、記憶の一部を失ってしまっていた彼は、春の女王の恋人でした。

春の女王のもとに戻された彼は、彼女の癒しの力によって記憶を取り戻しました。そうして、その日の内に二人の結婚が認められ、春の女王の交代が発表されました。

迅速なこの交代劇は国民に王弟の高い能力を知らしめることになりました。現王がすっかり悄気かえっていることもあって、近い内に新しい王となるのではとの噂もありますが、浮き名を流してきた人ですので、その辺りのことが片付くのはまだ当分先のことになりそうです。

ともあれ、国民は今、待ちわびた春を謳歌していました。

しかし、まだ全てが片付いたとは言えない人間もいます。

その一人、春の女王は、身重の体ながら、騎士団からの聴取を受けていました。

「皆、誤解しているんです。冬の女王は、本当に優しい人。私のために悪者になって、命がけで守ってくれて。毎年、私が春を迎えやすいように冬の調子を調整してくれます。草木が目覚めやすいように、でも冬眠中の動物が早く目を覚まし過ぎないように、そっと寒さを緩めていくんです」

暖かい日差しの差し込む窓辺で、春の女王は膨らみ始めた腹部へ目を落とします。

「あんな優しい人なのに、誰からも感謝されない。私だけでもあの人を大切にしたかったのに。…また、私はあの人に面倒をかけてしまいました」

そう言って、任期を終えた春の女王ははらりと涙をこぼしました。

「15年でしたか」

「冬の女王様の任期ですか?そうです、13の年から、ずっとだと聞いています」

それは春の女王の3年よりも、夏の女王の6年よりも、一番年上の秋の女王の10年よりも長い時間でした。

「その間、何度も何度も、一人の冬をあの塔で過ごしてきたのですね」

「はい。あの塔は遠すぎて、あそこにいると何もかもから切り離された気分になります。女王の役目はとても名誉なことですが、その、とても孤独なものです」

それに、と春の女王は唇を噛みました。

「ようやく冬を御し終えてこちらに戻っても、冬の女王は誰からも感謝されません。だから、ほとんど人とも交流せずに慎ましやかに過ごしているんです。私に子どもができたと知って、あんなに喜んでくれた人が、ですよ。私をかくまってもらうために、仲の悪い夏の女王に頭を下げてまでくれて」

「やはり、それも冬の女王の提案でしたか」

ため息をついた相手を、春の女王は心配そうに上目遣いで見ました。

「あの、探させてしまって、本当にごめんなさい。ここなら、きっと見つからないし、疑われても夏の女王が追い払えるからって…私はあまり賢くないから、代わりに段取ってくれただけで、泣きついたのは私です」

何度も念を押して冬の女王を庇おうとする彼女に、ため息は苦笑に変わりました。

「心配しなくとも、『女王』をさばける人間など居ません。貴女も冬の女王も、罰を受けはしません」

春の女王は明らかにほっとした顔をしました。

「よかった…!冬の女王には、一生かけても恩を返せないですもの。せめて、幸せになってほしいんです。だって本当は、彼女こそ、愛する人を見つけて、赤ちゃんをもうけて、そういう暮らしが似合う人でしょうに」

「そうですか。貴女にも、そう見えますか」

「ええ。あの?」

首を傾げた春の女王に、騎士はにっと微笑みました。それは企むような笑顔でしたが、春の女王は、その顔を見て、なぜか安心しました。


長い冬を終えたその年の秋、また女王の交代が発表されました。冬の女王です。冬の女王が、赤ちゃんを授かったのです。

相手は、あの騎士でした。

冬の終わった日、ぐったりとした女王の身体を抱き抱えて都に戻った騎士は、見事な手際で彼女の介抱をする役目をもぎ取りました。まだ意識の戻らぬうちから立ち上がれるようになるまで、しばらくの間騎士の家で厄介になった冬の女王は、その律儀な性格から、騎士の猛攻を抑えきれませんでした。

そして春の女王の後押しもあって、彼は、冬の女王の心を僅か半年足らずの間に溶かしてしまったのです。

しかしこれでまた、新たな塔の犠牲者が、とはなりませんでした。

前任の二人の女王とその夫は、歴代の女王や騎士団に呼びかけ、塔の移動を求めたのです。女王の政治的な力を増したくないと否定的だった王も、王弟と優秀な魔女や国の中枢を担う騎士たちに詰め寄られ、とうとう折れました。

最果ての巨大な塔は、ちょうど国の真ん中、王の宮殿の奥の森にたてかえられました。やはり見上げると首が痛くなるほどの高さではありますが、この場所からならば国内全体の魔力を前より操りやすいという歴代女王の判断で、今までの半分ほどの高さになりました。

知り合いが訪ねようと思えば訪ねていける、そういう場所になったのです。

これにより、女王たちは三ヶ月の孤独から解放されました。





「雪だわ」

窓から外を見つめ、ぽつりと女性が呟きました。

「やはり雪は好きなんだな」

「いいえ。でも、雪を下から見上げるのは、久しぶりだから」

そう言って飽きずに空を見上げている妻の肩を、騎士は抱き寄せました。

「残念か?」

妻は、元冬の女王は、驚いたように目を見開きました。

「まさか。ずっと憧れていたものが手にはいったのに」

「へぇ。何に憧れていたって?」

「さあね」

彼女はふいっとまた空の方へと顔をそらしてしまいましたが、騎士は大変満足でした。その赤くなった頬を見れば、本当の答えなど簡単に分かりましたから。

そう、冬の女王は、ずっとずっと、憧れていたのです。

冬の休日、暖かい部屋に愛する人と寄り添い、生まれてくる子のための服を縫う。その窓を彩る雪が見られたら、と。

自分も降りしきる雪を見上げ、騎士はそっと愛する妻に口づけを落としました。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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