桜の下で-二十-
稔は拾った巾着袋を真司に手渡すと、その中身のことを真司に聞いた。
「なぁ、宮前。その袋の中身ってなんなんだ?」
「これですか?」
真司は貝を他の人に見せてもいいものなのかわからず、目線を何気なく雛菊に向けると雛菊は了承するように微笑みながら頷いた。
雛菊が頷くと真司は中身を稔に見せるため、袋の口を開け貝を掌の上に出す。稔は袋の口から出てきた小さな貝を、目を細めながら興味津々な様子で見ていた。
「それ、桜貝だよな? ちょっと持ってみても大丈夫か?」
「はい、どうぞ」
稔は貝殻が壊れないようにそっと持ち上げ自分の手の上に置くと、机の引き出しの中から虫眼鏡を取り出し貝を見た。
すると稔は菖蒲と同じく感嘆な声を出し、この貝殻に絵を描いた人のことを絶賛した。
「こりゃすごいなぁ。こんな小さな貝殻にここまで繊細な絵を描くとは……。見た感じ、かなりの年代物そうだし。端は欠けてたり色が薄れているが、それでもこの状態の良さ……中々だな。」
稔は顔を上げ「この貝殻、宮前のか?」と真司に尋ねる。
「いえ、それは貸してもらったものなんです。実は、それのもう半分を探しているんです」
「ふーん。そうなのかぁ」
稔は貝殻をもう一度見る。すると、稔が貝を見て「あれ?」と、小さく呟き考えるような何かを思い出すように首を傾げた。
そんな稔の様子に真司と雛菊もコクリと首を横に傾げる。稔はティッシュを一枚取りその上に貝を置くと、机に置いてある溶けない焼きチョコレートを口に入れ頭を無造作に掻いた。
「あー……宮前。よくよく考えてみると、俺、この貝殻見たことあるかも」
「……え?」
稔の突然の一言に、その場にいる真司と雛菊の目が点になる。すると雛菊がハッとし慌てた様子で真司の肩を叩いていた。
どうやら、かなり興奮しているようだ。
「みっ、宮前さん、宮前さん! やりましたね! 宮前さんの行動が繋がったんですよ!」
雛菊が横で興奮している中、真司はこの状況に頭が付いていけず、まだ開いた口が塞がらないでいた。
まさか桜貝を持って行っただけで、こうもあっさりと残りの半分が見つかるとは思っていなかったからだ。と言っても、まだ見つかったとは限らない。
もしかしたら、それは空振りに終わるかもしれない。それでも、情報が手に入るだけでも大きな一歩だった。
真司は乾いた口の中を潤す為に、稔が淹れてくれたお茶を飲む。謎の緊張のせいで、微かに手が震えているのをグッと抑え込むと真司は稔にその詳細を聞いた。
「あの! みっ、見たことがあるってどういうことですか?」
稔は机の上に置いた貝を一瞥すると、真司に思い出したことを話す。
「俺の祖父はさ、昔ながらの薬局屋なんだわ。まぁ、老舗ってやつだな。で、その祖父の家に蔵があってな、その蔵の中でこれを見たような気がするんだ。……と言っても、これと同じかって言われると自信はないけどなぁ」
「や、薬局屋……。その薬局屋って、もしかして江戸時代からありますか……?」
『薬局屋』と聞いて真司は頭の中で八郎の姿が浮かんだ。八郎の姓はわからないけれど、八郎も薬師だった。
真司はなんとなく稔が八郎と繋がっているのではと思い、稔の祖父の店がいつ頃からあるのかを確認するために稔に尋ねる。もしこれで真司の思ったとおり江戸の頃から存在していたら、稔はもしかしたら八郎の親族かもしれないからだ。
真司が尋ねると稔は感心したように腕を組み「おー! よく知ってるな!」と、真司に言った。
(やっ、やっぱり……!)
「周りの奴らも老舗ですごいなぁ〜とか、お金持ちだぁ〜とか言うけど、俺にとっちゃただのボロ屋の店みたいなもんだしなぁ」
懐かしそうな顔でお菓子を食べる稔。大きな一歩だと真司は思っていたが、これはかなり大き過ぎる一歩のようだ。寧ろ、導きの答えはもう目前だった。
(ど、どうしよう!? 本当に直ぐに見つかりそう!)
ただ桜貝を持ち出しただけで、こんなあっさりと雛菊との縁をこちらに引っ張ることができるとは思わず、真司はもう一つの貝が簡単に見つかりそうなことに動揺していた。
雛菊は真司の気持ちを汲み取り、真司に向かって優しく微笑みかける。雛菊には、もう先程の興奮は無くいつも通り冷静なものになっていた。
「宮前さん、落ち着いて下さい。一先ず、もう一つの貝のことを聞きましょう。もしかしたら、その貝に八郎さんがいるかもしれません」
「そ、そうですね」
「ん? 宮前、どうした?」
真司は「え?」と、呟きながら稔と目を合わす。すると自分が何をしたか直ぐに気づくと、サーッと顔から血の気が引いたのだった。
そう。真司は雛菊の返事をそのまま口にして出してしまったのだ。
(しまった! 僕、普通に声に出して返事しちゃった!)
そう思ったが時は既に遅し。
真司は慌てて弁解するように手を振り「何でもないです! 独り言です!」と、稔に言う。だが、少々大袈裟に言ってしまった為、真司は「逆に、怪しまれるのではないか」と不安だった。
稔は、これと言って気にしていないのか真司の『何でもない』という言葉に「そうか」と短く返事をする。稔が怪訝そうな表情をしないことや、深く追求してこない様子に真司はホッと安堵すると話を元に戻した。
「あの、突然で申し訳ないんですが……その貝殻って見せてもらえること出来ませんか……?」
「んー、出来るんじゃないか? ちょっと聞かないとわからんなぁ。ちょい待ち、今から電話しみるから」
「え、今からですか!?」
稔はYシャツの胸ポケットにスッポリと収まっている携帯を取り出す。今の時代はタッチ式のスマートフォンが主流だが、稔の携帯は昔ながらのボタン式携帯だった。
所謂、ガラケーというやつだ。
(先生の携帯、スマホじゃないんだ。でも、こっちの方が先生っぽいかも)
いつもやる気がなさそうにだらけているように見えるからなのか、真司は稔がスマホよりもガラケーなイメージを持っていた。
もちろん、それはあくまでも外見的に見た印象に過ぎない。だからこそ真司は、稔がスマホではなくガラケーを持っていたことに少し納得してしまったのだった。
そんなことを思いながら真司がクスリと笑うと、真司が笑うところを見た稔も自然と口元が上がったいた。
真司は、ふと隣にいる雛菊見る。雛菊はなぜだか不思議そうな顔で稔のことをジッと見つめていた。
(雛菊さん、どうしたのかな?)
先生に何か付いているのだろうか?と、真司は思い稔を見るが、これと言ってゴミ等が付いているという訳でもなかった。
かと言って、稔がいる手前、雛菊に「どうしたんですか?」と声を掛けることも出来ない。『なにか自然に雛菊に聞けることはできないだろうか?』と、真司が思っていると稔の電話が繋がったのか、稔は椅子から立ち窓の方を向きながら相手と通話を始めた。
稔が真司に背を向けている今がチャンスだ。
真司は稔には聞こえないように小声で雛菊に話しかけた。
「雛菊さん、どうしたんですか? もしかして、雛菊さんの目からは見えないものが見えてたりするんですか?」
「え……? あ、違います! ちょっと……えっと……あの人のことが気になっていて」
雛菊が恥ずかしそうに下を向きながらモジモジとする姿に真司は首を傾げる。雛菊は恥ずかしそうに俯いているが、眼差しだけは稔の背中をジッと追っていた。
「あの方と会ったことは無いはずなんですが……不思議と会ったことがあるような気がするんです。そ、それで、ずっと見ていたというか……へ、変ですよね? こんな時に私ったら、何を考えてるのかしら。すみません……」
「いえ、気にしないで下さい。でも、もしかしたら本当にどこかで会っているのかもしれませんね」
「そう、なのでしょうか……?」
顔を赤らめる雛菊を見て、真司は雛菊がまるで稔に恋をしているようにも見えた。
ここに菖蒲さんがいたら、きっとこう言うだろう。
「初々しいの、ふふっ」と。
もしこれが本当に恋だったとしたら、真司は雛菊のことをひっそりと応援しようと思ったのだった。




