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桜の下で-十九-

 ✿—✿―✿—✿―✿


 真司は、ふと目が覚める。まだ微睡みの中を彷徨っているのか頭はボーっとしていた。

 ベッドから起き上がると目を擦り、固まった筋肉をほぐす様に腕を上げ伸びをする真司。


「ふぁ~」


 ボーッとする頭の中で真司はなにか夢を見ていたことを思い出す。だが、それがどんな夢だったのか全然思い出せないでいた。

 そもそも、本当に夢を見たのかすらも曖昧なものだった。

 だから真司は夢のことについて深く考えず「まぁ、いっか……」と呟くと、真司はベッドから出て上履きを履いた。


「先生、ありがとうございました」

「顔色もだいぶ良くなったみたいやね。しんどくなったら、またおいで」

「はい。失礼します」

「お大事に」


 保健室の先生に頭を下げると、真司は自分の教室へと向かった。

 先生が言った通り顔色がだいぶ良くなっているのだろう。眠ったおかげもあり、さっきよりも幾分か体が軽くなっていた。

 すると、耳元の方で声が聞こえてきた。


「宮前さん、私の声が聞こえますか?」

「え?」


 真司は、名前を呼ばれ振り返る。真司の直ぐ後ろには、ここにはいるはずが無い雛菊が立っていた。

 いや、正確には立っていない。よく見ると、足元は地面から微かにふわふわと浮いていたのだ。

 それはまるで幽霊みたいだった。


「ひ、雛菊さん!? どうしてここに!?」


 真司が驚くと雛菊は困った表情を浮かべた。


「そ、それが、私にもわからなくて……気がつくと真司さんの傍にいたんです」

「え!? 傍にいたって、いつからですか!?」


 真司は、雛菊がずっと自分の傍にいたことに全然気づかなかった。

 すると雛菊は、申し訳なさそうな顔をしながら真司から目を逸らす。雛菊の顔を見ると、ほんのりと赤くなっていた。

 真司はそれを見て何となく察しがついて、真司までもが申し訳ない気持ちになった。


「え、えっと……朝から、です。……すみません」

「そ、そうですか……」


 消え入りそうな声で謝る雛菊。お互い顔を合わせずらくなり、会話は自然と沈黙になった。

 すると突然、雛菊が顔を上げ沈黙を打ち破った。


「わっ、私、ずっと宮前さんの名前を呼んでいたんです!」


 目を瞑り、真っ赤になった顔で力みながら言う雛菊。どうやら、沈黙を破ったのに相当勇気を振り絞ったようだ。

 雛菊は二・三度深呼吸をし気持ちを落ち着かせると、自分に起きた出来事を初めから真司に話し始めた。


「朝気づくと、私は宮前さんの傍に居ました。理由はわかりません……それに、宮前さんは私の姿も声も聞こえてないみたいで……離れようにも、なぜだか離れられなかったんです」

「そ、そうだったんですか……全然知らなかった」

「菖蒲様にお伝えしようにも、離れることができないからお伝えすることもままならず……」


 真司は、なぜ雛菊が自分から離れることができないかを考える。だが、妖怪や精霊に詳しくない真司にはその理由が全然思いつかなかった。


(うーん……。皆には雛菊さんの姿が見えないとわかっているけど、このままなのも……どうしよう!)


 どうしたらいいのか、どうしようかと悩んでいると授業が始まる鐘が鳴った。

 真司は教室に向かいたかったが、このままでは教室へ戻れないと思いその場で慌てふためいていると廊下から真司の担任の稔が現れた。

 稔は真司に気づくと、手を軽く上げ真司に挨拶をする。


「お、宮前じゃねーか」

「わわっ! 先生! どっどうしよう、怒られる!」


 チャイムが鳴っているのにまだ廊下にいるとなると、サボっているように思うだろう。ましてや真司がアタフタとしているのだから尚更そう見える。

 真司と稔との距離が次第に近くなり、真司は諦めて先生の説教を聞くことにした。

 真司は、先程の雛菊同様にぎゅっと目を瞑ると説教を待ち構える。雛菊は真司の様子を見て『私が名前を呼んだせいで宮前さんが怒られる』と、判断すると慌てて真司の隣りに立ち稔に頭を下げた。


「あっ、あの! 宮前さんは悪くないんです! お名前をお呼びして引き止めてしまって―――」

「―――よっ、宮前。体の調子はどうだ?」

「え!? あ、あの……えっと……」


 真司は直ぐ横で頭を下げている雛菊と普通に話しかけている稔を目だけでチラチラと交互に見る。雛菊も自分の姿が稔に見えないとわかっているはずなのに、一生懸命に頭を下げ必死になりながら稔に謝っていた。


「あっあの! だから、宮前さんのことを怒らないでください!」


 こんなに謝っても稔には雛菊の声も姿も見えない。真司が横で頭を下げている雛菊を唖然としながら横目で一瞥すると、先程から黙っている真司のことを不思議に思い首を傾げた。


「どうした、宮前? さっきから横を気にしてるようだが……」

「あ、いえ……」


 稔に指摘され、真司が気まづそうに目を逸らし俯く。真司はこういう行動が人を疑心暗鬼にさせ、本当のことを言っても『構って欲しくて嘘をついている』と思われ、次第に周りは真司のことを避けるようになるということを真司は忘れていたのだ。


(どうしよう……変って思われたよね……?)


 真司が少し怯えていると、稔はそんな真司を見て含みのある笑みを浮かべた。


「はは〜ん……なるほどぉ。宮前、さてはサボるつもりだったな?」

「え? そ、そんなことしないですよ! そんなつもりもありません!」

「まぁ、いいっていいって。俺も昔はよくサボったしなぁ〜」


 稔は、否定する真司の肩を二・三度小さく叩いた。

 どうやら信じていないようだ。何度真司が「サボりませんってば!」と、言っても稔はあしらう様に「わかった、わかった」と言った。

 雛菊はそんな二人を見て狼狽え、今度は真司に向かって頭を下げる。


「はわわっ! 私が宮前さんをお呼びして引き止めたばっかりに誤解を……! すみません、すみません!!」


 真司は隣で謝る雛菊に「大丈夫だよ」と言いたいのに言えないもどかしさと授業をサボるつもりだと誤解している稔の両方に挟まれ、どうしたらいいかわからず肩を落とす。すると、稔がそんな真司の肩にポンと手を置いた。

 真司は顔を上げ首を傾げる。


「よし! 特別に今日だけは許してやる!」

「……え?」

「……え?」


 雛菊と真司の言葉が重なる。稔は徐ろに真司の腕を掴むと、そのまま稔の秘密の休憩室へと連れて行かれた。


「わ、わわっ! 白石先生!?」

「いや〜、たまには生徒とサボるのもいいなぁ〜。本当は駄目なんだけどなぁ〜」

「はい!?」


 稔は「あははは〜」と、呑気に笑いながら保健室の前を通り過ぎ、その先にある階段を登る。真司は引っ張られるがまま歩き雛菊はピッタリと真司の後ろに着いていた。

 真司は雛菊が『離れられない』と言っていたことをふと思い出しながら階段を上ると、引っ張られながら雛菊のこの状態のことを考えた。


「きっと、何か理由があるはずなんだけど……」

「ん? なんだ、宮前? 何か言ったか?」


 心の中の声が無意識の内に声に出していたようだ。真司は慌てて首を横に振り「なんでもないです!」と、言うと稔は首を傾げた。


「そうか? ……まぁ、それならいいけどな」


 流石に少し怪訝に思ったらしいが、稔はこれと言って追求してこなかった。

 そのことに内心ホッとする真司は、再び引っ張られるように稔の後ろに着いて行く。そして、稔の秘密の休憩室に辿り着くと稔はパッと真司から手を離した。


「とーちゃくっと。宮前、他の奴らは授業中だから静かにするだぞ?」

「は、はい」


 隠れるように周りに他の先生が居ないかを確認し図書室の前を通る真司達。他者から見ると、まるでアヒルの整列に見えるだろう。

 素早く中に入ると、稔はそっと扉を閉めた。


「ふぅ。とりあえず誰にも見つからなくてよかったなぁ」

「ヒヤヒヤしました……」

「ふふっ、なんだか探検家になった気分ですね♪」


 現世に戻って来てからの雛菊は少し不安そうな顔だったり、申し訳なさそうな顔をしていた。だから、こうやって雛菊の楽しそうな笑顔を見ると真司は自然と笑みがこぼれのだった。

 それでも少し残念に思うことがある。それは、雛菊の姿が稔には見えないということだ。

 もし見えていたら稔も雛菊と会話ができるのに、それができないとなると、まるで雛菊のことを無視しているみたいで真司は心が痛かった。


(先生にも見えたらいいのにな……)


 そう思っていると、先程からお茶の準備をしていた稔が振り返り、真司に声を掛けた。


「宮前、そんなところで突っ立ってないで遠慮無く座れよ。……ほい、お茶とお菓子」

「あ、ありがとうございます」


 ほんのりと緩いお茶にボールに入ったお菓子の山。ここに来たのは二度目だが、相変わらずこの部屋は稔の〝色〟に染まっていた。

 真司は丸椅子に腰掛けるとズボンのポケットからコロリ……と、何かが落ちた。

 稔がいち早くそれに気づくと、真司のポケットから落ちた〝ソレ〟を拾い上げた。


「ん? 宮前、落ちたぞ。ほら」


 真司と雛菊は稔が手に持っている〝ソレ〟を見ると、同時に声を出す。


「そ、それは!」

「そ、それは!」


 真司のポケットから落ちた物―――それは、桜貝が入っている小さな巾着袋だった。


(どうしてこれが僕のポケットに……? 確か、雛菊さんから貸してもらった時、鞄の中に入れておいたはずなのに……)


 それは雛菊も同じことを思っていたらしく、口元に手を当て驚愕していた。

 すると雛菊は「そういうことだったんですね」と、小さく呟くと『どうして自分が真司の元から離れられないのか』かを直ぐに理解した。

 雛菊は、それを真司に話す。


「宮前さん。恐らくですが、この桜貝が原因で私は離れることができなかったんです」

「それはどういうことですか?」と真司は雛菊に言いたかったが、目の前に稔がいるためそれを聞くことは出来なかった。

 稔は手に持っていた巾着袋を興味津々な様子で見る。

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