番外章 新しい帳場見習いの最初の仕事
第七街区の正午。
陽の光が浮世書斎の古びた木の看板を透かし、青石の敷かれた道に、温かな光の輪を落としていた。
店内では、カウンターに吊るされた銅の風鈴が、柔らかな風に揺られて澄んだ音を響かせている。
カールは一枚の清潔な布巾を手に、各世界から集められた古い帳簿を、一冊ずつ丁寧に拭いていた。
かつては至高編劇会の上級代理人だった。
今では浮世書斎の末席にいる帳場見習い。
それでも、彼の顔に浮かんでいる表情は、かつてのどんな時よりも穏やかで、落ち着いていた。
「帳場見習いのカール。店先に客が来たぞ」
窓際の藤椅子に腰掛けたレインが、手持ち無沙汰に機械の歯車を放り上げながら、顎で入口を指した。
「はい!」
カールは慌てて布巾を置き、顔を上げた。
すると、木の扉がゆっくりと開いた。
洗いざらしの長衣を着た若い男が、一枚の黄ばんだ借用書を握りしめながら、店の中へ入ってきた。
男は古びた書斎を見回した。
そして、カウンターの向こうにいる林野へと視線を向ける。
その目には、わずかな不安と、それ以上の期待が浮かんでいた。
「すみません……ここは、浮世書斎でしょうか?」
男は少しだけ言葉を選んでから、手にした借用書を差し出した。
「実は……三つの紀元をまたいだ古い借金が一つありまして。店主さんに、一度見ていただきたいのですが……」
林野は、ちょうど温かい茶を一口飲んでいた。
その言葉を聞くと、ゆっくりと目を上げる。
そして茶杯を置き、いつもの分厚い帳簿を手元へ引き寄せた。
ぱらり、と一枚めくる。
その口元には、いつもの、どこか人を食ったようでいて、妙に確信に満ちた笑みが浮かんでいた。
林野は立ち上がった。
そして、新しい客のほうへ歩いていく。
「因果に書かれた帳簿なら――」
林野は、借用書に目を落とした。
「浮世書斎が扱わない理由はない」
そう言って、客の前の椅子を引く。
「ほら、座れ」
林野は笑った。
「ゆっくり話そうぜ」
そして、分厚い帳簿を開いた。
「今日のこの一件は――新しい決まりで計算しよう」
――完




