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重ねの魔女  作者: 焼魚圭
2/7

Ⅰ 飲み

 夜はロマン、見えない世界が広がり顔を変えた景色はまさに別世界。久利はそんな世界の天上に輝く星との果てしない距離に興奮を覚えていた。歩き続けていつでも気が付くこと。同じ景色がいつもと異なること。当然のことな上にそこに気が付く人物は数多だが言葉にする人間はそう多くはなく。

「なるほどな、確かに俺達が見てるものは同じようでどこか違うんだろうな」

 隣で感心しながら歩いている本康にも理解は伝わったのだろう。言いたかった事が波となって伝わるその快感は繰り返す度に心地よい音を立てているように思えた。それからも軽い会話を交わし続けて次第に熱量が増していくのを感じ取っていた。

「今日は何飲もうかな、まだ決めてないんだよな」

「そんなに早くから決めなくてもメニュー表見てからでいいんじゃないかな」

 困ったような笑顔を見せながら告げる久利だったものの本康という男がその程度で考えることをやめるはずもないことは承知の上。そんなちょっとした事で悩んでいる本康の顔を見るのが少々楽しく思えて追加の思考を投げかける。

「折角なら食べる方のメニューも考えちゃおうよ」

「そっちは色々あるだろ」

「気が変わったならそれでいいとしてさ」

 そんな会話で心情の盛り上がりを引き起こそうという考えが誤りかも知れない。しかしながら小学校以来の友人関係の中でなら神様は見過ごしてくれる。そのくらいには心の広い存在だと心のなかで思い描いていた。

「じゃあ唐揚げと水餃子と麻婆春雨とエビチリと」

「中華の気分なのか」

 なぜだか一つのジャンルを軸にコースが出来上がりつつある。もしかすると単純なスパイスの効いた分かりやすい料理が疲れた身体に染み入るのかも知れない。そう考えつつも本日の本康の労働に対する姿勢を見つめては軽く笑いを零してしまう。夜空の涙の如き儚さに自らが驚いてしまうほどだった。

「どうしたんだ急に溜め息なんかついて」

「疲れた身体に中華かなって思ったけど大して働いてないんだよな」

「疲れてるに決まってるだろ、ふざけることに疲れたんだ」

 そんな言葉を受けてもなお態度を変えないこの男には流石に感服してしまう。彼の明るさにどれ程心を救われてきたものだろう。数えて星に変えてみるだけで一つの銀河系が出来上がってしまいそうなほどだ。

「それにしても久利は今も本とか読んでるのか」

「まあ、月に二冊まで減ったけど」

 欲望と釣り合わない冊数には思わず先程とは異なる色を帯びた溜め息が零れ落ちてしまうことがあるものの、給与と生活費を天秤にかけた時点でこの冊数に収めることしか出来ないと確信を持ってしまった。いつまでも現実から目を背けてはいられない、今も夢を見ている子どもでいられるはずがない。

「偉いよな、でも俺なんて毎月二十冊は読んでるぜ」

「漫画だろう」

 誤魔化すような笑い声を上げる彼を見つめて当たっていることを確信して固まること数秒間。その時間は果たして長かったのか短かったのか。本康は久利の顔をその間ずっと見つめ続けては笑顔という形に崩して言った。

「なんで衝撃の事実みたいな反応してるんだよ」

 そう言われては表情を崩す他ないだろう。砕けた笑顔は彼の表情に明るい砂を撒いて色を付ける。夜空に眠る星はそんな出来事をも一つの物語として見つめているものだろうか。

 街灯と何度もすれ違う。そんな状況を彼は街灯と遭遇しまくるなどと表現しており楽しそうな様子が見受けられる。しかしそんな交わりも長くは続かない。二人揃った動きで足を止め、赤く塗られた柱に体を預けながらそれぞれにスマホを弄り始める。

「俺達が一番乗りだな」

「もしかしたら遅すぎてみんな入ってたりして」

「嫌なやつらだぜ」

 開かれたチャット画面に放り込んだ文字に返すように今向かっているところだと書き込まれ、それに乗っかるように同じくと二つ。今日の飲みは五人。いつも通りの五人の男で飲むだけ。そう思っていた。

「そうだ、あいつらには言ってないけどな、飲んだ後の予定がるんだ」

 悪い顔をする久利は毎度良からぬことを考えてくる。きっと今回も例に漏れずと言ったところだろう。聞き耳を立てていれば自ら語ってくれるだろうかと思っていたもののそうは行かず。いつまでも口を塞いでいた。

「予定って」

「秘密だ」

 いつ暴露されても驚かないよう気を緩める。彼の言葉などふざけが大半で真剣に取り合うほど後に馬鹿馬鹿しく思えるものだ。思考を巡らせている内に一人訪れ、数分待ち中に入ろうかと伝えたところで残りの二人がやってきた。二人は既に酒を飲んでいるのだろうか、顔には赤み、歩みには大きなふらつきが見られる。

「何杯飲んできた」

「おっぱい」

「ダメだこいつ」

「俺は答えられるぜ、四杯飲んだけど吐き出したから実質二杯だぜ」

「はいは敗北のはいか、吐いたら負けだろ」

 健康上良からぬ姿勢だが食生活について上から目線で指摘できるほど立派な形をしているわけではない。それを理解しているがために想いを何一つ声に出来ずにいた。吐くほどに酒を飲んだ彼に対する心配が募ってしまい顔色を窺った。これから開かれようとしているのは飲み会。彼らは分かっていて酒を手の中で揺らし会話の中に挟んでいたのだろうか。

「大丈夫か、今からでも遅くないし日を改めて」

「嫌だ、酒が飲めるチャンスが目の前にあるのに倒れていられるか、一滴たりとも零せない」

 先程吐き出したと言っていたものは果たして何だったのだろう。少なくとも飲んだ量を少なめに申告しようとしていたのは間違いない。アルコールに頭が浮つき身体は無意識レベルで求めている。漂ってくるにおいにまだ飲んでいない久利まで酔ってしまいそうだ。

「まあいいじゃねえか、いっぱい中華を挟んで飲もう、また吐き出して一日実質三杯だろ」

 店や市民からするとはた迷惑なことこの上ない連中だろう。久利は溢れ出る思考を抑えてドアを開き、迎え出る店員に五人と告げて席の案内を受ける。久利の隣では汚いニヤつきを浮かべる本康の姿があった。

「五人だが六人に誤認してもらえないか」

「心霊現象を引き起こそうとするな」

 ホラーは映画や小説の中だけでいい、寧ろフィクションの世界の中で終わりにして欲しいと願わずにはいられない。あのような体験が目前で起きてしまえば足が竦んで真っ先に連れて行かれてしまう己の姿しか想像しか出来ない。

 半分に切った丸太を幾つも並べて繋げたように見える壁際の机とソファを思わせる横長の椅子が壁に沿う形で置かれた席で本康はふんぞり返って足を組みメニュー表をめくっては麻婆春雨を頼もうとするもメニュー表に記載されていないという事実を目の当たりにして水餃子と春巻きを頼む。エビチリの存在も見受けられなかったがために唐揚げを頼み各々飲み物の名を告げる。この場に飲みやすい甘味以外を求める者がいなかった事もあって如何にも若い男が飲むジュース感覚の酎ハイが取り揃えられた。

「酎ハイって焼酎ハイボールなんだぜ、決してチュウしてハイになるわけじゃないんだ」

 仮に後者だとすれば実に不名誉かつはた迷惑な名称だと思いつつ愛想笑いを見せる。そんな表情を本気の笑いとでも取ったのか本康は満面の笑みを浮かべながら百点満点の明るさで次の話題に入る。

「飲んだ後だけどさ」

 どのような企画を考えているのだろう。この男の事だ、大して魅力的なことを考えていないだろうと想像がついた。

「近所の森の心霊スポット行こうと思うんだ」

「いいけどあれ存在しないんじゃなかったか」

 訂正がかけられた。全くもって魅力的でない事を平気で口にする彼に向ける視線を尖らせ心の底で跳ね上がる辛味の如き感情を昂らせる。先程ホラーはフィクションで終わりにして欲しいとまで願っていた自分に降りかかるイベントを見つめては運命の神を憎むことしか出来なかった。

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