Ⅶ 不思議な出会い
そこに揃ったのは知り合いのつもりの別人同士。そんな事は二人のどちらも共に分かっているはずなのに実感が湧いてこなくて故郷の陽だまりのような肌触りをもたらしている。そんな幻想の絵画の如き体験と背後に佇む影の事実。ただ喜ぶことの出来ない二つの非日常が重なり合いつつもどこかズレているようで。
「死んじゃったんだよな」
「そもそも俺たち知り合いでもないんだよな」
「ずっと知ってた顔なのに」
浸りの間に広がっている心の距離は近いようで遠い。見慣れているはずの顔であるにも拘らず軽い話題を振るにはあまりにも知らなすぎるということ。当たり障りのない事から確かめようと久利が本康にもう一人の自分のことを訊ねると彼の顔に微かに差していた影が大きく膨らんでしまう。
「言っていいか。すごく残念な話だが」
彼の返答から嫌な想像をしてしまう。あまりにも重々しい口からは死の予感が濃厚に漂ってきて久利もまた暗い顔をしてしまう。しかしながら話すのをやめたわけではないらしく本康はしっかりと久利を見つめ続けていた。
「あいつ、急に趣味を全部捨てて仕事以外は不要とか言い始めたんだ。人間に価値がないとか使い捨てとか人権なんて現代人の考えたトチ狂った国絡みの宗教とか」
「なんだそれ、まるで人間が社会を回すための道具って言ってるみたいじゃないか」
まるで、などと勘違い。実際に道具としか見做していないのだと発言の後に取り入れた空気が語って思い至らせた。自分の偽者とまで言われている人物が危険な思想をしているという危うさは身を崩してしまいそう。もしもこの久利までもが人権を無視した害悪なる思想を持っているのだと思い込まれたらと想うだけで全身を固める寒気となってしまう。節々に実体のない固まりを見たその時、本康は一つ訊ねた。
「ところでさ、俺にももう一人いたりしないかな。他の人とかはどうかな」
噂話を好む一人の男と成り果てているのだろうか。その想像は正しくあったものの別の意図も含まれているのだろう。他人事で終わるものではないと分かっていたからこその疑問に久利ははっきりと答えてみせる。
「いないな。俺がこっちに来る前に黒い靄っぽいのを纏った骸骨に持ってかれたのを見て」
そこまで口にしたところで言葉を止める。本康は目の歪みを作ってそれを無言の疑問でなぞっていた。久利はここに至るまでずっと見落としている重大な事に気が付いてしまった。
「彼は死んでいなかった。で、昨日は葬式。あれはどっちだ。そもそもここにもう一人はいるのか」
止まらない疑問のシャワーを浴びていた本康だったものの、言葉を全て遮り跳ね返す一つの疑問を勢いよく飛ばしていく。
「待て、そもそもアイツも二人いるかも知れないのかよ」
本康の表情は破裂した果実を思わせる形を成していてそれがまた懐かしさを呼んでしまう。確かについ最近顔を合わせていたはずなのにあの森での出来事、魔女との遭遇によって発生した死が時間をも区切ってしまったような錯覚を抱かせてしまう。確かに彼はあの場にいた。確かに彼はこの場にいる。
「それだけじゃない、五人で向かって生き残った二人だ」
「分かってるならすぐ探せば良かったのに、集合してさよならとか」
本康は正しい意見を述べつつもそうしなかった理由でもあるのかと思考を表情に出していた。挟まれたしばらくの沈黙は二人を落ち着かせるにはちょうどよかったものの心地よいかと問われると果たしてそうだろうか。久利は一つの体験を開示した。
「骸骨が三人を食べ終えたら元々無かった場所だからか消えた。その時に彼もいなくなってな」
再会できずにその日は終わりを告げてしまったのだろう。それからも出会うことがなかったのか。おまけに久利は噂を耳にして余計に混乱していたという。様々な出来事が重ねられ、余裕を失ってしまった久利の姿を想像するのはあまりにも容易かった。
「ってことはだ」
本康が挟んだ言葉によって会話の続きが描かれていく。最近の久利とは決して叶わないやり取り。近しく見えて遠いはずなのに近しいはずの人物よりも近しく感じられる存在に告げる。
「アイツはあの建物から見つかったみたいだし死体からは蔦とかなんとかが生えてたって話だよな」
「この世界に来た方って事か」
久利の言葉に満足の情を浮かべながら頷く本康の顔は何かを待ちわびていたような色をしている。変わってしまったことがそれ程までに苦しかったのだろう。元の世界で元々いた久利が帰ってきたような気分。体験したことなどなくとも想像できてしまう。
「って事はもう一人は生きてる」
状況を整理している内に一つの不安が湧いてしまうも無視しようとして。そんな反応もまた本康の目は見逃さなかったようだ。
「何か不安でもあるのか」
本康の疑問に答えるべきか誤魔化すべきか、この話題の未開を切り開くと共に敵になってしまうかも知れない、そんな恐れが生まれ落ちてしまう。しかしながら言わなければならない。そう決心を固めて大きく息を吸う。
「もしかしたら俺の知るアイツが人殺しかも知れない」
あの出来事を体験したから向かって死を迎えたのか、あの出来事を経て噂を耳にしてもう一人を死へと追いやったのか。どちらの可能性も等しく考えられる。仮に後者であった場合、果たして久利は故郷から共に来た友人を、古くからの唯一の知り合いを許すことは出来るだろうか。
「もしかしたらドッペルゲンガーの話を信じてやられる前にって思った可能性もある」
「そんな疑ってるけど友人同士なんだろ。いいのか」
本康はつい疑問を挟み込んでしまう。目の前の久利は確かに久利、この世界にずっと住んでいる方の彼と比べて幾分も久利だったもののその冷たさは流石に久利として受け入れることはできない。
「どんな人間でも追い込まれたらどんな選択でも取るって思わなきゃいけないくらい変わるものだ」
そう語るような経験を重ねてきたのだろうか。森での出来事はどのような衝撃をもたらしたのだろうか。本康にとっての障壁。そのような心情の靄を汲み取る事が出来ずにいる久利はまさに人間というに相応しい。
「大丈夫、俺だって本当はアイツを信じたい。疑いが晴れれば問題ない」
そうした会話が久利と会っていない隙間での成長を思わせる。この世界に元からいる方の彼もこのように変わっていく可能性があったのだろうか。どこかで起こり得た可能性の話が本康の唇を震わせる。
「そっか、随分長い旅をして来たんだな」
「どうしたんだよ急に」
久利の中で渦巻く困惑は当然のもの。脈絡のない話の真意まで読み取ることが出来るのは読書好きの枠を超えている。人が人であるがための反応は本康に満足を与えて止まらない。
「これからどうするんだ」
「魔女のことを知らなきゃいけない気がする。それより彼を探さなきゃ」
大切な友人を探すか調べ物を進めるか。悩みは尽きないものの優先順位を見失うほど人間として落ちてしまったわけでもないようだ。そんな久利を見ていて本康は心の底からの安心感というものを思い知らされてしまう。
話し合ったことで魔女については友人を探す中でついでに訊いていくことに決めた。森の方へと入れば手っ取り早く真実にたどり着けるかも知れないがあの建物は警察の捜査が入っていることが想定される。侵入は容易くないだろう。
「そうだな、仲間の無罪を証明するために探すんだ、お前だけはいつまでも久利でいてくれ、頼むから」
懇願するように告げる本康に対して静かに頷く。今の久利に出来ることなどそれだけ。ただ本康にとってはそれだけのことがどれほどありがたいものだったのか、目の前の彼から思い知ることが出来た。




