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重ねの魔女  作者: 焼魚圭
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Ⅵ この命は

 それは一人の男が体験した不思議。五人で飲み会をしていた時からこの物語のような話は始まった。飲んだ後に肝試しをしようといった事へと話が向いて男は本康にその人らしさを感じていたものの違和感を拭えずにいる。彼の告げた行き先の森には心霊スポットに相当する噂はあっても話の舞台となる建物が存在しない。男は暗闇の中を歩きながら想像を巡らせる。そもそも初めから存在しない建物をでっち上げた子どものエンタメか元々は存在していた建物なのか。後者だとすれば建物は過去に取り壊されたということだろう。

 森を歩いている途中で気配が変わり、人の姿を見かけなくなったもののバーベキューを行なっていたと思しき台には肉が残されている。それを勝手に食べる酔っ払いの二人を傍目で見つめながら辿り着いたその建物の存在に驚くばかりだった。

「実在したのか」

「辿り着いたのは初めてだな」

 行こうと言った本人でさえ驚きに満ちているという現状で何が頼りになるのだろう。考えたところで不明でいっぱいになるだけの頭が遂に重みを見せてしまった。それから建物に入って二階へと上がろうとした本康が急に怯えた顔をして駆けてきた。彼の後を追うように、しかしながらゆっくりと歩みを刻む黒い靄の如き人影は妙な空気感を滲み出しており、存在感は強いもののどこか不安定に見えてしまう。確かに動いているはずのそれに命が宿っているようには見えず、黒く曖昧な衣から覗かせる身体は白骨そのものだった。逃げようとするも先程まで容易に開いたはずのドアは一寸たりとも動かず侵入者を逃がすことを許さない。

 酔っぱらいの一人が闇に飲み込まれ諦めかけたその時、窓ガラスが割れる音が響くと共に久利が逃げるように告げる。一瞬の時すら置かないまま駆け出して森の中を走り続けた彼ら、しかしある地点で男と久利は進めたものの酔っぱらいと本康の二人は隔てられるという見えない境界線が訪れてしまった。彼らの方へと歩み寄ろうとしたもののなぜだか距離が埋まらない。大股で一歩跳ぶように進んで手を伸ばせば届くはずの距離はどれだけ駆けても開いたまま。闇の中に黒い靄のような衣を纏った骸骨の姿が浮かび上がる。酔っ払いが闇に飲み込まれ慌てて振り返り走る本康の表情は恐怖に支配されていた。焦りと怯えの二つの感情が描いたその時間は一瞬ながらも永遠の地獄となって男の網膜に焼き付いてしまう。やがて本康も骸骨に飲み込まれ、隔てられた壁は失われたように身体が前に進む。よろける身体を立て直した男の視界に広がる景色は家族連れの人々が撤収を始めて混み合う駐車場。

「さっきのは何だったんだ、久利、久利は」

 先程まで見ていた景色との違いや久利が隣にいないことに驚きを得つつ森の方を振り返るも再びあの地へと踏み込む度胸は湧いて来ないまま時間だけが過ぎてしまう。黒の衣と骸骨の姿が薄っすらと浮かび上がりただ震え上がる。森の外であれば現れないだろうか。家まで追いかけてこないだろうか。キリのない恐怖を描き身を震わせながら帰路につき、無事に家のドアをくぐった。

 その次の日からの事、会社内で同僚から妙な質問を受けた。

「昨日は駅ビルで良い曲と巡り会えたか」

 駅ビルという単語が出てくる事自体がおかしな話。昨日の仕事の後で都会に足を運ぶ事など飲み会を無視してでなければ所要時間が足りない。不可解な質問に加えて昨日の体験が怯えを呼び起こしてしまうも、強張った顔を浮かべてしまうも必死に覚えがないことを伝える。

「昨日あそこのCDショップでずっと眺めてただろ、見てたからな」

 そんな事があってから次の日にも数人から寄せられた疑問のどれもこれもが覚えのない場所で見かけたという報告で情報の交錯が混乱と化してしまう。ドッペルゲンガーという単語が脳裏をよぎり怯えは止まらない。

 そんな日々が続いたある日のこと、会社の中でさらなる噂が広まった。それは一つのニュースが報じた事によって顔を出した更なる不安だった。彼らが口々に話すことが恐ろしくあり受け入れがたい話。しかしながら耳を立てずにはいられなかった。

「あいつ死んだって」

「そこにいるし」

「同姓同名じゃないの」

「でも年齢まで一致してるし。ところで事件性ありなのかな」

 そのような会話に対して不謹慎だという声は上がったものの話題が収まる気配など微塵もない。知り合いとニュースにて知り合いと同じ苗字が報じられただけでも指して来る人物もいるものでいつもの反応だと納得して受け流すことしか出来ない。その中で過去の話を思い出して震えを抑える事が出来ない。

「よりによって最近変な噂が立ってたアイツだから尚更面白いよな」

「面白いとか言わない」

 指摘の声をふざけて真似する社員の存在に中身が中学生のまま大人になってしまった哀れな人物は実在するのだとひしひしと感じさせられた瞬間だった。その瞬間を味わいながらドッペルゲンガーの噂を想う。男の中に不安が宿り芽を覗かせている。そのまま成長して永遠の時を覆う影となってしまうのではないだろうかといった想像をもたらして止まない。

「お前も言っちまえよ、ドッペルゲンガー懲らしめたって」

「命まで奪ってませんか」

「そもそもドッペルゲンガーに会ったら死ぬっていうしな」

 そのような話を噛み砕きながらどうにも腑に落ちないといった感想を抱いていた。仮にドッペルゲンガーに会ったら死ぬのだとすれば何故そのような噂が広められているのだろう。生き残った方が噂を広めているのだろうか。遠回しな勝利宣言は誇らしさを半減してしまう。同じ人物の命を地獄に突き落としたことを知られないまま上手く社会に溶け込む殺人鬼の存在に寒気を感じずにはいられなかった。



 いつもの通りに帰宅している途中の事。家に帰ろうとゆっくりと歩く男たちは靴も服も本人でさえくたびれていた。近い将来全員朽ち果ててしまうのではないかと思わせるほどに生命力を感じさせない中年男性たちの姿に見習ってはならない何かを感じつつも将来の自分の姿を重ねてしまう。

 首を左右に振り、手早く帰ろうと歩みを刻み続けていたそんな時のことだった。これまでの長閑な雰囲気と勤め人の抜け殻のような姿で彩られた環境からの変化に目を見開いてしまう。人の波が出来ており誰も彼もが悲しみを顔に表してしまっているという光景は非日常を訴えかけている。そのような雰囲気に引き摺られて男もまた悲しみに暮れてしまいそう。人々は一つの建物に飲み込まれるように入っていく。黒に統一された格好はまさに彼らの心情そのものではないか。

 人の波を見つめる彼のことを列の中から見つめる人の姿もあった。彼らは驚きを露わにしていたもののやがて自体を飲み込んだ事を思い知らせる顔をしながら納得したかのように言ってのけるのだった。

「兄弟はいなかったね、従兄弟か。仲良しだったんだね。悲しかったよね、ここまで来て偉いね」

 この男には確かに濃厚な血の繋がりを持った人物などいない。従兄弟でさえ似ているかと問われれば首を横に振ってしまう程度のもの。しかしながら似ている人物の葬式が本日行なわれる。ニュースに表示されていた名前も相まって違和感は更に膨れ上がってしまう。

 建物の入り口の脇に記されている名前を目にして驚きは膨れ上がるばかりだった。そこに記されている文字の列は紛れもない自分自身の名を記しており、彼らの反応と結びついては驚きを大きなものへと育て上げて行った。

「この命は何なんだ、俺はいったい」

 おぞましさは膨れ上がってしまうものの彼に出来ることなど何もない、下手に介入してしまえば人々に不穏な情を抱かせてしまうだけだろう。そう考えて立ち去る。その際に一つの強い視線を感じたものの振り返ることなくただ無かった事とした。

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